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42.騎士と煙霞

ライナー視点


 見慣れてしまった街道をいつも以上に慎重に進む。

 どうやらしばらく、この辺りは酷い雨がふりつづいたようで街道の地面が緩んでいる。今は雨こそ降っていないが、どんよりとした重苦しい雲が空を覆っていた。


 馬の手綱をしっかりと握りながら、肺の奥で煮詰まった息を追い出す。始めにこの任に付いた時もかなり憂鬱な気分だったが今はその比ではない。

 結局国は明確な答えを出してはくれなかった。俺の報告した内容は、問題として何度も議題に上がっているようではあるが、議論だけで進展はしていない。

 精霊に対し懐疑的な上層部も確かにいるからもっと話が進むと思ったのだが、やはりそれ以上に現状を変えたくない連中や、精霊の本性を聞いてもまだ信じていたい連中なんかもいるらしい。

 ただ俺にとってありがたいのは、アレックス元帥が正式に村に足を運ぶ日付が決まり、それまでの繋ぎになれたことだ。完全にとはいかないが、やっと俺の手を離れてくれるらしい。


 聖女は、どのような反応をするんだろうな。

 あの人は何をしたいのか。何を隠しているのか。きっと自分には話しはしないのだろうが、アレックス元帥が相手であれば、或いは?


 迷いの森を横目に馬を進める。

 すっかり精霊の森という呼称が馴染んでしまったが、本来俺はこちらの名前で呼んでいたはずだった。

 精霊、か。人の理とは違うものの中で生きているとは言え、あれを理解したいとは今の俺には思えないな。


 馬に揺られていると、薄灰色の雲の下にうっすらと煙が上がっているのが見えた。

 方角は村と同じ方。部下たちに声をかけ馬の速度を上げる。近付くにつれ、人だかりと草木ではない何かを燃やす匂いが漂ってくる。


「何かありましたか!」


 馬から半場飛び降りる様に下馬すれば、この集団が関わり自体は少ないが見知った顔ぶれであることに気が付いた。あの村の男たちだ。

 どういうわけか、村の男たちが集まって何かを集めて焼いている。


「ライナーさん」

「キリル、これは一体何の集まりだ?」

「何って……村の周りで死んでた動物を燃やしてる?」


 村の女性がいないことに違和感を持ちながらも近寄ってきたキリルに声をかければ、何やら困った顔で答える。あまり反応が芳しくない辺り詳細は知らないのかもしれない。

 わざわざ村の外に運んで燃やすほどなのかと視線を移せば、燃える火の中にそれなりの塊の影が見えた。なるほど? 一匹や二匹ならいざ知らず、あの量となると病気の疑いがある。だからわざわざここまで運んで来たのか。

 火を囲むように集まっている村人たちの向こうには、消火用に複数の水瓶が用意されている。彼らの中に自分たちが村に着いた時にいつも出迎えてくれる少女はいない。


「騎士さん」


 キリルの横で状況を確認していると一人の男に声をかけられた。

 この人は牧場主が。羊の補償金の話で何度もか話した。


「何かの、病気ですか?」

「まだわからない。アスターさんは近くの町でもこんな話聞かなかったと言っていたが、あんたは何か知らないかい?」

「いえ。自分たちの通ったルートでは流行り病の話は」

「そうか……。あんまり数が多いもんだから嫁さんたちが気味悪がっててな」


 恐らくアスター殿も自分と同じルートでこの街に来たはずだが、周辺の町で動物が死ぬような病気が流行ってはいなかったはずだ。もちろん王都でも、そんな話耳にしていない。

 つまりこの村の周辺だけで起こっている可能性が高い。短絡的過ぎるとは思うが、他の町とこの村の大きな違いはあの森と精霊の存在だ。

 また、何かが産み直されて、犬みたいな何かに食い殺されているんだろうか。


「なぁ、聞いてもいいかい? 騎士さん」


 静かな声だった。


「精霊様って何なんだろうな」


 魔物に牧場を襲われ、羊たちを失った時とは違う。落ち着いていて、それでもあふれ出る疑問を口にしたようだった。

 唐突に思い至ったのではなく、その疑問はこの数ヶ月間ずっと牧場主の中にあったものなんだろう。


「聖女様ほどじゃないにしろ、皆毎日精霊様に祈りを捧げながら暮らしてきたんだよ。それが最近はどうだ?」


 魔物騒ぎに幽霊騒ぎ、ヤギ頭の魔物についてはどこまで聖女ソフィリアが伝えているかはわからないが、極めつけに村の周りで起こる動物の不審死と来た。

 ここ数ヶ月で色々と村の状況も急激に変わってきているのではいないか。

 俺自身心当たりがありすぎて牧場主にかける言葉が見付からない。村の住人たちから不穏な空気を感じるのは気のせいではないだろう。


「聖女様は見守るだけの存在だって言っていたが、俺たちが欲しいのはそういうのじゃなくてもっとこう……、うまく言えねぇけどもっと目に見えるような救いだったんだよ」


 視界の端に捉えたキリルがきまずそうに肩を揺らした。

 どうやら約束通り、あの時森で何があったのかは誰にも話さないでくれたらしい。最も、視界は完全に覆っていたつもりなので正しく何が行われていたのかはわからなかったのかもしれないが。


