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62.修道院


 修道院での暮らしは村で生活していたころと大きくは変わらない。

 朝起きてお勤めをしてご飯食べて、お掃除して午後は街の人たちと交流して。一緒に修道院で暮らす修道女たちに教えを請いながらもなんとか生活できている。

 村でしてきたこととほとんど同じ流れだし教会での暮らし事態にはなれるのにそう掛からなかった。ただ生活用品は目新しいものが多くて使い方を覚えるのに時間がかかっちゃったけど。


 そう考えると村での暮らしってすっごく力仕事だったんだなぁ。朝から井戸水汲んだり、小さいとは言え教会一つを毎日一人で掃除してたのって。

 おかげでまだお世話になって一カ月ほどなのに、修道院で一番力持ちの称号を貰ってしまった。


 修道院では水はハンドルを回すと出てくる。一応井戸はあるけど、ハンドル一つで水を吸い上げてくれて、しんどい思いをして水瓶に生活用水を汲まなくていいのは楽すぎる。

 毎日井戸水をせっせと汲んでた日々は何だったんだろう。雨の日はずぶ濡れになりながら井戸水を汲んでいたし、人が来た時なんて追加の汲み直しが当たり前だった。

 噂には聞いていたけど、この生活水の仕組みだけでも十分すぎるほど日々の暮らしが豊かになるのが実感できる。王都だとこれが普通なの本当にすごい。


「あらエリセ。お洗濯してくれていたのね」

「はい、天気が良かったのでつい」


 ふらふらと取り込んだシーツ類を運んでいたら修道院の院長であるヨハンナさんに声をかけられた。ヨハンナさんはいつもにこにこしていてすごく優しい方。よく周りを見てくれているし、最近来たばかりの私のことも褒めてくださる。

 ただ、その褒め方って言うのが私としては少しもやもやしてしまう。


「聖女ソフィリア様の教えが良かったのね」


 ヨハンナさんはお婆ちゃん、聖女ソフィリアを敬愛している。ううん、この国の大半の人はそうらしい。

 世間一般には魔王を倒したお婆ちゃんや勇者ギルバートは所謂英雄と呼ばれる存在で、だからお婆ちゃんの告別式にはたくさんの人が教会を訪ねてくれた。

 皆はすごい人だって、立派な人だっていうけど、結局私はお婆ちゃんのことを未だによくわからないままだ。もちろん、今も大好きなのは変わらないわ。


「私なんてまだまだですよ」

「謙虚さはあなたの美徳ね。これからもひたむきな姿勢を忘れずにお勤めなさって。ソフィリア様もあなたを見守って下さるでしょう」


 もっと、私がしっかりしていればお婆ちゃんの考えていたことの少しでも理解できたのかな。

 きっと、好きなだけじゃダメだった。家族にはなれなかった。一方的に思うだけじゃ、言うだけじゃ相手のことなんてわかりっこなかったんだ。

 修道院の皆が言う立派な聖女のお婆ちゃんを私は知らない。それと同時に皆も寡黙で、でも色んな思いを秘めていた聖女ソフィリアを知らない。


「ヨハンナさん。お婆ちゃん……聖女ソフィリアはどんな人だったんでしょうか?」

「あら、それはどういう?」

「私にとってあの人は自分をここまで育ててくれた人で、聖女と呼ばれたあの人を私は何も知らないんです」


 聖女って結局何なんだろう。生活の知恵とか、教会の教えはそれなりに学んで来たつもりだけど、聖女様になる方法は教えて貰わなかった。

 興味がなかったのもあるし、何よりお婆ちゃんには使える聖なる力の素養ってものが私になかったのも一つの理由。

 まぁ、私自身の出自を知った今なら聖なる力を使えるわけもないし、お婆ちゃんが聖女について教えてくれなかったのも頷ける。


「私も直接お会いしたことはないから、私の前任の院長に聞いた話になるのだけれど」


 そう前置きして語られたのは教会から見た聖女の話。長く辛い旅と深い悲しみを経て魔王討伐を成した聖女ソフィリアは、友を失った悲しみと平和への祈りを精霊に捧げ続けるためにあの村へ単身赴き今に至る。

