60.哀惜
正直。あの後何があったのかとか、どうやって森から帰って来たのかとか、よく覚えていない。
ただ気が付いたら全部終わっていて。皆が後のこととか、手を回してくれていて。ヴァイオレットがいなくなって、お婆ちゃんも呆気なく息を引き取って。目の前には見慣れた教会の裏口が広がっていた。
村の皆にはお婆ちゃんは、異変を止めるために命を落としたのだと、アレックス元帥が説明してくれた。聖女が問題を起こしたって事実は、色々体裁が悪いらしく広めたくなかったみたい。
幸いお婆ちゃんは一人で森に入って行ったし、森の中であったことは村の皆は知らない。そう言う意味でも秘密にしやすかったみたい。
所謂大人の事情という奴なんだろう。こういうのも、知らない方がいいってやつなのかな。
森から帰って、何をしたんだっけ。促されるままに部屋に戻って休んでたらキリルが来て。
そう。キリルにはライナー様が全部説明したらしい。
お婆ちゃんが死んで、ヴァイオレットがいなくなったことも。森に魔物がいた理由も、村の周りで動物が死んでいた理由も。全部の原因がお婆ちゃんだったことも。その上で、村の人には嘘の説明をすることも。
本当のことを知っているのは森に入った私たちとキリル、それから国の偉い人にはちゃんと報告するとアレックス元帥が言っていた。
キリルはまだ実感がわかないみたいで難しそうな顔をしていたけど、私も多分同じような顔をしていたんだと思う。
それから、それから。やっぱりよく覚えてないや。
村の皆には「気を落とすな」とか、「聖女様は立派だった」とか色々声をかけられたけど、なんだかどれも的外れなような気がして。皆の気遣いにぼんやりと頷いていただけだった気もする。
そうこうしている内にアスターおじ様が手を回してくれて村の皆向けにお婆ちゃんの告別式が行われた。
とは言っても本当に簡単な物。村の皆でお花を手向けて、聖書の一節を読み上げて、皆で祈って、それで終わり。
アスターおじ様がサポートしてくれたのもあったけど、上手く進められてよかった。お婆ちゃんに教えて貰った祝詞を、お婆ちゃんを送るために読み上げるのは少ししんどかった。
村での式が終わったらお婆ちゃんは王都に送られてもう一度教会主導の大々的な式をもう一度行うらしい。
聖女って肩書は、私が思っていたよりもずっと大きなもので。そういう形式ばった手順をちゃんとしておかないと示しが付かないんだそうだ。
気持ちの整理が付かないままその村での告別式が終わって、知らない間に私はアレックス元帥の預かりになっていてお婆ちゃんと一緒に王都に向かうことになっていた。
と言っても、私が未成年だから後見人になってくれるって意味らしい。
成人するまでは王都にある修道院で過ごし、国に報告はしなきゃいけないから時々会って話をする必要があるけど後は好きにしていいと言われた。
成人して村に帰るも良し、そのまま王都で暮らしても構わないと。ただ成人までは王都にいるのは絶対らしい。
そんなにしなくても、普通に暮らしていくのに必要なことはお婆ちゃんが教えてくれたし大丈夫なのに。……それ以外の、お婆ちゃんの本当の気持ちとかは、教えて貰えなかったけど。
私がアレックス元帥とそういう話をしている間に、キリルも今後どうするかを考えたらしく、暫くはアスターおじ様の所でお手伝いをしながら商いについて勉強するようだ。
目が回るくらい、いろんなことがあって、あっという間に物事が運んでしまった。
村にある方法ではあまり長くお婆ちゃんの遺体を保存できないからと、急かされる様に荷物をまとめて振り返った教会は相変わらず古めかしくところどころ傷んでいて。それでもこれからしばらく空っぽになると思うとなんだか寂しくて。
十四年間私がお婆ちゃんと過ごしたこの思い出はどこに仕舞っておけばいいのかわからなくなった。
ここに置いていくのは、なんだか違う。でも、一人で持って行くのには少し苦しい。ヴァイオレットや勇者様が死んだ時のお婆ちゃんもこんな気持ちだったんだろうか。
