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52.柔らかな光


 何かが光った。

 私にはそれが何だったかはわからないけど、確かにそこにいて、笑いかけられたような気がした。


「母さん」


 呆然とする私を他所にキリルがそう呟いた。

 柔らかな光だった。その中に私には見えない何かを見て、キリルは光を自分の母親だと認識していた。

 キリルのお母様は以前お婆ちゃんが天上へと送ったはずだ。なのになぜ? ちゃんと送れていなかった? お婆ちゃんがそんな失敗するとは思えないし、どういうこと?


 光に気を取られて忘れていたけど、いつまでたっても自分に向けられていたはずの敵意といったものが襲ってこない。

 確かにそこにいたはずの野兎がいつの間にかいなくなっている。逃げたのか、それとも消えたのか。どちらにせよ助かったことには変わりなくて。キリルが母親だという光を見上げる。


 光がゆっくりと消えて行く。まるで空に昇っていくみたいだ。

 不思議と怖くはなかった。特別感動したとか、そういうのでもない。今まで精霊様や幽霊を見たいと言っていたのに、いざ前にすると感動とか興奮なんてものよりも呆気に取られてしまって、ただ見上げるだけになってしまった。

 特別な力が欲しかった。力があれば大手を振って村の外に出て、何かの功績を上げて帰って来れると思ってた。そうすれば誰かの特別になれると、お婆ちゃんが私を大切にしてくれると思ってた。

 でもそうじゃなかった。何かをなさなくても、キリルはお母さんに……。


「母さんだった」

「キリルの?」

「うん。母さんが守ってくれた」


 キリルが首から下げていた指輪を握る。

 以前、無くさないようにと渡した革紐に通した指輪を握りしめ嬉しそうに、それでいてちょっと寂しそうに笑った。


 もしかしたら、今の光は指輪に残っていたキリルのお母様の愛情みたいなものなのかもしれない。

 本の少しだけ残ったもの。キリルを大切に思う母親の愛情。微かに残った繋がりが完全に消えたから、キリルは寂しそうな顔をしたんだろう。確かにそこに母親の愛情を感じたからキリルは嬉しそうに笑ったんだろう。

 それは、ずっと私が欲しかったもの。


 苦しくなった。悲しくなった。

 わかってる。キリルは何も悪くない。でも、どうしようもなく羨ましくなった。


 きっと私は、誰にもそんなに強い感情を向けられないんだろう。

 両親については何も覚えていない。私がまだ赤ちゃんだった頃にお婆ちゃんに預けられたらしい。私を預けた人が勇者と呼ばれるような人だったことも、私はついさっき知ったばかりだ。

 母親代わりだったお婆ちゃんには、私よりもずっと大切な人がいた。その勇者様に頼まれたから、私を育ててくれた。


 別に両親がいなくても平気だって思ってた。血が繋がっていなくとも家族になれるって本気で信じてたのにな。

 私には、キリルと母親の様な強い絆を持つ人がいない。それが今はどうしようもなく、苦しい。


 寂しかった。疎外感を感じてた。皆のことが大切で大好きだけど、それでもどこかで仲間外れみたいな気がしてた。

 ゆっくり息を吸って、そのまま息を止める。息を吐くと、言っちゃいけない言葉まで一緒に吐き出しそうで怖かった。


「何があった」

「おじさん。母さん、母さんに会ったんだ」


 騒いでいたのを聞きつけてか、アスターおじ様が駆け寄ってきた。

 キリルは私よりもしっかりしている。でも、私よりも年下の、男の子だ。母親が恋しくてもおかしくはない年頃。元々いなかった私よりも、途中でいなくなられる方が寂しいのかもしれない。

