5.聖女と商人
あの後どうなったかというと、騎士様たちの言う通りライナー様は本当に森へ入る許可を取ってきた。
ついでに言うなら私は、ごねました。それはもう子供かって言いたくなるほどに。
普段はもう十四歳だって言っているが、ここぞとばかりに未成年特有の無鉄砲さを前面に出して頼み込んだ。
精霊様の住む森は村の外の人には迷いの森と呼ばれている。
その名前の通り、人によっては迷って出てこれなくなるらしい。
私は小さい頃から森に入り浸ってるし、実際迷っていたライナー様たちを森の外まで案内した実績がある。
そういうことをアピールしつつ、自分も一緒に森に行きたいとごねた結果、条件付きでオッケーを出してもらった。
「自分が魔物を引き込んだのだからこのままにはできない」
「まだ、森にいますかね」
「柵は一か所しか壊れていなかったし森に帰える足跡も見つけてきた」
教会に戻ってくるまでの間に色々と調べてきたらしいライナー様は他の騎士様たちに森に入る準備をするように指示している。
責任感のある人みたいだし相当渋られたわ。でも最後には「危ないことはダメ、だが正直助かる」と言ってくれた。
後は条件を達成して、森の中でそれとなくヴァイオレットにしばらく村に近付かないように伝えればミッション成功ね。
森に入るのに許可はいらない。元々管理されているわけじゃないし、精霊様がいるから皆あまり気軽に入らないだけで。
私は勝手に入っているけどそれについて咎められたことはない。
正直な話、修道女見習いなんてやっていても神様や精霊様なんて見えないし今一何が何なのかわかんない。
赤ちゃんの時に教会に預けられて以来、聖女様であるお婆ちゃん育ててもらったので教会の教えに反する言動はしないように過ごしてきた。でも本当にそれだけ。教えを守ってるだけじゃ、神様や精霊様とは触れ合えないみたい。
そのお婆ちゃんは村の皆と色々話があるのかまだ帰ってきそうにない。
「聖女様老齢の様だが大丈夫だろうか」
「海千山千の聖女様ですので」
何を考えているのかちょっとわかんなくなっちゃったけど、お婆ちゃんには私には想像の付かない考えがあるんだと思うわ。
それにしたってお婆ちゃん今年六十三よ? そろそろ自分の体力を考えて自重してほしいし、なんならいい加減隠居してほしい。まぁ、私も教会や聖女を継ぐつもりはないので強く言えないわね。
聖女云々は置いておいて、私はライナー様の条件を達成するために外に出てないと。
ライナー様に出されたその条件って言うのが、お婆ちゃんにライナー様たちと一緒に森に行くのを許可してもらうことなんだけど……。
いつも勝手に森に入ってるし今更許可っているのかな?
確かに普段は魔物もいないし気軽に森に行くって一声かけて入ってたわ。昨日だって知らなかったとは言え魔物がいたかもしれない森で薬草を摘んでた。
何なら村の人も皆、森に関してだけは精霊様がいるから大丈夫だろの精神でいたのよね。まぁ、それが壊れちゃったわけで。
そんなことを考えながら多分まだピーターの家の方にいるだろうと、さっきよりは人の引いた牧場への道を歩いているとアスターおじ様が歩いて来た。
「よう」
「アスターおじ様、お疲れ様です」
軽い挨拶を交わせば、アスターおじ様は私が何をしようとしてるのかわかっているみたいで顎髭を撫でながらにやにや笑っている。
私の考えなんてお見通しみたい。
「ソフィリアならもうすぐ来るぜ」
「ありがとうございます」
アスターおじ様はお婆ちゃんとは旅をしていた頃の友達なんだそうだ。
魔王を倒す旅が終わってお婆ちゃんがこの村に来て以降も、行商としてこの辺りを王都とこの村の間をぐるぐる巡りながら定期的に会いに来てくれる。
いつも何かと気にかけてくれているし、さっきも間に入ってくれて本当に助かってる。
もっとちゃんとお礼を言うべきなんだろうけど、今はお婆ちゃんと話がしたい。
「本当はもっと前に連れ出すべきだった」
急に言われて一瞬意味がわからなかった。
え、何? どういうこと? 連れ出すって。うん?
