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57.告白

ソフィリア視点


 子供というのは無邪気で、無知で、時々どうしようもなく憎らしい。

 ギルバートからエリセを託され十年と少し。恙なく、彼の心配していたような事象が起きることもなく暮らしていたはずだった。


 年々村の外への好奇心を募らせるエリセの姿が、どこかヴァイオレットを思わせるのに気づかないふりをする。凪の様に落ち着いていたはずの心に影が落ちた。

 見目も声も、なんの血縁もないはずなのに、仕草が、振る舞いが、ヴァイオレットやギルバートを思い出させる。

 エリセはあの旅のことも、自分の出自も知らない。なのにどうしてこんなにもあの頃の彼らを思い出させるのだろう。それとも、子供は皆こんなものなのか。


 あの頃の私たちはこんなにも幼く、自由だったんだろうかと考えて、頭を振るう。

 確かにそうだった。教会で生まれ育ち、聖女としての在り方を求められ続けていた私でもあの旅の間だけは自由で。世界が輝いていて、何でも出来ると信じていられた。現実はそんなに簡単じゃなかった。

 ヴァイオレットは簡単に死を選んで、呆気なく死んでいった。どうして簡単に死を選べるのか、理解できなかった。

 どうしてその結論に至ったのかはわかる。でも何故そこに踏み切ったのかは理解したくなかった。


 死は穢れだ。

 教会の教えでは、そういうものは忌避すべきだと、自ら死を選ぶ者は異端であると考えられてきた。教会だけじゃない。誰だって死にたくない。


 きっとヴァイオレットだってそうだったはず。

 それでもあの人は選んだんだ。ヴァイオレットは魔王が復活しない未来を選んで、私たちはヴァイオレットが助かる未来を掴み取れなかった。

 世間的には悲劇の乙女として処理され、魔王の呪いについては歴史の影に葬り去られた。


 ヴァイオレットが死んでからの私たちは、それは酷い有様だった。

 ギルバートは嘆き悲しみ、私たちも、なんと声を掛けたらいいのかわからなかった。「仕方なかった」なんて言いたくないけど、そうとしか言えなかった。悲しみとか、苦しみとか、怒りとか。どこにぶつければいいのかすらわからなかった。


 あの時の私たちは満身創痍で、本当に立っているのがやっとの状態だった。

 なのに、やっとの思いで倒した魔王が、ヴァイオレットの体を乗っ取り復活するなんて二重の意味で考えたくなかった。体力的にも、精神的にも、ヴァイオレットに乗り移った魔王を倒すことは不可能だった。

 体力的にも、精神的にも未熟だったんだ。周りの大人たちに持て囃されて、調子に乗って。ただ運が良かっただけ。


 ヴァイオレットは全部わかっていたのかもしれない。

 だから私たちを守るためにあんな方法を選んだ。全部一人で解決するために自分の命を代償にした。


 喉が切れるんじゃないかってくらいに声を上げるギルバートに胸が締め付けられた。

 仲間を失ったから、だけじゃない。私がギルバートを想うのと同じように、ギルバートもヴァイオレットを大切に想っていた。愛して、いたんだと思う。

 気が付けばいつも二人は一緒にいた。旅の途中ということもあって、昔教会の修道女たちが話していた恋愛小説の様な雰囲気はなかったけど。それでもお互いに信頼し合っているのが見て取れた。


 私は、彼の愛を前に逃げ出したんだ。

 自分の弱さを、醜さを誰にも見せたくなくて。叶わないと思わされた。惨めな自分をこれ以上晒したくなくて。何もかも見たくなくて逃げ出したの。


 逃げる様に果ての村に辿り着いたのに、神様はその選択を良しとはしてくれなかった。

 何十年も経って、ギルバートが村に来た。腕に抱えた赤子にどれほど心臓が縮みあがったことか。その赤子、エリセがギルバートとなんの血縁もないと知り、どんなに醜い胸中で安堵したことか。