 溢れそうになる何かを無理矢理呑み込んで、上手く話せないキリルの代わりに何があったのかを話す。


 突然魔物化した野兎が襲ってきたこと。不思議な光が現れ魔物が姿を消し、キリルにはその光が母親に見えていたこと。

 そんな話をアスターおじ様にすれば、また難しい顔をしたままそうかと返された。


「怪我はないんだな?」

「それは大丈夫」


 何にも解決してないし、何なら更に問題が大きくなった。

 だって、他にも村に動物の死骸が残っているかもしれない。そうしたらまた村の中でアンデットが発生する可能性がある。


 倒せない相手ではないらしい。魔物は聖なるものに弱いし、アンデットは魔物の中でも特にそう。

 本当なら教会に立てこもるのが正しいんだと思う。でも今回は動物の死骸がたくさんあった森と教会の距離が近すぎる。建物自体も古いし、居住区の方から責められたら簡単に押し入られるかもしれない。

 だからロバートおじ様の牧場に避難することになったのだけど、やっぱり不安は残るよね。なら後で、礼拝堂に置いてあるロザリオや聖書をいっぱい運んでこよう。重いし大変かもだけど何にもしないよりはきっとマシ。


 そうだ。もっと何かしよう。体を動かして、忙しくしていよう。

 そしたら余計なこと考えずにすむもの。


 ふと、アスターおじ様が顔を上げた。険しい顔で村の入り口を睨んでいる。何かあるのかとそちらを向くと、遠くの方に黒い塊が見えた。

 何か来る。よくよく耳を澄ますと足音の様な物も聞こえる。人だ。大勢の人が近付いて来る。次第にはっきりと見える距離まで来たその一団は仰々しい鎧を着ていたり、装飾がいっぱいついた馬を引いていたりとなんだか村には似つかわしくない。

 その人たちがゆっくり村に入って来て、私たちの前で止まった。先頭に立っているのは知らない人たちだ。多分服装からして騎士様だと思うんだけど、それにしてはなんだか偉そうに見える。


「随分早いお出ましじゃねえか」

「ことがことだからな」


 アスターおじ様が意地悪するみたいに言ったけど、目の前の偉そうな騎士様は気にしてないように答えた。知り合い? あ、もしかしてこの人がさっきライナー様が言ってた人?

 名前は確か、アレックス元帥。お婆ちゃんたちとも一緒に旅をしていた人で、今は騎士団の偉い人。ライナー様が来るって言ってたよね。こんなに早いとは思わなかったけど。


「道中何度かアンデットを切ったが、村にも出たか?」

「ああ、今しがた出たらしい」

「そうか。……ソフィリアは?」

「森の中だ」


 そう聞いてアレックス元帥が固まった。怖い顔になっている。この人もアスターおじ様も、お婆ちゃんだって昔は勇者様と一緒に旅をしていた人だからきっと強い。だから魔物が出てもきっと大丈夫だと思う。

 それに森の中には精霊様もいる。毎日会いに行ってるんだもの、きっと精霊様もお婆ちゃんの力になってくれるはず。きっと大丈夫。不安なのは今だけ。明日になれば解決してる。

 アスターおじ様が村の状況を説明している間、アレックス元帥がこちらを見た。本当に一瞬見ただけだったけど。


「では、すぐに討伐隊を編成する」

「それは助かるが、大丈夫なのか?」

「問題ない。最初からそのつもりで来た」


 なんだかよくわからないけど、アレックス元帥が何とかしてくれるみたい。

 ほっとしている私をアレックス元帥が見下ろした。


「森へ入った経験は?」

「え、精霊様の泉までなら何度も……」

「そうか。案内を頼む」

「おい、エリセは」

「知らぬままでいるよりは、踏ん切りも付くだろうよ」


 よくわからないまま話は進んでいる。でもとにかく、私にもやることがあるらしい。私にも、関わらせてくれるみたい。なら頑張ろう。戦えるわけじゃないし、特別な力があるわけでもないけど森の案内なら私にも出来る。

 動物の不審死とアンデット化の原因を解決して、一人で森に入ったお婆ちゃんを回収。必要なら精霊様とお話して、それで終わり。全部元通りになるはず。

 そうと決まれば一先ずは教会へ戻って、森に行く準備もしなくちゃ!


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