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61.それからの暮らし


 王都に来て一か月は、覚えることがいっぱいあって目が回りそうだった。

 暮らし一つとっても、故郷の村とは設備もルールも違い何もかもが一から覚え直しになって、所謂てんてこ舞いていう感じ。まぁ、ハンドルを回すとお水が出たり、ちゃんと通貨が生きていて村にいた時よりもずっと暮らしは楽なんだけどね。

 ただ、思っていた王都への来方とは随分違った。


 私が思ってたのはもっとこう、皆に大手を振って見送って貰って、その中にはお婆ちゃんもいて。笑顔で、出て行けるものだと思っていた。

 不思議な力に目覚めたり、王子様に見初められたり、素敵な人と出会って素敵な恋をして。なんて夢を見ていたころとは大違い。


 お世話になっている修道院は村の教会とは違い綺麗だし軋んだりしていない。その代わり素敵な恋や出会いどころかここには修道女しかいないけど。

 一応年の近い子もいて楽しく過ごしている。お婆ちゃんやキリル以外の人との共同生活は結構大変で、村での暮らしって実はすごく緩かったんだなぁって思い知らされた。

 ただ修道院でのお勤めは、お婆ちゃんに教えて貰っていたのもあってそこまで大変でもないし、院長であるヨハンナさんにもよく褒められる。

 「聖女ソフィリアの教えの賜物ね」なんて言われる度に誇らしいような、後ろ暗いようななんとも言えない気分になった。


 お婆ちゃんのことは、結局一部の人にしか知らされないまま、告別式が行われた。

 王都にある大きな教会で執り行われた告別式は、教会の偉い司祭様が祝詞を上げ、多くの人がお婆ちゃんとの別れに集まった。


 教会の中だけでは納まりきらず、広場やその先の道にまで人が溢れかえって。皆それぞれの悼み方でお婆ちゃんとのお別れをした。

 これほどたくさんの人に慕われていたのに、お婆ちゃんはどうしてあの村を出ようと思わなかったのか。かつてたくさんの人を救ったのに、どうしてあんなことになったのか。

 きっとその答えはお婆ちゃんの日記の中にある。

 まだ、そんなに読み進めていない。きっとこの中に、お婆ちゃんが何を考えていたのか、何をしたかったのかが書いてある。


 こんなもの、村から持ってきた覚えはないのにいつの間にか鞄の中に紛れ込んでいた。多分、犯人はいつの間にか私に付いてきていた犬だ。

 目もなければ口も耳まで裂けているおよそ生き物とは言い難い姿形をしているけれど、動きが犬っぽいというだけで犬と呼んでいる。元の飼い主の頭に犬の耳が付いていたのもあるけど。

 とにかく、その犬がこっそり荷物に忍び込ませた日記を少しずつ読んではため息を漏らす毎日だ。


 ため息を漏らすと言えばもう一つ。

 月に一度修道院の応接室で執り行われるアレックス元帥との面会だ。


「修道院での暮らしは慣れたか?」


 悪い人ではない。むしろ、お忙しいだろうに代理人を立てずに本人が来てくれるのだから律儀な人だとも思う。無口だけど優しい方だとも。ただ、無口なのに加えて威厳のある方だしちょっと緊張しちゃう。

 アレックス元帥の質問に答えながら取り留めのない身の回りに起きたことを簡単に話す。

 教会での暮らしとか、仲の良い修道女たちとの話とか。そんなに気にかけて貰わなくても大丈夫ですよ。上手くやっていますよって意味を込めて。


「困っていることはないか」

「大丈夫ですよ。皆優しくしてくれていますし」


 なんて言いながら実は少しだけ迷っている。

 目の前にはアレックス元帥。そして私の膝の上には犬が頭を乗せてリラックスしている。この犬本当にどうしようかな。

 動物は飼い主に似るって聞いたことがあるけれど、私の様子なんかお構いなしでリラックスしている辺り元の飼い主の気質をしっかり受け継いでいるというか。

 自由過ぎる犬に何も言わないってことは、きっとアレックス元帥には犬は見えていないんだと思う。話した方がいいような、話さなくっても害はなさそうな。とにかくこの状況に慣れかけているのが怖い。


