6.迷いの森
精霊の森は村の外の人は迷いの森って呼ばれているらしい。
そこまで大きな森ってわけじゃないはずなのに、なぜか迷って出られなくなるんだとか。
この森で迷ったことないしわからないけどなんでそう言われているんだろ。
森の中はいつも通りでこの森のどこかに魔物がいるなんて嘘みたい。
どこかで小鳥や動物の無く声が微かに聞こえるくらいで、変わった様子もなく穏やかな様子。
本当に魔物って森に隠れてるのかしら? もうどこかに移動してたりしない?
とりあえず森に入って十分もしない内に遠目で見つけたヴァイオレットには、どこかに隠れてるようにってアイコンタクトしたから私のメインミッションは達成したわけだけど。
アイツ呆れたように肩落としてたわね。何よ。折角心配してきてやったっていうのに。
そんなことを考えながら森の中をぐいぐい進んでいく。
目的地は一応精霊様が住んでいるという泉。あそこなら動物もよくいるし、もしかしたら魔物が立ち寄った後があるかもしれない。
それに今回こそ精霊様にお目見えしてすごい力を授けて貰えたりして!
まだ私はスーパーパーフェクトウルトラエリセちゃんになるのを諦めてないんだから。
「この森に肉食の動物はいるのか?」
歩き回って頭の中が別の方に行きかけた頃、騎士様の内の一人がそう溢した。
動物なら精霊様の泉で水を飲んでいるのをよく見る。
多分あそこはこの森に住む動物たちにとって大切な水分補給の場所で、近くに行くと大抵動物が休んでるのよね。その中には一応肉食系の動物もいる。
「野犬やイノシシなんかは時々遠目で見ます」
精霊様の泉には暗黙の了解でもあるのか、肉食の動物も草食の動物も喧嘩せずに仲良くしてる。
不思議な光景だけど多分森には森のルールがあるんでしょうね。ヴァイオレットも知ってるのかな。動物たちと仲良く水を飲んでいる犬耳の女ってなんだか不思議な光景ね。
「森が綺麗すぎる」
綺麗、とは。
森はいつもこんな感じだけど、他所の森は違うの?
「それはどういう?」
「故郷の山で行方不明者が出るとよく山狩りをしていたんですが、そうすると大抵入った人が落としたり、置いていったものがあるんですよ。それに森に入る人間が少ないなら、もっとツタ植物が生い茂っていてもいいくらいなのに」
騎士様の一人が言うには、人が入った山や森には何かしらの忘れ物があるらしい。
荷物の一部だったり衣服だったりで、山や森に入る人が増えれば増えるほど多くなるそうだ。
私とお婆ちゃんくらいしか森に入らないし、なら物が落ちてないのはおかしくないと思う。
それにしても山狩りか。皆で山や森の中を探すってうちの村にはない文化だなぁ。
基本的に村の皆は森に入らない。つまりこの森で迷う人がいたとすれば、それは外から来た人。そうなるといつ森に人が入ったかはわからない。
後そもそも村の人は森に入らないから、森の中にいる人を探すって発想にならないのもある。
というか。森が綺麗って、つまりあんまり人が森に立ち入ってないのでは?
ならどうして村の以外の人はこの森を迷いの森なんて言うんだろう。
もしかして昔迷った人がものすごく大げさに伝えたとか?
「エリセ、君はこの森で野草以外になにか拾うことは?」
「うーん、無いですね」
「聖女様が何かを持ち帰ったりも?」
「覚えがないです」
何ならヴァイオレット以外ではこの森で会った人はライナー様が初めてだし、森の中には頻繁に来ているけど誰かの忘れ物なんて見たことない。
まぁ、ヴァイオレットが拾っていたらどうかわからないか。
とはいえいくらあの犬耳女でも森の中を見落としなく全部見て回れるわけもないし、何か変な物があれば私が見つけていてもおかしくはないでしょう。ならやっぱりなにか起こっているとは思えない。
「行方不明になった人はどこへ行ったんだ」
なんだか皆怖い顔してる。そんなにたくさんこの森で迷う人がいるの?
私はライナー様たち以外に会ってないし今一実感がわかない。森で迷うって深刻なんだね。
「止まれ」
急にライナー様が怖い声を出した。
なんだか顔も険しいけど、近くに魔物がいるの? 気配ってやつ? どうやったらそんなのわかるようになるの?
