43.知りたいこと
ここ最近ずっと広がっている曇天は今にも雨が降りそうで、なんとなく鬱陶しいような天気に少しうんざりしそう。
もっとこう天気が良ければ気分も少しは晴れたんだろうけど、なんとなくもやもやしたような気が逸るような。そんな気分を追い出したくて大きくため息を吐いた。
ヴァイオレットは、結局何を隠しているのかは教えてくれなかった。何なら私自身のこともよくわからなくなった。
何も知らないまま、私は幸せになれと言われた。知りたいのに、知るなと。知りたいはずなのに、知るのが怖いと思ってしまった。
多分知れば何かが変わってしまう。それはきっと私の全部を否定するようなもので、でも知らないとずっとこのままだ。
ヴァイオレットが言うには、私は無意識の内に何かを気が付かないふりしているらしい。
気が付かないふりをしているのは私が私を守るためで、わからないままでいる様に誰かに願われている。
ヴァイオレットが言っていたあの子って誰? 私の知らない私を知る誰かを、ヴァイオレットは知っている。その人は私にとって何? なんでその人が私を知っているの?
なんだかややこしくて頭がこんがらがってきた。
とにかく、私は王都に行きたいの。王都に行ってこの村にいたら知らないままの色んなものを知って、それで幸せに暮らしたいの。
……別にヴァイオレットは王都に行きたいって言うのは否定してない。でも何も言ってくれないから、何を知らなくていいのかもわからない。
知らないこと、わからないもの、いっぱいあるなぁ。
なんだか悔しくて、言い表し様のない気持ちが胸の中に居座っていて。じっとしているより動いていた方がすっきりするかもと思って掃除に洗濯にと動き回った結果、何もやることが無くなってしまった。
いや、やろうと思えば色々あるんだけど、今からやると夕飯の準備大変だろうし。
天気も良くないし、お水を使い過ぎるとまた雨の中で井戸水を組み直さなきゃいけないかもだし。
キリルに手伝ってもらおうにも、今は村のお手伝いに駆り出されている。
なんか村のおじ様たちが来てちょっと手伝いなさいって連れていかれちゃった。力仕事するのかしら。
普段は外から来た人に対して辺りの強い皆も、キリルは子供だからって受け入れてくれている。私やアスターおじ様には人見知りしなくなったし、皆とも上手く馴染めるといいな。
そんなことを考えながら食卓でぼんやりしているとキッチンにお婆ちゃんが入ってきた。お昼のお勤め終わりかな。ご苦労様です。
食卓の椅子で足をぷらぷらさせている私を見て、お婆ちゃんが呆れたように言った。
「何してるんだい」
「暇してる」
だって全部終わっちゃったし、他は何をやるにも中途半端なになりそうな時間なんだもの。
食卓の上に伸びる様に突っ伏した私の頭を「行儀が悪い」と人叩きしてお婆ちゃんが後ろを通り過ぎた。目的はコップ一杯の水らしい。
意味もなく水を飲むお婆ちゃんの背中を眺めていたら、ふと思い出したようにといかけられた。
「本当に村の外へ行くつもりかい?」
うん。短く返事をする。
なんだかごちゃごちゃ考えてるけど、それだけは変わらない。はず。村を出れば何もかもが大きく変わる。変わるのは、怖いことかもしれない。
でも、村を出るのは私がずっと考えていた。何より今の私にはそれしかない。他に出来ることも、なりたいものもなくて。
ならせめて、子供の憧れと、無茶を言ってるって思われたって、それだけは大事にしたい。
「行ってどうする」
「どうって、知らないことの方が多いしもっと色々知りたいし」
知れば何か変わってしまうかもしれない。だから知るのが怖いという気持ちも少しだけある。
村の皆も、変わってしまうのが怖いから村の外の人を嫌がるのかな、なんて思ったりして。
それもちゃんと知れば、怖くなくなるんだよ。この前の幽霊騒ぎも、村の周りにキリルが隠れてたってだけだったし。
村の皆もキリルを紹介したらなんだ、子供かってキリルのことも受け入れてくれたし。まぁ本当に幽霊もいたんだけど。
でも、悪い幽霊じゃなくてキリルのお母さんだってわかったら怖くなくなったし!