村を出る時、皆が「いつでも帰ってきていい」とか、「怪我や病気に気を付けるんだよ」って声をかけてくれる中で、ピーターだけが何だか困った笑顔で「夢を叶えておいで」って言ってくれた。
嬉しかったけど、少し居心地が悪かった。こんな形で村を出たかったわけじゃなかった。
もっと違う気持ちで。出来れば晴れやかな、キラキラした希望とか楽しみな気持ちで胸を一杯にして村を出たかったのに。なんだか思い描いていたのとは正反対だ。
馬車でたっぷり五日間かけて辿り着いた王都は、キラキラしているというより物が多い感じ。建物が規則正しく並んでいるのが印象的だった。
ここが私の来たかった場所。思っていたよりもドキドキしないのは今の私がまだそんなに色々受け入れられる気分じゃないからなのか。
王都の一番大きな教会、ではなくて街の小さな修道院で私はお世話になるらしい。
一緒に村を出たライナー様やアスターおじ様たちと別れ、修道院の院長であるヨハンナさんとアレックス元帥の話を聞きながらぼんやりと考えた。
今日から暮らす修道院はどこもかしこもピカピカで、やっぱり村の教会は本当に古かったんだなぁ。
案内された部屋にそう多くない荷物を置きため息を吐く。荷物を片付けなきゃいけないのに、なんとなくやる気になれない。疲れてる、って言われたらそうなのかもしれないけど気分の問題かもしれない。
窓、開けた方がいいかな。一週間くらい前までやる気に満ちていたのに、今は何にもする気にならない。
どうしよう。
ちゃんとしなくちゃって気持ちだけはあるのに上手く振舞えなくて、もやもやを少しでも楽にしたくてベッドの上で足をバタバタ振る。返事をするように軋んだベッドがこれからの私の相棒なのかもしれない。
やりたいことがあった。夢を見ていた。
王都に来て色んな事を経験して素敵な出会いをして幸せになりたい。漠然としたものだけど、村の中じゃ見れない景色を見たかった。お姫様じゃなくてもいいから、誰かの一番になって見たかった。
とてもじゃないけど今はそんな気分になれない。
「本当にどうしよ」
ため息と一緒に気持ちを溢す。そんなことをしてても明日が来るのは嫌でも知ってる。
荷物はあとでいい。とりあえずは窓を開けよう。そう思ってベッドの上で寝返りを打った先に、黒い犬がいた。
「は?」
思わずベッドからずり落ちる。
痛い。いや、え? 何、どういうこと?
目の前にはあの時ヴァイオレットが連れていた犬らしき生き物。何で!?
「付いて、来ちゃったの……?」
ふんふんと匂いを嗅いで犬が頷く。
え、えぇ? どうしよう。ここ、ペット大丈夫なのかな。ヴァイオレットいなくなっちゃったし、放り出すわけにもいかないし。というか今までどこにいたの?
困惑している私を他所に犬はベットを踏み鳴らし楽な体制を探して昼寝をし始めた。確かにここまで長旅だったもんね、疲れたよね。それはわかる、わかるけど私よりも先にリラックスするのやめてほしい。
今の今まで色々考えてぐだぐだしてたって言うのに、なんだか色んな物が吹っ飛んで行った気がするんだけど。
え、待って。私この子と一緒に暮らしていくの? 久しく見ていなかったヴァイオレットの意地の悪い笑顔が私の脳内に浮かんだ。
何度瞬きしても消えることなくベッドの上にいる犬の様な何かは明らかにここに居座るつもりだ。
半場強制的に始まった新生活何とか気持ちを切り替えようとしている私を無視して犬は一つ欠伸をしてベッドの真ん中を占領して寝入ってしまった。
本当にこれから私どうなっちゃうの……?
読んでいただきありがとうございました!
一旦完結です。
まだまだかけてない話や書きたい設定が残っているので、またある程度書き溜めたら更新再開しようかなと思っています。
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