40.騎士と英雄
ライナー様視点
気が重い。
普段いる詰め所の端の方であれば我が物顔で闊歩することも出来るのだが、騎士団詰め所の奥の奥というのは一兵卒が簡単にお目通り願えない様な、それこそ将官クラスが居座っているようなところだ。
正直気が進まないし、心無しすれ違う士官にも奇異の目で見られているような気がする。
にもかかわらず、なんでこんなところまで足を運んでいるかというとだ。前回の報告が行きつくところまで行ったらしく、何やら上層部の人間が話を聞きたいと呼び出されたのだ。
まぁそうなるよな。なにせ今まで信奉していた存在が、自分たちが忌避していたものを生み出していたんだから。
お国の上層部が今後の方針や対応をあれこれ議論しているらしい。仔細を聞きたいとは思うがあまり聞きたくもない気もする。
ここで投げ出すのは同じように精霊の実態を知ってしまったキリルを突き放すようで気が引けるが、それはそれとして手に負えない存在に権威のある連中に対応を任せて手を引きたい気もする。
なんにせよ、次の任務までの待機中なのだが、その合間に呼び出されたのだから余計なこともあれこれ考えたくなる。
俺がいつも利用している質素な詰め所とは違い豪奢な扉を前にして若干方が引き攣るのを感じた。
マジで俺この扉をくぐらなきゃいけないのか。嫌だ嫌だと言っても拒否権などあってないようなものなので深呼吸して扉をノックする。
「第四師団第四一連隊小隊長ライナー・オスコー、参上しました」
「入れ」
返事を確認して扉を開ける。
「来たか」
扉の先にいたのは老齢の男。アレックス・フォーサイス元帥。俺がお目通りする機会はそうないと思っていた相手で、かつて聖女ソフィリアと同じく勇者と共に旅をしていた人。とんでもないのが出てきたな。
いや、相手が精霊だからそれくらいの方がいいのか? 魔王討伐の際に精霊ともかかわりがあったと聞くし、適任といえば適任か。
ただ俺としては聖女ソフィリアとの繋がりが気になる。あの人は国にも、恐らく教会にも隠しごとがある。アレックス元帥は国に属する人だから大丈夫だと思いたいが。そんなことを考えながら敬礼をすれば、元帥が応える様に鷹揚に頷いた。
身の引き締まるってのはこういう感じのことを言うんだろうな。
落ち着いた雰囲気ではあるものの威圧感のある佇まいの老齢の騎士に自然と背筋が伸びた。今にもよく通る声で叱責されるんじゃないかという圧がある。
「報告書を読ませてもらった。嘘偽りはないな?」
「はい。前回の滞在中にわかったのはその報告書に記した通りです」
嘘は言ってない。俺とエリセが精霊に加護を与えられたのはもっと前であって前回ではないしな。
アレックス元帥がどういう意図をもって詳しく聞きたいと俺を呼び出したのかはわからないが、多分きっと俺の報告がまずかったんだろう。
事前に国や騎士団が、精霊を迎合している人間ばかりではないと知っていたからこそできた報告ではある。この報告先が神や精霊を尊ぶことを尊重している教会であったならすぐさま異端審問にでもかけられていただろう。
「この報告書の内容は、聖女に伝えたのか?」
「いえ、聖女自身の関与を警戒し伝えてはいません」
このことを知っているのは自分と部下、後は聖女が保護したばかりの少年だけ。
聖女ソフィリアは精霊の所業を知らないのか、知っていて黙認しているのかはわからない。あの、妙な女のことも。
少しの間沈黙が室内に広がる。アレックス元帥は視線を報告書に落とし深く息を吐いた。それからぽつりぽつりと、溢すように話し始める。
「我が国の領土はさほど大きなものではない」
魔王討伐より約五十年、他の国の事情は知らないが魔物に怯える必要のなくなった我が国が最初に行ったのは今まで手を付かずだった土地の開拓だった。
それまで魔物の討伐に取られていた人手が村に、町に帰って行き、人の暮らしも豊かになって行った。にもかかわらず、あの村の付近だけが手が付けられず原始的な暮らしをしている。
何ならあの村は他の辺境と呼ばれる場所よりも比較的王都に近い位置にある。街道も途中までなら整備されている。
にもかかわらず、あの村だけが取り残されたように手付かずのまま残っている。
「何故だかわかるか?」
「迷いの森、ですか?」
「そうだ」
