39.雨音と落ちた羽
昨日の夜から降り出した雨は結局朝になっても降りやまず、おまけに風ががたがた言い出した辺りで礼拝堂の方にアスターおじ様が現れた時は驚いた。
近くの町で用事を済ませたまではいいものの、街道で雨風にさらされて村に非難しに来たらしい。
村は精霊様の森に半分囲まれるような形になっていて強い風が吹きつけることはないけど、街道沿いは遮る物がないから風がすごい。荷台の中に入れるおじ様はとにかく、このままじゃ馬が風邪を引くと方向転換してきたんだとか。
本当は村に寄るのはもうちょっと先だったはずなんだけど、さすがに強風の中で無理に移動するのも危ないと諦めたんだって。
一先ずここまで頑張って来たお馬さんは納屋の方に避難してもらい、ずぶ濡れのアスターおじ様にはお風呂に行ってもらった。
馬の方はキリルにお願いしたし、私は何か暖かいものでも作ろうかな。お風呂に案内したとは言えアスターおじ様も疲れただろうし、キリルも納屋で体が冷えて帰ってくるかもしれない。
そのためにも。お風呂に移動させて空になった水瓶に水を補充するところから始めるかぁ。
とりあえず雨具を着込んで裏口の扉を開ける。わぁすごい風。え? 今から私この外に出るの? やだなぁ。
少し怯んだけど、このままだと夕飯用のお水も足りないし仕方ないと諦め井戸へ向かう。前髪は一瞬で顔に張り付いたし、何なら風が強いせいで体に当たる雨すら痛い。
持ってきた桶に井戸水を汲んで水瓶を一杯にするまでに何回往復すればいいのやら。
終わる頃には私もびしょ濡れになるんだし、アスターおじ様がお風呂を出たら交代で入っちゃおうかな。そのためにも早く水を汲んでしまおう。
雨風の中ですっかり意味の無くなった雨具のフードをため息とともに脱ぎ捨てる。
晴れてたらキリルと二人で協力して水汲みをするんだけど、天気はこんなだし二人して濡れ鼠になるわけにもいかず私一人でせっせと井戸の滑車をくるくる回す。
因みに今頃キリルは、納屋に繋いだ馬の体を拭いている頃だろう。後お馬さん用のコートを着せてるくらいか。体を拭いても暖かくしなくちゃ馬も風邪ひいちゃうもんね。
キリル一人に任せちゃったのはちょっと気になる。でも馬は好きだって言ってたし大丈夫か。
なんか蹄についてる蹄鉄? の音がかっこいいらしい。私にはわかんない感覚でやっぱり男の子なんだなぁって思う。
井戸と水瓶を何往復かした時、ふと裏口から少し離れた軒下に何か落ちているのに気が付いた。
黒い塊だ。あんなところに何か置いてたっけ? 雨で霞む視界によく目を凝らして、すぐに後悔した。
「うわ、見なきゃよかった」
カラスだ。多分死んでる。最近本当に多いんだよね。いったい何なんだろう。
地面に落ちた後少し這ったのか砂に塗れた黒い羽は、雨に洗われることなく軒下に転がっている。ただでさえ雨で雨具と服が肌に張り付いて不快なのに、さらになんとも言えない嫌な気持ちになった。
魔物の時はああ死んだのかって思うだけだったのに、鳥や虫の死体を見ると嫌な気持ちになるのは、やっぱり魔物よりも鳥や虫の方が身近だからなのかな。
もやもやしたのを吐き出すように胸の中にある空気を全部押し出す。どの道あのカラスの死体を今すぐ片付けることは出来ない。ちょっとかわいそうだけどお婆ちゃんに報告して雨が止んでから片付けよう。
でもなんで最近こんなに村の周りで鳥とか虫とかが死んでるんだろう?