「あの、」
「でも頷いてくれなくてなぁ」
「なんの話です?」
「あれで義理堅いし頑固なんだよ」
本当になんの話? さっぱりわからない。
全く意味がわからなくて困惑する私にアスターおじ様は笑った。なぜかは知らないけどすごく楽しそうにしている。
「なぁエリセ。村の外で暮らしたいか?」
「余計なことを言うんじゃないよ」
話の内容が繋がらなくてその場を動けないでいると、また声をかけられた。
聞きなれた、それでいて呆れたような声だ。
「お婆ちゃん」
どうやら追いついて来たらしいお婆ちゃんがアスターおじ様の向こうに立っている。
村の外、には出たいと思う。それにしたってどうして今? 確かにちょっともやもやしたけど、でもきっとあれはロバートおじ様の本心じゃないと思うし。
そんなことを考えながらお婆ちゃんを見ていると、アスターおじ様が手を伸ばしてきた。
おじ様の手は、そのまま私の顔を通り過ぎて頭に乗って髪をぐしゃぐしゃにされる。地味に痛い。
「平穏に暮らすだけならここじゃなくてもいいだろ?」
「この場所であればこそ、意味があるんだ」
えっと……、アスターおじ様は私とお婆ちゃんにこの村から出てほしいってこと?
でもお婆ちゃんはこの村にいたい、と。
私は覚えてないけど赤ちゃんの頃に色々あって苦労したってアスターおじ様から聞いてる。
二十歳の時、国に派遣されてこの村来たっていうお婆ちゃんはとても苦労したらしい。
「色々あった」の「色々」の部分を知らない。全部投げ出したくなったりしなかったんだろうか。
確かに大らかな人もいるし、さっきのことを含めても閉鎖的なところもある。嫌いってわけじゃないけど、みんなの言うことがうまく呑み込めなかったりもする。なのにお婆ちゃんはこの村がいいんだ。
「私、ライナー様と一緒に森に行ってくる」
いつもは「誰と」なんか言わないし、何なら一人で森に入ってる。
でも今回はライナー様と約束したしきちんと話して許可してもらわないといけない。いくら変な奴だからってヴァイオレットを魔物のいるかもしれない森の中に放っておけないし、とはいえ村に連れてきて人に見つかったら誤解されそうだし。ちょっとの間森を離れててもらわないと。
だからお婆ちゃんの許可が欲しいのに、お婆ちゃんの答えは私の望んでいるものではなかった。
「お前が行く必要ないよ」
「どうして?」
「お前は何も心配しなくていい」
「そういうことじゃないよ」
思わずぶっきらぼうに言い返した私を、お婆ちゃんはしょうがない奴だと言う様な目で私見ている。でも、だってそうじゃない。私もちょっとくらい誰かのために何かしたいのよ。
お婆ちゃんは十六歳の時には聖女として勇者様と一緒に旅をしていた。今の私と二つしか変わらないのに。
確かに今はまだ特別何かの才能があるわけじゃない。
再来年には成人するし、そうしたら法律的にはお婆ちゃんの保護下から抜けて自由に一人暮らしだってできる。十分自分の面倒は見れるわ。
「まぁいいじゃねえか、俺はあの旅をしていた時は十一だったぜ?」
「何言っているんだい、あの頃とは状況が違うよ」
「そうだ、あの頃とは違う。魔物も減っているし、何より森は精霊様のお膝元、なんだろう?」
アスターおじ様の手が私の頭に乗ってまた、ぐりぐりと撫でられる。
お婆ちゃんもアスターおじ様も私を子供扱いし過ぎだと思う。
大事にしてもらえているのはわかるわ、でも私はもう十四よ?
「閉じ込めるよりは適度に外を見せてやった方がいい」
アスターおじ様がそう言って、お婆ちゃんはため息をついた。
結局二人が何を言いたいのかよくわかんないまま。二人の間で話がまとまったみたいな雰囲気が出ているけど私には全然伝わってない。伝わってないのよ。
付き合いの長さに差があるんだからもうちょっと配慮が欲しい。ちゃんとどうなったか教えて。
「ロザリオと聖書、忘れるんじゃないよ」
「それって……お婆ちゃんありがとう!」
お婆ちゃんの許可が下りたなら早速準備しないと。
教会に戻ろうと振り返ったら様子を見に来てくれたライナー様がいて、準備してくると伝えたら笑って見送ってくれた。
「必ず、傷一つなくお返しします」
「ええ、あの子をよろしくお願いします」
後ろで何か話している気がした。多分きっとまた難しい話をしているんだと思う。大人はいっつもそう。
とにかく、持っていく物を考えよう。お婆ちゃんに言われたロザリオと聖書。これは魔物は聖なるものを嫌うからお守りにしろってことだと思う。どうしてそうなのかも私にはわかんないけど勇者様と一緒に旅をしていたのだからそこは間違いないはず。
傷薬は昨日摘んだ薬草もあるし、最悪現地調達ができる。なら消毒用のアルコールともしもの時様に清潔な布も持って行こう。
不謹慎なのはわかっているけど少し心が弾んだ。