とりあえず首に下げていたロザリオを握って辺りを見回して見ても、私にはいつもの森にしか見えない。
「隊長」
「声がする」
声、とは。耳を澄ませてみても、風が木の葉を刷らす音くらいしか聞こえない。
でもライナー様には聞こえているらしく、何かがいるのは確かみたい。
もしかして精霊様?
泉から比較的近い位置ではあるし、もしかするかもしれない。
まぁその場合、以前お婆ちゃんに言われた「精霊様だとか聖なるものを操る才能がない」って言葉が真実であったと証明されてしまう。
信じない。信じないわよ。
「何者だ」
ライナー様の低い声に返事をするみたいな風が吹いた。
気がする。
「精霊、か」
え、本当に? 待って、私ってやっぱり才能ないの?
ライナーと精霊が話をしている。因みに私は精霊様の声は聞こえない。
しっかり耳を澄ましてもダメ。私だけ? って不安になって周りを見てみたら、他の騎士様も聞こえないのか皆で顔を見合わせていた。
そっか、私たち才能ない仲間なんだね。
「あなたに聞きたいことがある」
私が軽くショックを受けている間にもライナー様は精霊様との話を進めていた。
すごいなぁ。私もちょっとくらい特別な力があってもいいのに。それともやっぱり成人までお預け?
「この森に逃げ込んだ魔物を知っているか」
相変わらず何もない空間を真っ直ぐ見て話すライナー様にその辺りに精霊様がいるのかと実感する。見えないし何も聞こえない。とても悲しい。
精霊様ってどんな方なんだろう。
最初出会った頃はまさかヴァイオレットが精霊なのでは? なんて思ったりしたけど犬の耳と人前に出ない以外は変なところもないし、あれはただの変な奴だった。何より意地悪だし。
「生憎この身は国に捧げている」
精霊様と何の話をしてるんだろう。
他の騎士様たちと顔を見合わせるも何もわからず。結局、精霊様とお話できるライナー様すごいねって肩を寄せて言い合った。
そうしたら突然ライナー様の体にきらきらが纏わり付く。
え、何々? それ大丈夫なやつ?
騎士様たちも驚いているしイケメンだからと言って輝く習性はないらしい。輝いてそうなのに。
だったら本当に何? 不思議な力に目覚めたの? ちょっとわけてほしい!
「何を?」
しばらく精霊様に説明を求めていたライナー様が不意に私を見た。
え、もしかしてそのきらきらをわけてもらえるんですか?
そんな期待も虚しくすぐにライナー様は精霊様に向きなおって何か込み入った話も戻ってしまった。虚しい。
「そんなことにはならないだろうがな」
大きく息を吐き出した後、ライナー様がこちらを向きなおった。
お話は終わったみたいだけど、一体何の話をしていたんだろう。
「エリセ」
しばらく難しい顔をした後ライナー様が私を呼ぶ。
「君は、精霊は見えるのかい?」
「いいえ。私その辺りの才能ないらしいので……」
悲しいかな姿も見えず、声も聞こえない。
ちょっとくらい不思議な力を与えてくれてもいいと思うのに、神様も精霊様も意地悪ね。
こんなにも求めてやまないのに何にも与えてくれないんだから。
なんて、冗談めかした本音はさておき。
私が精霊様について知っていることはほとんどない。
お婆ちゃんにもまだ早いってはぐらかされてきたし、知らなくても生活に困らなかったし詳しく知ろうともしなかった。
私は不思議な力に目覚めて素敵な出会いがしたいのであって、精霊様に会って何かしたり聖女になることにはあんまり興味なかったもんね。
「ソフィリア様は毎日精霊に会いに行っているだったね」
「はい、この先にある泉で精霊様に会っているそうです」
毎朝のあれを私は挨拶というかご機嫌伺だと認識してるけど、それがどうかしたのかな。
「……いや、一先ず泉の方へ案内してくれるかい?」
精霊様との話の中で何か気になることがあったのかな?
でも精霊様も森の中うろうろしてるんだね。確かに、一日中泉にいたら飽きるだろうし散歩くらいするか。
え、じゃあ私今までもすれ違ってたかもしれないってこと? 見えないから挨拶も何もないんだけど。
もうとっくに精霊様はいなくなったらしく、ライナー様に促されるままに私は泉の方へ案内を再開した。