 この犬の元の飼い主はヴァイオレットで、修道院にについたその日に私の前に現れた。

 惜しむらくはこの犬が姿を見せたのはアレックス元帥と別れて数十分後だったということ。もし一緒にいる時に顔を見せていれば私はすぐさま報告したし変に悩まなかったと思う。

 正直話した方がいいのはわかり切っている。でもこの犬っぷりはわざわざアレックス元帥の気を揉ませずともいいのではないかとついうっかり話せずにいる。


 犬のことを話すと毎晩犬にベッドの半分を奪われていることも話さなきゃいけないし。

 それはちょっと犬に負けてるみたいで人に話すのは悔しいし。本当に何がしたいんだ犬は。もういっそ全部犬に聞ければ楽なんだけどな。


「何かあればすぐに相談しなさい」


 気にかけてもらえるのは嬉しい。でも気を揉ませるだけになるのも申し訳ないし。犬による被害は……ベッドとられるくらいであってない様なものだし。

 それからまた雑談を一言二言交わして面会は終わり。アレックス元帥を教会の外まで見送れば、犬がまた私の足元で欠伸を一つ溢した。自由だなぁ。


 アレックス元帥を乗せて去っていく馬車を見送って大きく深呼吸した。

 不思議なことに村と王都ではなんだか空気の匂いも違う気がする。村は森が近かったのもあるんだろうけど。

 少しだけ見慣れた王都の空も案外狭い。でも煉瓦造りの家々の隙間から見える空は村で見上げた空よりもずっと高い気がするのは、街の中心にある大きなお城のせいかしら。


 アレックス元帥に離した通り、皆いい人だ。院長のヨハンナさんもそうだし、年の近い修道女たちも仲良くしてくれる。

 まぁ、うん。思うところがあるとするならば本当に犬のことと、ちゃんと村の皆と話をしてから村を出なかったのが心残りかな。


 自分で知りたいっていって、知って、それでショックを受けて。一人でいっぱいいっぱいになって、皆が気にかけてくれていたのに全然何にも返せなくて。

 成人したら、一度村に帰ろう。

 王都に残るにしても、村に帰って暮らすにしても、それ以外の選択をするにしても。一度帰って皆に会いに行こう。


 まだ、何にも気持ちの整理がついたわけではない。思っていたのとは違う形で王都に来ても、漠然とした不安もあっても。意外と何とかなったよって伝えたい。

 「いつでも帰ってきていい」って、「怪我や病気に気を付けるんだよ」って気にかけてくれた。ピーターにも。あの時はちゃんと返事が出来なかったけど、いつかちゃんとお礼を言わなきゃな。

 それまでに、お婆ちゃんについても、私なりに受け止められるかな。


 犬が小さく鳴いて、私の足に頭を押し付けた。何かと思って見下ろせば、犬は私じゃなくて背後を見ている。後ろ。教会?

 振り返ればドアの隙間からこちら除く仲の良い修道女たちがいて。帰ったらきっときゃあきゃあ言いながら何を話したのか聞かれるんだ。

 修道院は女の人しかいないし、最近修道院に来た私は男の人の知り合いがいるからと、まるで恋愛小説みたいな出来事はないのかとわくわく顔で問われる。まぁ、皆実際にはそんなことないってわかった上で話しているので聞かれる方も苦ではないしいいけど。

 もう一度深呼吸して振り返る。


 勝手な妄想はそこまでにしてもらう。あと楽しい話をするなら私も混ぜて貰わないと。目が合った修道女たちが、やっぱりきゃあきゃあ言いながら修道院の扉を開けて飛び出して来た。

 うん。不安とか戸惑いもあるけど、それなりに楽しく過ごせているから大丈夫。

 私は、王都でちゃんと暮らしていける。




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