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見習い修道女エリセちゃんは現実が見えない  作者: ささかま 02
田舎娘は王子様を夢見てる
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4.羊は鳴かない


 普段の村は閑散としている。

 皆それぞれの仕事を持っていて協力し合って暮らしているけど、祭りの時以外に一堂に集まることはほとんどない。

 それが今はどうだろう。

 皆が皆牧場の前に集まって悲惨な光景を見ている。


 いつも近くを通る度に頭突きしてきたあの羊はもういない。

 やめてほしいとは思っていたけど、誰もこんな形での解決は望んでない。


「エリセ、下がって」

「ライナー様」


 しばらく通りのこちら側で立ち尽くしていたら、ライナー様に下がるように促された。

 大人しく指示に従えば柵の向こうで点々と動かなくなっている羊がライナー様の背中によって隠される。

 私に何かできるわけでもなくて、伸ばしかけた手を下ろすしかなかった。


 全滅だと言っていた。

 だから、ライナー様の背中の向こうにいる羊たち以外にも被害があったのだと思う。

 野生の動物だろうか。まさか、魔物が?

 この村は精霊様のご加護があるんじゃないの? 魔物は皆聖なるものが苦手で、精霊様のおひざ元であるこの村には近寄って来ないんだって皆言っていたのに。


「なんでなうちんだよ」


 ピーターのお父様、ロバートおじ様が力なく項垂れながら呟く。

 視界の端に柵が一カ所、抜けているところが目に止まった。

 壊れかけていた箇所だ、多分あそこから何かが入ったんだろう。


「なぁ、聖女様。なんでうちだったんですか」

「ロバート、あんたは悪くないよ」

「じゃあなんで!」


 大きな声に思わず肩がすくむ。

 いつも穏やかなロバートおじ様があんな風に怒鳴るなんて思いもしなかった。

 びっくりして動けなかった。お婆ちゃんに掴みかかろうとしたおじ様をライナー様が止めに入る。

 その代わりと言うように他の騎士様が、牧場の方を見えないように隣に立ってくれたのがありがたかった。


「なんで、なんで……」


 ロバートおじ様の向こうで立ち尽くすピーターがいる。

 何と声を掛けたらいいかわからなかった。


「精霊様の加護があるんじゃなかったんですか」

「神も精霊も、人のためにいるわけじゃないんだよ」

「じゃあアンタはなんのために祈っているんだ!」

「与えられた日々に感謝するためだよ」


 お婆ちゃんが静かな声で答えた。

 与えられた日々への感謝。言っている意味はわかる。

 でもそれはいつもみたいに何もない時の話で、今は。


「感謝って、そんなもの何になるんだよ! こっちは羊が死んだんだ!俺たちは羊で生計を立ててきた……それが全部死んだ」

「あぁ。そうだね」

「明日から、どうやって生きていけばいいんだよ……」


 膝を付いたままロバートおじ様が絞り出すように声を出して俯いた。

 お婆ちゃんもライナー様も、ただ何も言えないでいる。

 精霊様はどうして守ってくれなかったんだろう。

 お婆ちゃんは神様も精霊様も人のためにいるわけじゃないって言ったけど、それでも、なんて自分の不信心を棚に上げて考えてしまう。


「アンタも結局は余所者だからわかんないんだよ」


 ふと聞こえてきた声に思わず視線を向けてしまった。ライナー様が宥める中、ロバートおじ様が俯きながら呟いている。

 多分聞こえたのは私だけじゃないと思う。騎士様達は気まずそうな表情を浮かべている。

 わかってる。本心じゃない。だっておじ様はいつも私やお婆ちゃんに良くしてくれていた。多分、つい口が滑ったんだ。


「お国だか教会だかに言われてこの村に来ただけで」


 お婆ちゃんは何も言わない。

 言ってくれない。


「だからそうやって王都の騎士とつるんでいるんだろ?」


 やっと顔を上げたロバートおじ様が睨むようにお婆ちゃんを見つめる。

 お婆ちゃんは口を開かなかった。何か答えをくれても、きっと私の中のもやもやは消えないし、ロバートおじ様も止まれない。と、思う。


「待ってください」


 ライナー様が声を上げる。

 正直もう何が何だかわからない。


「牧場を襲ったのは魔物の仕業でしょう。そしてその魔物は」


 ライナー様が言葉を切る。

 村の皆が騎士様たちをちらちらと見たり、小声で会話しているのがわかる。なんかこの感じ、すごく嫌だな。


「私が精霊の森に引き込みました」


 なんでそんなあっさり言えるんだろう。そんなこと言ったらどうなるかわかるのに。

 確かにライナー様たちは昨日魔物を追って精霊の森に迷い込んだ。でもけがをさせたし長くないって。

 それって致命傷ってことでしょ? なら、そんな怪我をした魔物が一晩で牧場の羊たちを襲えるの?