あの森を中心とした行方不明者は俺が思うよりもずっとこの国に深く根付いていたらしい。土地開発へ向かった者たちが悉く行方をくらませたのには、当時のお偉方も頭を抱えただろう。
そうして次第に手を付けられなくなって、周辺の人々も気味悪がって森やあの村に近づくものがいなくなった。
「だからあの村は今も閉ざしされたままだ」
以前までなら大げさに語るものだと一蹴していただろうが、精霊が行方不明者を好き勝手にしていると知った後では随分と印象が変わってくる。
本来であれば位の一番にあの村の住人がいなくなりそうなものだが、彼らは森には入らない。故に精霊の脅威に気付けない。
聖女ソフィリアは話さない。エリセは知らない。なら、何もかもを知っていて話を聞けそうな奴はただ一人。
「王の娘と呼ばれた人物に心当たりはございませんか?」
あの女は精霊を黒き森と呼び、精霊もあの女を王の娘と呼んでいた。
それが何を意味するのか俺にはわからない。
「いや、どんな奴だ?」
「精霊が産み直した魔物を殺した女です」
問われるままにあの女の姿を思い出す。
カラスの羽の様な黒髪に頭部には動物の耳を思わせる突起物。精霊よりは話が通じようではあったが決定的に人とは相容れない倫理観。
ああ、耳まで口の裂けた目のない犬のような存在を従えてもいたな。およそ生物とは言い難い形容をした犬は女の髪と同じような色の体表をした、影より這い出した犬のような何か。あまり思い出したくない光景ではあるが、それは精霊が産み直した魔物を食らっていた。
「かつて勇者が倒した魔王は猟犬の君主だった」
アレックス元帥が険しい顔で口を開いた。
曰く、魔王は世界を呑み込むほどの巨大な体と牙を持つ犬の様な犬の様な姿をしていたらしい。
犬、か。確かにあの陰から出てきた生物は犬の様な姿形をしていたし、言われてみればあの女の頭部の突起は犬の耳の様にも見えなくはない。しかし、だ。
「猟犬ですか」
「ああ、だが魔王の眷属はもういない……いや。一人だけ心当たりがある」
「それは、いったい」
「魔王の呪いを受け、自らの意志で命を絶った女だ」
勇者が率いた魔王討伐隊の唯一の犠牲者。
幼い頃大人たちに聞いた話では、魔王の卑劣な罠にかかり命を落としたとされる。貴族令嬢でありながら勇敢にも魔王討伐の為に勇者の旅に志願した高潔な女性であったと伝えられている。
でもその女性は五十年も前の人間だろう? あの女は精々二十かそこらにしか見えなかった、が。
「産み直されたと、言っていました。自分も、森にいた魔物も」
あの時は混乱していて取り溢してしまったが、あの時あの女は自分もそうだと言っていた。自分も、産み直されたと。ヤギ頭の魔物が精霊に産み直されたなら、あの女は魔王に?
なんのために。意味がわからない。産み直しが呪いだったのか、呪われたまま死んだから産み直されたのか。どちらにしろ気分のいい話ではない。
幸いにしてあの女は話ができる。
犬に他の魔物を食わせたりしてはいるが、魔物が世界に広がっていくのを肯定しているわけではなさそうだ。魔王を復活させたいわけではないと思いたい。
「ヴァイオレット、その女は聖女ソフィリアについて何か言っていたか?」
「いえ。ですが教会に住む少女曰く森に入るのはその少女と聖女ソフィリア以外にいないとのことなので、接触の機会は十分にあります」
「そうか……。もっとアイツらのことを見てやるべきだったな」
勇者の旅の結末は俺たちが知るほど幸せな物ではなかったらしい。
件の女性の死後、それまで共に旅をしてきたのに連絡を取らなくなってしまったのだとアレックス元帥は言う。
何処にいて何をしているのかは知っているけど、積極的に関わらなくなったと。
「一先ずは、ソフィリアに事態を悟られないようにしろ」
「わかりました」
「国の決定によっては俺も村に向かう」
一体どんな気分なんだろうな。かつての仲間を疑うって言うのは。
……やめておこう。俺の考えることじゃない。
だがせめて、あの教会に身を寄せる二人が不幸な結末にならなければいい。
「ヴァイオレットとソフィリアが凶行に走ろうとしているのなら、今度は俺が」
アレックス元帥の執務室を退室する際に聞こえた声は、どこか寂しく。
それでいて強い意志のあるものだった。




