47.少年と森
キリル視点
わけのわからないまま連れ出されて手伝うように言われた儀式が終わった。
突然来た村の男たちは特になんの説明もなく、男だからという理由で重い荷物を運ぶのを手伝わされて、よくわからないまま皆納得したらしい。
僕が運んでいたのが最近村のあちこちでよく見る動物の死体だって知ったのは、実際に火にくべる直前だった。せめて事前に教えておいてほしい。
直接抱えたわけじゃないし、ピーターと一緒に荷車を押していただけだけどさ。やっぱり中身が何なのか知ってるのと知らないのとじゃ全然違う。
ちょっと嫌な気分で次々に火の中に放り込まれる動物の死体を見ていたから、ライナーさんたちが来てくれた時はほっとした。
時期的にもそろそろ来る頃だってエリセが言っていたけど、本当にいいタイミングだ。
なんとなく居心地の悪い村の人たちのそばを離れてライナーさんの隣に行く。
聞きたいこともあったし帰り道にこっそり話をしよう。教会に帰った後だとエリセと聖女、それに今はアスターさんもいる。後、馬の様子も近くで見たいし。
牧場のおじさんとライナーさんが話しているのを大人しく聞いておく。
村の周りでたくさん死んでいて皆が不安がってるとか、なんで村から離れたところで燃やしているのかをとかそんな話。
ライナーさんは病気が流行っているのかを心配してた。そっか、病気は思い付かなかった。臭いがすごいからだとばっかり。
その後もここ数ヶ月で村に起きたことを話す二人になんだかそわそわしてしまう。魔物の話は聞いただけで詳しくないけど、幽霊がどうのって話は殆ど僕の話だし。
火が完全に消えるのを確認する頃には、なんだかものすごく草臥れてしまった。
ライナーさんが来たら聞きたいことがあったはずなのに、そんな雰囲気じゃない。
皆でぞろぞろ村へと帰る途中、不意に視界の端に何かが現れた。
「あ」
何もなかったはずの場所に、突然、それは現れた。森で見た精霊じゃない方の女だ。
他の村の人は気が付いてなかったみたいだけど、僕の声につられてライナーさんがそっちを向く。声を上げなきゃよかった。
先に行っててくれって言ってライナーさんがあの女と話をするために列を離れる。
他の騎士さんたちに促されて、ライナーさんについては行けなかった。あの女のこと、僕も知りたかったのに。
村には住んでないみたいだしエリセや聖女にも聞けていない。ライナーさんは皆には秘密って言ってたけど、あれから何かわかったんだろうか。
大人しく列に続いていると、行きとは違い流れ解散なのか村に着き次第一人、また一人と列を抜けていき、最後は結局教会に向かう僕と騎士さんだけになった。
最後に別れたピーターと牧場のおじさんに手を振って、騎士さんたちを教会に案内する。とはいえ皆もう来慣れていて、僕がやることといえば荷物を下ろしてもらっている馬にお疲れ様と労わるぐらいだ。
後で野菜持ってきてあげようなんて考えながら、エリセが出てこないのに気が付く。珍しいな、いつもなら飛んで出てくるのに。
聖女とアスターさんはまた何か話し込んでいるのかもしれない。でもエリセはライナーさんたちに懐いてるし、毎回ライナーさんたちが来るのを楽しみにしている。
なのに顔も見せないってことは、どこかへ行ってるのかな。
荷ほどきが終わって馬たちを納屋に繋ぎ終わったころになってライナーさんが帰ってきた。
怪我とかはないみたいだけど、なんだか難しい顔をしている。
「大丈夫だったの?」
「ん? ああ、心配ないよ」
なんとなく不自然な笑い方。多分何かを隠してる。秘密にしておいた方がいいこともあるけど、隠されるとつい気になってしまう。
教会の中に入って部屋へ案内、といってもいつもの部屋へ通す途中にエリセも聖女もいない。
本当にどこかに出かけてるんだな。
「あの人何か言ってた?」
「いや、今村で起きていることは何も」
あの女に何を言われたんだろう。今起こっているって言うと村の周りで動物がいっぱい死んでいること? それ以外の話って何?