「なんだ、結局外から来た奴のせいなんじゃないか」


 ロバートおじ様が吐き出すように言った。

 魔物が森に逃げ込んだのだって、そのままにして置いたら羊どころか私たちまで襲われるかもしれなかったしわざとじゃないのに。

 ロバートおじ様のどうしようもない気持ちがわからないわけではない。でも、そんな言い方しなくてもいいのに。


「おう、随分派手にやられちまったじゃねぇか」


 正直、ものすごく息苦しい雰囲気だったし、聞き覚えのある低い声はものすごくありがたかった。

 牧場の周りに集まる村の皆を間縫って現れたのは、行商のアスターおじ様だ。

 昔勇者様と一緒に旅をしていた縁で月に一度村に顔を出してくれる。


「アスターさん……」

「見舞金を出そう、俺の伝手で羊も手配できるだろう」


 いつもの様に軽い口調で話す姿に毒気を抜かれたのと、今後の見通しが立ちかかったことで安心したのか少しロバートおじ様の表情が明るくなった気がした。

 お金で全部が解決するのかと言われるとそうじゃないのかもしれないけど。ピーターたちの生活の助けになるのならきっといいことだ。


「それに今は災害だの魔物による被害だのは、国に申請すれば出る法律があるんだろう? 騎士さん」

「はい、額の大小はありますがこれだけ被害が出ているのなら法案の対象になるはずです」


 アスターおじ様とライナー様が何だか難しい話をしている。

 何年か前に出来た法律がロバートおじ様を助けてくれるかもしれないらしい。

 私にはよくわからないけど、おじ様やピーターが苦しまずに済むのならよかった。


 一気に皆の雰囲気が穏やかになったところで、国に申請するためのあれこれをするお婆ちゃんとライナー様とアスターおじ様は残して解散する。

 牧場が襲われたって聞いて衝動的に来てしまっただけで、結局私に何かできるわけじゃなく、付き添ってくれる他の騎士様たちと一緒に教会の方に戻る。

 最後に振り返った先にいたお婆ちゃんは何を考えているのかよくわからなかった。


「なんというか、気を落とすなよ」

「はい」


 騎士様たちは気にかけてくれるけど、やっぱりもやもやする。

 お婆ちゃんのことも、精霊様のことも。

 村の皆はいつも森に住んでいる精霊様が村を守ってくれているんだって言っていたし、私もそう思っていた。

 ところが精霊様は村を守ってくれているわけじゃないらしい。


「あの、ごめんなさい。いやな気持ちにさせましたよね」

「慣れてる」


 本心じゃなかったとは思う。でも家族みたいに育った人が嫌な思いをさせてしまったし、頭を下げれば騎士様たちは笑いながら撫でてくれた。

 慣れてるってそれもどうかと思う。


 言葉の綾とか、そういうのだと思うけど、さっきの言葉は私自身も少しだけ苦しくなった。

 村の皆はずっとここで生まれて育ってきたし、村の外の人に対して何かしら思うことがあるのかもしれない。

 もうずっとこの村で暮らして来たお婆ちゃんに対してもそんな風に思われていたんだと思うとちょっと悲しい。


「まぁ、大丈夫だ。隊長はあれで根性あるから」


 一人が言ったのを皮切りに騎士様たちが口々に、ライナー様は叩き上げだとか、本当は口が悪いとか。

 騎士様たちは褒めているのか悪口なのか、よくわからないことを言い合って笑っている。

 仲いいなぁ。


「何なら上官に文句言って飛ばされてきたわけだしな」

「おい」

「おっと、悪い。この村がどうとかじゃなくてな」

「いえ、ここ、すごい田舎ですもんね」


 実際何にもない田舎だもの。王都を出発してこの村に来るのにすごく時間がかかるって聞いてるし、飛ばされるって表現はあながち間違いじゃないと思う。

 その後も、一応名誉貴族の家の出ではあるが、本当に名前だけの貴族なんだとか。借金こそないが兄弟が多くて大変だから騎士になったか。

 騎士様たちが好き放題言っているのを聞きながら教会に戻り、果ては取り残されていた朝食の片付けまで手伝ってくれた。


「ライナー隊長、多分森の中に入る許可取ってくるよ」


 なんだか騎士様たちは楽しそうだった。

 いいな、皆わかり合ってて。私は村の皆もお婆ちゃんもよくわからなくなっちゃったのに。


 それは、まぁ置いておいて。

 別に皆足を踏み入れないだけであの森に入る許可なんているんだろうか。

 私とか何にも考えず入ってるし、何なら勝手に暮らしている奴もいる。


 ……待って、森に入るんだったらヴァイオレットを隠さなきゃ。

 牧場を襲った魔物を探すために森の中に入るのなら、人でも精霊でもない奴がいたら絶対勘違いされる!


「もし、森に行くのなら私も行きたいです」

「いやいや、それはさすがに」


 私なら森の中で迷わないし、場所だけは知っているので精霊様の泉にも案内できる。

 私も行きたいです、なんて子供みたいだと思われたかもしれないけど、そうとしか言えない。できることって本当に案内くらいだし

 何とかして付いて行ってヴァイオレットを隠しておかないと。何もしてないとは言え頭の上に犬の耳が生えているし見つかったら誤解されそう。

 困らせているとはわかっているけど、私のごねはライナー様が返ってくるまで続いた。





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