 そんな私を他所にギルバートは私にエリセを預けて、どこかへと行ってしまった。


 それから程なくしてアスターに、ギルバートが死んだと聞かされた。王都で大々的に葬儀を執り行われた。

 アスターは王都まで連れて行ってくれると言ってくれたけど、葬儀には行かなかった。預けられたエリセがまだ乳飲み子だったこともあって長期間の移動は出来ないと理由を付けて。


 嘘。本当は信じたくなかったから。

 何かの間違いであってほしかった。もう会えない気はしていたけど、いざ突きつけられると目を逸らしたくなった。

 葬儀に参列したら認めなきゃいけない。それが嫌だった。どうしようもない自分に嫌気が差した。


 そんな私の下であっても、私に預けられたエリセは素直に育っていった。

 好奇心が強く、夢想することも多いが、きつく言い含めれば素直に従った。意欲的であったわけではないが、教会の教えも学びこの村で生きて行くだけなら十分な教養も身に付けさせた。


 ただ、エリセは私の顔色を伺う子でもあった。

 自分と私になんの繋がりもないことを気にしてか、要求を口にすることは殆どなかった。都合がよかった。


 普段は村の住民に愛想を振り撒き、いつの間にか皆に可愛がられているあの娘が、あの人と重なって見えた。

 私に対して村の住人に対してと同じ様に振舞われたら、きっとヴァイオレットに言えなかった言葉を言ってしまう。また、醜い私が顔を出しそうになった。

 でもこれもエリセが村の外という夢から覚めるまでの話。


 だから、安心していたの。この子はこのままこの村で生きていく。ギルバートが心配した未来にはならない。

 いずれ夢は夢と理解し、この村で静かに暮らしていく現実を受け入れるはず。そう思っていた。


 なのにエリセが村を出たいと言い出した。それはいけない。ギルバートへの約束が果たされなくなってしまう。

 王都から来た若い騎士に触発されたのか、ローザの孫が何か吹き込んだのかはわからない。原因はどうだっていい。けれど、とにかくそれだけは阻止しなくては。

 もっと色々知りたいと、何かしたいし、何かあるなら教えてほしいと言い出した。関わらなくていい。何も知らなくていい。知らなければ、この村にいれば何もかも上手く行くのに。

 何かが壊れる音がした。押し込めていたものが溢れ出す。


 今まで、一定の距離を保ちつつ共に暮らしていた娘。

 ギルバートを間接的に奪ったエリセが憎くて。ギルバートに信頼されていたヴァイオレットに似ているエリセが嫌いで。でももう自分とギルバートを繋ぐ唯一の存在がエリセで。


 頭が痛い。苦しい。大切にしなければいけなかった。守るべき存在だった。なのにどうして。どうすれば良かったのかなんて、わからなかった。

 エリセはギルバートに託された娘。ヴァイオレットに似ていようが、エリセ自身には関係ない。全部私が一人で苦しんでいるだけ。エリセの意志を無視して村に縛り付けようとしている罪悪感がないわけではない。

 でも村に押し込めていなければ魔王がまた復活するかもしれない。そうしたら世界がまた危機に瀕する。ギルバートのねがいも果たされなくなる。

 外のことなんて教えなければよかった。そうすれば、きっとエリセは夢なんて見なかった。


「どこにも行けなくしてしまえばいいわ」


 あの女の、精霊の嘲笑に塗れた甘言が耳鳴りのように響いている。

 甘く、痺れて靄がかかったようにわからなくなる。


 何もかもわからず、目的もなくただそこに広がっている森の中を練り歩く。

 黒いものと一緒に私の中にあった物がどんどん零れ落ちて行く。これが何なのか、私自身が何なのかも、もうわからない。わかりたくない。

 ただ、ここに縛り付けてしまえばいい。きっとそれで誓いは守れる。誓いって何。何を縛り付けるの?


 わからない、わからない。

 もうどうだっていい。


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