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50.きっと、上手く行く


 結論から言うと窓の外にいた魔物はアスターおじ様一人で事足りたらしい。

 そんなに強い魔物じゃなかったのか、私が思っていたよりもずっとアスターおじ様が強かったのか。キリルの手を引いて二階に上がったタイミングで三回、銃を撃つ音がした。

 それを聞いたライナー様たちがバタバタと部屋から出て、代わりに私たちを自分たちのいた部屋に押し込んで一階に下りて行く。


 まともに何があったかも話せなかったけど、絶対部屋を出ないようにと言い含められたので大人しくしていた。

 うっすらと外で何か話しているのを聞きながら、話をするでもなくキリルと二人待つ。静かにするようにとは言われなかったけど、楽しくおしゃべり、なんて気分にはなれなかった。しばらくして部屋にノックが響き、騎士さんの一人が呼びに来る。


 いつもは気さくな騎士さんもなんだか難しい顔をしていて、何がどうなったのかも聞けずに階段を降りた。

 キッチンはいつにもまして人が集まっており、ちょっと手狭だ。

 窓の外にはもう何もいない。多分あのシカはアスターおじ様たちが死骸まで何とか知ってくれた後なんだと思う。さすがに外に出て確認する気はない。


「大丈夫だった?」


 そろりとアスターおじ様の傍に行って声をかけるけど、返事の代わりに撫でられた。

 怪我はなさそう。でもちょっと疲れた顔をしている。そうだよね。村の外ならともかく精霊の森、それも教会の近くって言う安全圏だと思っていた場所に魔物が現れたんだからびっくりもするし疲れもするよね。


「キリル、もう一度教えてくれ。ソフィリアは今、森の中にいるんだな?」

「……うん」


 アスターおじ様の問いかけにキリルが小さな声で返事をした。キリルが言うにはお婆ちゃんが森に入って行くのを見つけて追いかけて行ったらしい。そこで、村の周りで起きているのと同じ様な光景を見たのだという。

 最近色々起こり過ぎていて感覚がマヒしている気がする。森で異変が起こって、村の周りに影響が出ているのか、その逆なのか。何が原因でそれが村にどういう影響を及ぼしているのかもわからない。

 わかっているのは、今お婆ちゃんが森の中にいること。


「ライナーさん。あの人のこと話してもいい?」

「会ったのか?」

「うん、片付けておくから帰れって」


 ライナー様を見上げたキリルがおずおずと何かを確認する。

 あの人って誰? 会ったって森の中で? 今森の中にいるのはお婆ちゃんと精霊様。それから、私が知っているのはあと一人。


「ねぇライナーさん、あの人は何? 魔物じゃないの? あの人の連れているのは何なの?」


 キリルは、私よりも頭がいい。私よりもずっと知りたがりで、疑問に思ったことをそのままにしない。自分で考えて、それでもわからなかったら人に聞いたり調べたり出来る。

 だからきっとキリルの持っているお婆ちゃんや精霊様、後森で会ったらしいヴァイオレットへの不信感は正しい反応だ。

 私にはもうわからない。お婆ちゃんが何を考えているのか、何をしているのか。村や森の中の異常を収めるために森に入ったのか、それ以外の理由なのかも。


「まだ信用できると決まったわけではないが、ある程度身元はわかった」


 私が知っていることは皆知ってる。一人で息巻いて皆には内緒だって特別感を出したかっただけ。

 特別になりたかった。出来れば誰かの。無理なら自分が。そうすればこの胸のもやもやが取れて、もっと上手く息も出来ただろうかと思っていた。

 思うだけで、それを実行する勇気もなかったんだけど。


「アスター殿はご存じですよね。魔王討伐部隊唯一の犠牲者、ヴァイオレット・キスリングという女性を」

「ああ、だがアイツは……」

「先日森の中で遭遇した女性の特徴を話したところ、アレックス元帥が彼女の可能性があると」

「待て。その口ぶりだとまるでアイツが生きてるみてぇじゃねぇか。ヴァイオレットはあの時、間違いなく俺たちの前で死んだはずだ」


 アスターおじ様の言葉にライナー様が肯定を返す。アスターおじ様は嫌そうな顔したけど、多分ライナー様とキリルが見た人とアスターおじ様の言うヴァイオレットは同じ人なんだろう。そしてきっと私が知るヴァイオレットも。