言い淀んだまま視線を逸らしたライナーさんは僕に話す気はないみたいだ。
「じゃあ、何かあれば声をかけて」
「ああ、ありがとな」
慣れた様子で部屋に荷物を運びこんだ騎士さんたちと別れる。部屋に戻ろうか、それともキッチンに行こうか。キッチンなら、エリセが帰って来たらすぐに会えそうだし、一先ず一階に降りようかな。
皆どこに行ったのかなんて考えていると、窓の外に聖女の姿が見えた。丁度キッチン裏口を出て、森の中へ入っていく後ろ姿だった。
いつもは朝にしか森に行かないのに、何してるんだろう。今朝だってひとり森に入ったばかりなのに。聖女は本当に精霊とどういう関係なんだろうか。
気になりだしたら止まらない。考えるよりも先に足が裏口の方へ向かっていた。
わからないなら調べればいい。今回は目印のロープはないけど、近くまでならきっと大丈夫。早足で森の中を進んでいけば聖女の背中が見えた。
十分距離を取って、ばれないようにこっそり後を付いて行く。
聖女は、正直よくわからない人だ。教会の教えとか、掃除の仕方とか、そういうことは逐一教えてくれる。でも、この教会に住んでいて一番近いはずの精霊の存在については何も教えてくれない。
エリセやライナーさんに付いた黒いもやもやみたいなのに対して何にもせずにいるし、なんだか嫌な感じ。
息を殺して茂みの中に身を隠す。もし聖女が精霊と一緒になって何か悪いことをしていたら? そんなドキドキを飼いならそうと一呼吸した時、ぼたりと何かが落ちてきた。
いつの間にか見慣れていた小動物の死体だ。木の上から、降ってきたらしい。よく見ると一つ二つじゃない。まるで道の様に連なっている。
なんだこれ。
今更になってなんで一人で来たのかと後悔した。ライナーさんたちか、せめてエリセを見つけて声をかけてきたらよかった。
鳥やリス、野兎なんかも死んでいる。さっき燃やして来たばっかりなのに、森の中にはもっとたくさんの動物の死体があった。
その中を聖女は平然と進んでいく。森の中で何が起きている? 聖女と精霊は何をしている? そうしている間にも茂みから出てきたシカが聖女の後で倒れた。
「ひゅっ、」
突然背後から腕が伸びて来て、抵抗する前に口を塞がれた。
生暖かい息遣いが聞こえ視線を横にずらせば、隣に現れたのはよくわからない生き物。目のない、黒くて四足歩行の何か。
それを連れた何者かに捕まっている。
「しー」
聞こえた人の声安心どころか混乱しかない。悲鳴を上げたくても口を押えられていて声を出せない。バクバクうるさい心臓が暴れ、かと言って隣にいる口が耳まで裂けたよくわからない生き物から目を逸らすことも出来ずに固まっているとゆっくりと手を離された。
聖女に付いて来たのがばれるかもしれないのも構わず、茂みを這い出すと、背後にいたのはさっき村の外にいた女だった。
黒い、精霊とは違う、よく消える女。
「一人で入っちゃだめだよ」
「あんた」
もう、森まで帰って来てたのか。というかなんだ、その隣にいるやつ。犬みたいにぐるぐる唸ってるけど、本当に生き物なのか? もしかして魔物なんじゃないのか? あんたも、聖女も精霊も。いったい何なんだよ。
犬みたいな何かが首を回す。目はないけどそいつが見ている方に視線を向ければ、足を引きずった鹿が茂みから二、三歩這い出して倒れ伏した。
「ここは片付けておくから早くお帰り」
「……わかった」
聞きたいことが山ほどあるのに聞いていい雰囲気でもない。
仕方なく、立ち上がって元来た道を引き返す。結局何もわからず仕舞いだ。わかったのは村の周りと同じことが森の中でも起こっていて、そこにあの女と精霊と聖女が踏み込んでいることだけ。
ちらりと振り返った先には、あの女と犬がいて。もうとっくに奥まで行ったのか、聖女の姿はどこにもなかった。




