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46.憧憬


 前にピーターが言っていたことがある。

 ロバートおじ様との喧嘩はいつものことらしい。その時は牧場の掃除道具の片付け場所が原因って言ってたっけ。

 掃除道具をまとめている倉庫の扉が歪んでいたから、ピーターが直すために一度中身を全部出して、少し離れている間にやってきたロバートおじ様に片付けろって言われたのがきっかけだったとか。


 ちゃんと理由を説明しても引っ込みがつかなくなったおじ様とピーターが言い合いになって、結局おば様が二人を怒って終わり。

 家族なんだし喧嘩なんて日常茶飯事だって肩をすぼめていたのを覚えてる。


 家族。喧嘩をしても一緒にいるし、言い合いもする。

 多分、私とお婆ちゃんのは言い合いでも喧嘩なんかでもない。私が一方的に拗ねていただけ。

 知らなくていいとか、関わらなくていいとか。お婆ちゃんから見て、私はそんなに、まだ物事の判断が出来ない子供なんだろうか。


 私も、もう十四歳だ。後もう三ヶ月もすれば十五になる。ただ暮らすだけなら問題なく出来る。

 ダメなことも、言われればちゃんとわかるし、危なかったら自分の意志で関わらないようにもできる。ちゃんと自分で、判断できる。

 全部が全部、お婆ちゃんに守ってもらわなくても大丈夫なのに。


 確かにお婆ちゃんとヴァイオレットがそろって知るなって言う、知っちゃダメなことって何? そこまで言われるとちょっと怖くもある。

 知らなきゃ、何がどうしてダメなのかもわからない。


 自分で選びたい。知って納得するかも、後悔するかも。関わるか、関わらないかも。自分で選んで自分で抱えていきたい。そうしていいんだって、キカに教えて貰った。

 今まで言われるままに過ごして来た。

 別に悪いとは思わないけど、後になって自分で決めればよかったって思うよりはずっといい。


 大きく息を吸って、吐き出す。牧草と、羊の匂い。

 ……獣臭い。これはやって後悔した例ね。


 目の前には柵の中でのんびり草を食む羊たちが、悩みごとなんて何にもありませんって顔で好き好きに過ごしている。

 私だってつい数ヶ月前までは、牧場の近くを通ると頭突きしてくる羊がいるくらいしか悩みは無かったわよ? それが随分と、変わってしまった。


 私の上に乗るのが好きだったあの羊はいないし、私自身も知らないことだらけなのを知った。

 目的は相変わらず漠然としているけど、気持ちだけはやる気に満ち溢れていて、結局自分でもよくわかんなくなっている。

 変わらない様で、なんだかたくさん変わってしまった。成長してるのかと聞かれると、ちょっとわからないけど。


 家を飛び出してお婆ちゃんに「しばらく入るな」と言われた森じゃなくて、牧場に来る辺り私は素直すぎると思う。

 もうちょっとこう、そのまま村を飛び出せるぐらいのバイタリティがあればもっとずっと気持ちも楽だったんだろうな。自立ってどうすればいいのかしら。

 定期的にちゃんとぐらついてないか確認されるようになった牧場の柵に体を預け、何をするでもなくぼんやりと羊たちを眺めていると、一人分の足音がこちらに近づいてきた。


「喧嘩なんて珍しいじゃねぇか」


 アスターおじ様だ。

 お婆ちゃんに何か言われたのか、おじ様が自分の意思で来てくれたのかはわからないけど、しばらくは放っておいてほしい。ちゃんと夕飯の頃には帰るもの。


「喧嘩じゃないわ、私が一方的に怒ってるだけ」

「ソフィリアにも色々あるんだよ、わかってやってくれ」


 お婆ちゃんは本当に知りたいことは何も話してくれないんだもの。

 せめてダメな理由くらい教えてくれたっていいと思わない?