 聖女は人々を愛し、世界を愛する博愛の象徴。清廉潔白で慈愛に満ちた存在。教会に伝えられる聖女の姿は、私が知るお婆ちゃんとはなんだかズレているように感じる。


「ソフィリア様も日々のお勤めに精を出し、皆に優しく慈愛に溢れた方だったそうよ」

「ずっと、聖女様だったんですね」

「ええ、生まれた時に信託を受けて以来ずっと」


 聖女の在り方は、求められているものはお婆ちゃんにとってどういうものだったんだろう。重荷になるようなものだったのか、それともごく当たり前のことだったのか。

 私が知っているのは、お婆ちゃんは勇者ギルバートを深く愛していたということだけ。それも直接聞いたわけじゃない。

 でも、きっとあの人は。皆が言うほど博愛の人じゃなかったんだと思う。


「教えてくださってありがとうございます」

「エリセ。確かにあなたはソフィリア様のお孫だけど、ソフィリア様にならなくてもいいのよ」

「やだなぁ。私は聖女様にはなれないですよ」


 だって私は預けられた子供なんだから。聖女様になんてなれるわけがない。

 ヨハンナさんと別れてシーツを片付けた後は当てもなく歩き出す。別に悲観しているわけじゃない。引きずっては、いるかもしれないけど。大丈夫だと言い聞かせていればきっと大丈夫になる。はず。


「あ、いたいた」

「エリセ、一緒におやつ食べよ?」


 そういうのを隠して他の修道女たちと仲良くしているのだから、なんだかちょっと申し訳ない気持ちになる。

 皆すごくよくしてくれているのにね。


「さっきマレーが来ていてね。エリセも一緒にってクッキーをくれたのよ」


 ルーナもケイティもマルチダも、皆優しいしいい子だ。修道院にいる人たちはみんな大なり小なり理由があって、ここに身を寄せている人ばかり。そういうのもあって皆踏み込んで聞く様な真似はしないでくれる。

 それがありがたくって、余計にそわそわして。年の近い娘たちと話すのは楽しいのに、ふとした瞬間にいいのかなって思ってしまう。

 アレックス元帥と話した結果、あの村で起きたことのほとんどを口外しないって約束をしたから誰にも言えない。


「最近マレーってばエリセのことばっかりじゃない?」

「そう、それ! 思った!」


 彼女たちと話す内容はもっぱら色恋について所謂恋バナというやつだ。

 そういうのとは無縁だったはずなんだけど、皆から見るとそうではないらしい。


 まずアレックス元帥が後見人なことに始まり、行商をしているアスターおじ様とキリルが細目に顔を出してくれている点。騎士のライナー様も気にかけてくれていて、最近は商店のお兄さん、マレーさんと仲がいいのも彼女たち的には点数が高いんだとか。

 よく皆で回し読みしている恋愛小説みたいな展開だって言われる。……なんだか相手の年齢層高くない?

 まぁ、女の人しかいない修道院の中じゃよく男の人と話をしている方なのかもしれないけれど。


「結局その辺どうなのよ?」

「そんなのないよ」

「本当にー?」


 皆お婆ちゃんの一件があるから気にかけてくれているに過ぎない。もちろん、仲が悪いとかはないけど、多分もう純粋に仲良くは出来ないのかもしれない。お婆ちゃんもこんな気持ちだったのかな。

 マレーさんに至っては私がつい最近修道院にお世話になり始めたから優しくしてくれているだけだよ。というかマレーさんは王都にある大きい方の教会で育ったらしいし、皆そういうのじゃないのもわかってるくせに。


「あら。いいところにいたわね、アンタたち。これあげるわ」

「なんですかー?」


 部屋に戻る道すがらに会った先輩修道女に差し出された小瓶をルーナが受け取った。

 からりと音がして白い粒が瓶の中で転がる。


「ご寄進で頂いた金平糖よ、仲良く分けなさい」

「わーい、ありがとうございます」

「はいはい。じゃあね」


 そういえば先輩たちは貴族様に頂いたご寄進を整理していたんだっけ。一応村の教会にもご寄進はあるにはあった。でもそもそもの規模が違う。村のはお裾分け程度だった。

 昨日まで礼拝堂の前にはびっくりするくらいたくさん果物やお酒、それからちょっとした砂糖菓子なんかも供えられていた。修道院もすごいけど、教会へのご寄進や寄付はもっとすごいらしい。やっぱり人が多いとすごいんだなぁ。

 四人で先輩にお礼を言って、ちょっと浮足立った雰囲気で部屋へ向かう。お菓子のお供はさっきと同じ様な空想だか妄想だかわからない様な恋愛の話。世間一般でも年頃の少女たちは恋バナに忙しいみたいだ。


 それがこの修道院に来てからの日常の一コマ。

 多分ずっとこういうことがしたかった。村では年の近い子はピーターくらいしかいなかった。

 だからもうちょっとだけ、こんな生温い気持ちのままで、隠しごとをしたままで笑いあっててもいいよね?


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