 ライナー様が私に向きなおる。


「エリセ、君は森の中にいる黒髪の女性を知っていたのか?」

「……知ってた」

「そうか。それは、いつから?」

「ずっと前から。でも! 変なことするようにも見えなかったし、ただ森の中で静かに暮らしてるだけだったし!」


 ヴァイオレットはずっと森にいた。それこそ私が一人で森に入るようになった頃には。

 木の上でだらだらしていたり、時折村の方にも来ていた。でも私をからかったりするだけで悪いことは何にもしていない。確かに怪しい奴だけど、何かしているわけじゃないし婆ちゃんにもヴァイオレットの話はしてこなかった。

 例え皆の言う通りヴァイオレットが勇者様と一緒に魔王討伐の旅に同行し、そして魔王に殺された人だったとしても。私の知るヴァイオレットはただ犬耳の生えた変な奴に過ぎなかった。


「エリセ、責めているわけじゃない。ただ確認したいだけなんだ」


 私がうまく伝えられずに言葉に詰まったのを見かねてライナー様がフォローに入ってくれる。だけど、違う。責められたってしょうがない。隠してたのは事実だ。

 お婆ちゃんに教えてくれないとか言いながら、私だって隠しごとをしていた。


「とにかく。今森にいるのはソフィリアとヴァイオレット、後は精霊だな」

「ええ。キリルが聞いた「片付ける」というのは恐らくあの魔物のことでしょう」

「一匹だけだと思うか?」

「その可能性は低いかと」


 また魔物。……お婆ちゃん、大丈夫だよね?

 飛び出したの、謝ったら許してくれるかな。ヴァイオレットが森にいるのを隠してたことも。ちゃんと話したい。今度こそ思っていることを話したい。聞いてほしい。

 私はお婆ちゃんの特別になりたかった。一番じゃなくてもいいから、普通の家族みたいに軽口を言ったり、笑い合ったりしたかった。いつの間にか、そんな気持ちにも蓋をしていた。


 お婆ちゃんが昔勇者様たちと旅をしていたのは知ってる。聖女様としての不思議な力があるのも。きっと大丈夫。魔物なんか平気なくらい強いでしょ? だから、もう話せないなんてないよね?

 ヴァイオレットだって、魔王と戦えるくらいすごかったんでしょ? だったらきっと二人とも。


「まずは避難と誘導だな」

「アレックス元帥もこの村に向かって来ています、せめてそれまで」


 ライナー様の言葉に小さく深呼吸する。

 避難と誘導。少し前にも同じようなことをした。あの時は狼の魔物が村にやって来たんだった。

 一度やってる。大丈夫。見習いだけど、私は修道女だから。私の役目は村の皆を安心させること。お婆ちゃんが村にいない以上、私がその役目を果たさないと。

 せめてそれはちゃんとしないと。ただでさえ何にも出来ないのに、そんなことも出来なかったらきっとお婆ちゃんに叱られてしまう。叱って、くれるよね?

 ぐちゃぐちゃなままの気持ちを無理矢理押さえつけて奥歯を噛む。口を開けば、何かが零れてしまいそうだった。


 魔物を倒すとかはできないけど、避難の手助けなら出来る。まずは村の皆に事情を説明して、避難する場所は……教会は、森が近いから今回はダメだよね。なら後はピーターの牧場? ロバートおじ様のところならお家も大きいし、皆も集まれる。

 顔を上げると、ライナー様が私を見ていた。ライナー様が、私の名前を呼ぶ。

 わかってる。きっと私が考えているのと同じ。村の皆の避難についてだ。


 きっと大丈夫。

 きっと、上手く行く。


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