「聖女様はいつも知恵を授けてくれていたし、あんたらだって魔物から村を守ってくれた」


 何も起こらない内は日々に感謝し、過ごすことも出来た。だが一度その平穏が崩れてしまえば、もっとわかりやすい救いが欲しくなる。

 それは、わかる。わかるが。それをあの精霊に求めたところで碌なことにならないのではとも思うのだ。


「俺たちはそういう見えるものが欲しいんだ」

「わかります」

「この村はどうなっちまうんだろうな」


 牧場主の誰に聞かせるでもない呟きに、誰ともなく村の男たちが気まずげに視線を逸らした。皆、考えは同じなのだろう。

 とても異様な光景だとも思う。

 村の中で話せないので外まで出て来て、村の男衆だけでこっそりと胸の内を漏らす。村の中で溢せばいたずらに女子供を不安にさせるから。


「聖女様は解決方法を教えてはくれるが、何が起きているのかは教えちゃくれない」


 諦めたような誰かの呟きがぱちぱちと日の爆ぜる音と共に響いた。

 そこで暴動までいかない辺り、聖女に対して今まで助けられた感謝もあるんだろう。ただ、その感謝よりも疑念が上回った時、きっと不幸な出来事が起こる。


「ここ数ヶ月の村の状態を報告したところ、ある方が、一度村まで来てくれることになりました」

「そうか……」

「その方は、聖女ソフィリアやアスター殿の古い知り合いで、共に魔王討伐の旅をしていた騎士です」


 嫌そうに表情を歪めた牧場主に捲し立てる様にアレックス元帥の身分を明かす。

 疑念がある以上、聖女ソフィリアと関係がある人物に警戒するのもわからなくはない。だが、アスター殿以外に聖女ソフィリアと交友があった者が訪れるなど数えるほどだったであろうことも思い出してほしい。

 実際にアレックス元帥曰く、共に旅をした仲間たちは長らく連絡を取り合っていなかったと言っていたし、何よりこの村の閉鎖具合は住人である彼らの方が詳しいはずだ。


「俺たちは余所者が嫌いだ」


 吐き捨てるわけでもなく、ただ淡々と事実を述べる様に牧場主が言った。


「外から来る奴らが悪いものを運んでくる。そう思って生きてきたし、そう教えられてきたんだよ」


 文化の違いというべきか。

 アレックス元帥も言っていたが、迷いの森の噂や実際の行方不明者によって外界との交流が殆どなかったことが原因だ。


「あんたらが悪い人じゃないってのはもうわかってるつもりだ。でも、他の奴らもそうとは限らない」


 だから、アレックス元帥の来訪も歓迎することは出来ない。

 そう言いたいんだろう。


「悪いな、騎士さん。あんたが俺らのために色々しようとしてくれてるのはわかるんだが、こういう性分なんだよ。皆」

「構いませんよ。なにせまだ会って数ヶ月、話したのも数回だ。そんな人間に権威のある人を連れてくるので歓待してくれと言われても何を言ってるんだって話じゃないですか」

「それもそうだな」


 牧場主がぎこちなく笑い、隣にいたキリルが安心したような気配がした。この子なりに色々心配していたのか。

 揺れる炎から昇る煙が形を変え、空へと伸びていく。煙と空の境目がわからないほど薄ぼんやりとした曇天は今にも雨が降ってきそうだ。


「偉い人が精霊を何とかしてくれるの?」

「どう、だろうな。でも聖女ソフィリアとは話を付けてくれると思う」


 あくまで希望的観測で、そうなってくれればいいという願望なんだが。アレックス元帥は何やら決意を固めていらしたようだが、可能なら彼や、今はここにいないエリセが不幸な結果にならなければいいと思う。

 俺ですらこんなにも憂鬱なのだからキリルや部下たちはもっと気が重いだろうな。

 なんて考えながら、火か消えるまでの間村の者たちと並びゆらゆらと立ち昇る煙を見ていた。


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