「村の外に出ちゃダメって言われても?」

「それは……」


 正確にはダメとは言われてない。言われてないけど、行かなくていい、やらなくていいってニュアンスだった。

 お婆ちゃんは聖女として大変だったしたくさん苦労もしたみたい。だから他所の土地にいって暮らす大変さについて言いたいのかもしれないけど、それならちゃんと言ってくれたらいいじゃない。

 アスターおじ様だって前に、お婆ちゃんを村の外に連れ出したいって言ってたしこの機会に皆で一緒に村を出て、って思わなくもない。


「どんなに大切に思ってても話してもらえない時はどうすればいい?」

「……難しいな」


 お婆ちゃんが嫌いになったわけじゃない。

 今も大切だと思ってるし、喧嘩がしたいわけじゃない。でも話してもらえないのも、わかってもらえないのも悲しいし寂しい。


「お前と同じことを悩んでた奴を知ってるよ」

「その人はどうしたの?」

「どうにもならなかった」

「どうにもって……」


 呆気にとられる私に笑いかけるとアスターおじ様がゆっくりと口を開いた


「昔一緒に旅をしていたギルバートがな。ヴァイオレットの悩みにどうして気付いてやれなかったのかって、なんで話してくれなかったのかって」

「ヴァイオレットって……」

「アイツ、ヴァイオレットのこと話してなかったのか?」


 急に出てきたヴァイオレットの名前に驚いた。え、どういうこと? なんであの犬耳女?

 私の知るヴァイオレットとアスターおじ様の言うヴァイオレットは同じ人? 同じ名前なだけ?

 混乱している私を他所にアスターおじ様は話を続ける。


「ヴァイオレットは、魔王の呪いを受けて死んだ」


 魔王が死んだ後、魔王に乗り移られる呪いを受けて、そうならないために自分で命を絶ったらしい。

 アスターおじ様は後悔に塗れたような、懐かしむような、そんな顔をしている。当時一番年下だった自分に何かしてやれたのか。救うことはおろか、支えることもできなかったと。


「ヴァイオレットが死んだ後、ギルバートは荒れてな。まぁ、多分ヴァイオレットが好きだったんだろうな」

「お婆ちゃんも、キカのお婆ちゃんも勇者様が好きだったって」

「よく知ってんな。キカに聞いたか?」

「うん」

「でも二人がヴァイオレットを嫌っていたわけじゃない」


 アスターおじ様曰くヴァイオレットはさっぱりした性格で良くおじ様自身もからかわれたと柔らかく笑った。

 そういう人だったから勇者様の話もよく聞いていたらしい。そんな人が死んだ。緊張だとか皆を繋いでいた関係とかが、ぷつりと切れてしまったのかもしれない。

 ヴァイオレットが死んで、誰ともなく合わなくなって、皆連絡を取り合わなくなった。


「まぁ俺は道理のわからねぇガキだったから、足繁く他の奴らにも会いに行っていたがな」


 アスターおじ様が言うヴァイオレットが、私の知るヴァイオレットだとは限らない。だってもし同じ人だとしたらあのヴァイオレットは既に死んでるの?

 確かに幽霊とか精霊様が見えればいいなとは常々思っているけど、別にヴァイオレットに死んでいて欲しいとは思わないし。


「ギルバートがいなくなる前にあった時も、ずっとお前と同じようにどうしたらヴァイオレットに話してももらえたのかって悩んでいたよ」


 答えは無いのかもしれないなんて、言って笑うアスターおじ様になんとなく寂しい気持ちになる。

 勇者様にも出せなかった答えを、私が出せるとも思わない。それはそれとして勇者様も悲しんだり、苦しんだりしたんだなって思った。


「でも一つだけ言えるのは、ソフィリアもお前を大切に思ってるってことだ」

「それは、わからなくもない」


 危ないことをすれば怒られた。生きて行く上で必要なら詰め込むみたいにたくさん教えて貰った。

 大切に思ってくれていたんだとは思う。でも話さないつもりのことは、絶対に話してくれない人だから。


「ソフィリアにお前を拾ってきたのがギルバートってのもあって余計に過保護にしてるところもあるしな」

「そうなの?」

「それも言ってなかったのか? あー、いや、悪いな」


 ほらやっぱり。私は今まで、自分が誰に預けられたかは聞いてこなかった。てっきりお父さんとお母さんが教会に来て預けて行ったんだと思ってたけど、どうやらそうじゃなかったらしい。

 なんだそう言うことか、なんて。がっかりしたような安心したような。本当に何も教えて貰えて来なかったんだなって納得したりして。

 多分本当にお婆ちゃんは勇者様が好きだったんだろうなぁ。


「アスターおじ様っていつもお婆ちゃんの味方だよね」

「昔からため込むタイプだったしな。これ以上一人で何かを背負ってほしくないんだよ」

「それは、一緒に旅をした仲間だから?」

「それもある。それもあるが、大切な人だからだよ」


 好きな人のためにとか。好きな人だからとか。まるで恋愛小説みたい。

 そういう小説が好きだったはずなのに。

 今は、全然憧れない。


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