「世の中にはね、知らなくていいこともあるんだよ」
知らなくていい、何も知らないままって。どうしてお婆ちゃんもヴァイオレットもそんなことを言うのだろう。私に何を知ってほしくないの? それが、以前ヴァイオレットが言っていた何かとんでもない秘密?
何を隠しているのか知りたくて、知るのが怖くて。でも、お婆ちゃんやヴァイオレットの言う通りに何も知らないままは嫌だ。
「私は知りたい」
「エリセ」
咎めるというより、言い聞かせるような呼び方に、中途半端に否定されている気分になる。
だったらそればダメだって怒ってくれればいいのに。そうすれば今までみたいに、理由を見つけて諦めるのに。
自分で、選んで諦めるならきっと納得できる。でも選べずに、今までの様になぁなぁにしてしまったらきっと私は後悔する。
「知らなくていい。お前は関わらなくていいんだよ」
言わなきゃよかった。お婆ちゃんが反対する理由もわからないのに。
お婆ちゃんはお婆ちゃんなりの理由で心配で言ってくれているのもわかっているつもり。だけど。
「なんでそういうこと言うの」
どうしていつもそう。大事なことは何にも教えてくれない。
知らないまま、私はずっとこのままなの。ずっと、何も知らないままでいなきゃいけないの? そうはなりたくない。でも、知らないと怖い。だから知りたいのに。
お婆ちゃんは何を知っていて、なんで私は知っちゃダメなの?
「私何かしたいし、何かあるなら教えてほしいよ」
多分、お婆ちゃんは色々と知ってる。精霊様ならきっと何が起こっているか正しく知っているはずだもの。なら、毎日精霊様と会ってお話しているお婆ちゃんもきっとそう。
あのヤギ頭の魔物がなんなのかも、今村に起こっている虫とか鳥の不審死の原因も。知っていて、何も教えてくれない。
知りたいし、関わりたい。私だって何かできるってわかってほしい。
「なんでこういう時は何も言ってくれないの」
お婆ちゃんは静かに私を見ている。
それがまるで突き放されているようで、お婆ちゃんが何を考えているのかわからなくなった。
「おいおいどうした、何かあったか?」
「なんでもないよ」
扉が開いて、キッチンに入って来たアスターおじ様にお婆ちゃんが答える。私の話はお婆ちゃんにとってはなんでもないことらしい。
そっか。そうなんだ。やっぱりお婆ちゃんは、私なんかに何にも教えてはくれないんだ。
いつかきっとって願っていたはずなのに、いつまでたっても精霊様が見えなかったり。今は関係ないってわかっているはずなのに、私は教会に預けられただけでお婆ちゃんとは本当の家族じゃないことを思い出して一人で嫌な気持ちになった。
「もういい」
「待てエリセ」
「夕飯までには帰る!」
そう言ってアスターおじ様の横をすり抜けて行く。なんとなく教会の中にはいたくなくて外へ出た。
お婆ちゃんは、やっぱり何も言ってくれなかった。
いつもそう。知識とか、生きて行くための方法は教えてくれるけど、私が知りたいことは何にも教えてくれない。
……上手く、伝えられない私にも原因があるのかもしれないけどさ。
なんでこうなるのかなぁ。もっとちゃんと話したいのに。雨はまだ降ってないのに、なぜか視界が滲んだ。
相変わらずどんよりとした空は重くて今にも雲が落ちてきそうだ。こんな天気だから外を歩いている人は全くいない。
何処からか何かを燃やすみたいな匂いがして、なんだか余計に気分が沈んだ。




