53.騎士の類推
ライナー視点
予定通りと言えば予定通りなのだが、アレックス元帥は俺の思っていた以上に部下を引き連れてこの辺境の村までやって来た。
いや、権威のある方なのだから、過疎地の村に似合わない数の騎士を連れていてもおかしくはないし、何より現状人では有難い。
思うところがあるとするならば、騎士の数を揃えて来た理由が精霊とかつての仲間への警戒という点くらいか。
「ご足労、ありがとうございます」
エリセに案内されてきたアレックス元帥に居住まいを正す。
老齢の英雄はいるだけでオーラがあると言えばいいのか、教会の居住スペース、それもキッチンであっても雰囲気があるのだから威厳というものは恐ろしいな。
窓の外に見える精霊の森を警戒しつつも、村で起きていることの仔細を話す。精霊が魔物を産み落としていた件と、魔王討伐部隊の犠牲者であるはずのヴァイオレット・キスリングが森に潜伏していた件は以前報告を上げた。
その上でまた新たに魔物が出没し、外傷の無い小動物の不審死が村の周辺で起こっている。更にはここ数時間聖女ソフィリアの姿がなく、念のため村人は近くの牧場に避難させている現状を話す。
その説明が終わると、今度は俺がアスター殿にエリセとキリルが魔物に襲われた話を聞く番だった。
「怪我は?」
「いや。怪我はないらしいが、どうにも要領得なくてな」
二人を振り返って確認するも教会のキッチンスペースの端で大人しくしている。
アスター殿の言う通り何やら様子がおかしいが、後で話を聞いておいた方がいいだろうか。
ああしていると本当の姉弟の様だな。
少し抜けたところはあるが面倒見の良い姉と、好奇心旺盛だが少し人見知りのある弟。まだ二ヶ月ほどの付き合いだが上手く行っているようで何よりだ。だからこそ、なんの不安もなく健やかに育ってほしいと願っていたのだが。
二人が何やら集中しているのをいいことに、少しだけ声を潜める。
「ヴァイオレットと接触しました」
「そうか。奴はどうしている?」
「今は森に。先ほどキリルが接触した際には「片付けをする」と言っていたそうです」
一人で森に入ったことは叱るべきだが、正直ヴァイオレットの動向がわかったのは有り難い。奴が何のために村に留まっているのかは定かではないが、情報は多いに越したことはないからな。
それにしたっていったい何が起こっているのか。ヴァイオレットの言う「片付け」とは、恐らくキリルが森で見たという動物たちの死骸とその後現れた魔物についてだろう。
「ヴァイオレットには村を害する意思がないように思えました」
「だろうな」
では動物の死骸が大量にある原因は何なのか。なぜまた魔物が森に現れたのか。
森で魔物というと、精霊頭によぎる。また、あの女が人や動物を産み直しているのか。
嫌悪の混じった感情で思考を巡らせていると、アレックス元帥が静かな声で吐き出した。
「アスター、いい加減覚悟を決めろ」
「悪かったな。俺はお前よりずっと人情派なんだよ」
何か、二人の間で答えが分かれた様だ。
とはいっても、アスター殿は余り自分の意見を押し通すつもりもないらしく、消極的にではあるがアレックス元帥の意見に同意しているらしい。
「瘴気は知っているな?」
「はい。魔物の多い土地に発生する澱んだ力、でしたよね」
瘴気の発生した土地では魔物以外は生きられない。精霊は……どうなのか知らないが、少なくとも生き物にとっては死に至る毒だ。
今ここでその話をする意味など、一つしかない。アレックス元帥はこの村に起きている動物の不審死の原因を、その瘴気であると考えているようだ。
ここ数ヶ月で森には度々魔物が現れていた。それがきっかけで瘴気が発生したとでもいうのだろうか。
「ああ。だがアレは厳密にはただの可視化できる力に過ぎない」
「それは、どういう……?」
「瘴気とソフィリアが使う聖なる力は方向性が違うだけで同じものだということだ」
瘴気と聖なる力が同じもの。
つまり、この人は。
「聖女ソフィリアが、瘴気の発生に関係しているとお考えで?」
「瘴気を生み出せるのは力の強いものだけ。力の弱いものであれば、瘴気が外に漏れだす前に自家中毒で死んでしまう」
この村で瘴気を生み出せるほどの力を持つ者は聖女ソフィリアくらいだと付け加え、アレックス元帥が大きく息を吐いた。
まるで確信があるかのように語ったアレックス元帥に何とも言えない心持になる。かつての仲間への警戒で済めばよかった。きっとアスター殿も全部理解ながら、それでも否定したいからこそ消極的だったんだろう。
彼女の動向がわかればただの考えすぎと否定できたのかもしれないが、聖女ソフィリアは帰って来ない。
「正しい精神状態であれば聖なる力となるが、一度澱めば力は瘴気となり果てて世界を蝕む」
精霊と聖女の関係を疑ってはいたが、ここまでやれとは誰も言っていない。
瘴気による被害も聖女ソフィリアが望んだ物ではないと思いたい。思ったところで、解決方法の決定権など俺にはないのだが。
「俺たちは、そういうものを何度も殺して来た」
でもそれは彼らも同じなのだろう。
そうしなければ救えなかった。そういう選択を迫られてきた。選んでいるようで、選ばされて来た。
「精霊は、どうなんですか」
「精霊が原因ならこの村はとっくに瘴気の海だろうよ」
別の原因を模索するも虚しく、無慈悲に切り返される。
アレックス元帥も自分の言葉がわかっているのだろう。苦々しい表情をしていた。何もかも、遅かったのかもしれない。
「俺たちはまた繰り返すのか」
「それ以外に、世界を救う方法もない」
アスター殿の声が重く響いた。
かつての彼らは世界を脅かす魔王を打ち砕くため、来る日も来る日も魔物を退治していた。力を持たない者が安心して暮らせるように、害悪となる生き物を消し続けた。
その旅の結末にあったのは何かを犠牲にしなければ救われない世界。仲間だったはずの者を切り捨てねばならない選択。俺が口を出せることではない。
ただ、彼らの選択を肯定することはエリセとキリルから保護者を奪うことでもあって。
ヴァイオレットはこれがわかっていたからエリセを村の外に連れ出せと言ったのかと、殊更嫌な気分になる。
見せたくなかったんだろうな。自分の祖母が、かつての仲間に打たれる未来を。
「あの娘を案内に連れて行く」
「それは」
「後で聞かされるよりも、自分の目で確認した方が納得も出来るだろう」
酷なことを言う。だがそれは非情なようで、彼なりの優しさなのかもしれない。
かつて、エリセと同じ年の頃、何度も同じような選択を迫られてきたのか。はたまた、後から事情を聴いて、上手く呑み込めず、苦悩した記憶があるのかもしれない。
アレックス元帥は俺よりもずっと年上で経験も豊富で、俺なんかが思いつかない様なことも気にかけているのだろう。
あの二人の子供にとっては、どちらが幸せなのだろうな。
森へ連れて行き親代わりである存在の変わり果てた姿を嘘偽りなく突きつけられるのと、連れて行かず嘘で塗り固めた綺麗ごとだけを教え込まれるのは。
アスター殿がキリルは牧場に避難させると連れて行く。キリルは聡い子だから、嘘を言ってもいずれ辿り着く。では、エリセは? 察しのほどは余り良くないようだが、あの子はどちらであっても思い悩むかもしれない。
ため息が漏れた。気分は良くないが、そう言ってもいられない。
窓で向こうに広がっている森は、いつも以上に鬱蒼としている気がして。相変わらず重たそうな曇天が、森と俺の中に暗い影を落とした。