気候が合わないとか? 別に変な気温とかじゃないし毎年こんな感じだよね? たまたま寿命が重なったって言うのも考えられなくはない。それにしたって村の周りに集まりすぎな気もするけど。
珍しくて目に付くだけならそれでいい。でも病気とか持ってたら怖いし、畑や牧場に何にも影響がなければいいな。
ようやく水瓶がいっぱいにしたところで雨具を脱ぐ。張り付いた気持ち悪い。バサバサと雨具に付いた水気を払ってから干して、タオルで簡単に手足を拭けば冷えた体が小さく震えた。
一仕事終えた風ではあるけれど、残念だがまだやることは残っている。
汲んだばかりの水を鍋に入れて火をかけた。本当は体が温まるまでこの火にあたっていたいけど、我慢してまな板と包丁を取り出す。
火が通りやすいように人参と玉ねぎを薄く切って軽く洗う。汲みたての井戸水はこんな時でも冷たくて嫌になる。洗った野菜を避けておいて包丁とまな板を洗い終える頃にはぽこぽこと音が鳴り始めた。
お湯が跳ねない様にお鍋の蓋で防御しながら野菜と、後おまけでペンネもちょっと投入したところでさて問題です。味付けは何にしよう。……いつものでいっか。
「上がったぞ、風呂ありがとな」
「おかえりなさい。ちゃんと髪乾かしてくださいね」
「はいよ」
そうこうしているうちに肩にタオルをかけたまま水滴を落とすアスターおじ様がキッチンに入ってくる。いくらお風呂であったまったからといって、ちゃんと拭かないと風邪ひくよ?
お鍋の中で泳ぐ人参と玉ねぎ、それからオレンジ色に染まった灰汁をお玉でつつきながらため息を吐く。なんで人参入れるとこんなに灰汁出るんだろ。
「おじ様近くの町から来たのよね? 何か困ったこととか起こってない?」
「いいや? 平和なもんだったが……何かあったか?」
「最近鳥とか虫とかが村の周りでよく死んでて、何か病気とか流行ってたら怖いなって」
もちろんたまたま偶然目に付いたとか、私の気にしすぎとかなら全然いいの。笑い話で済むならそれが一番いい。
ここしばらく色んな事が立て続けにあったんだもの。ちょっと心配にもなるじゃない。
だから村の外にもこんなことあるのかなって。もし近くの町でも似たようなことがあるなら、一緒に何が原因だとか解決の方法とかも考えられるかもしれないし。
「今んとこ病気だのなんだの話しはきいてねぇな」
「そっか」
残念。何かわかるかと思ったんだけどそんなに上手く行くわけがないよね。あ、ロバートおじ様も同じようなこと気にしてたって後で話しておこう。
そんなことを考えていたらまたキッチンの扉が開いて、今度はキリルが帰って来た。
「おかえり、時間かかったね」
「ありがとな」
「楽しかった」
濡れた髪をタオルで拭きながら少し嬉しそうな顔をしている。体拭いてあげたりコート着せてあげたり、結構大変だったと思うんだけど本当に馬が好きなんだなぁ。
何を作ってるのかと覗きに来たキリルにカップを二つ持って来るように頼んで、人参が柔らかくなった頃に塩と胡椒を適当にいれて最後に細かく刻まれた乾燥バジルを入れる。
なんでこの葉っぱに入れるのかは知らない。でも入れるといい感じになるような気がする。別に気がするだけでそういう効果があるのかどうかもわからない。誰が最初に入れようって言い出したのかしら。世の中不思議がいっぱいね。
スープをひと煮立ちさせてた後、持ってきてもらったカップに注いで二人に差し出す。
一先ずこれで温まって貰おうね。
「キリル、お風呂どうする?」
「後でいい」
「じゃあ私入ってくるね」
二人を残してキッチンを出る。さぁ、お風呂でリラックスタイムだ。冷え切った体にはやっぱり湯船が嬉しい。
一度部屋に戻って着替えを取ってくる。途中礼拝堂から出てきたお婆ちゃんにお風呂入ってくると伝えて脱衣所に向かった。
脱衣所の棚に置いてあるタオルは……まだある、大丈夫。でも代わりに洗濯籠はそれなりにいっぱいになってるし明日は晴れてほしいな。
まだまだやみそうにない雨と風の音を聞きながらぼんやりと考える。何か起こっているって決まったわけじゃないけど、鳥とか虫とか、村の周りでよく死ぬようになった話ってライナー様に聞いてみてもいいのかな。
何かあれば手が見送ってって言ってたし、上がったら書いてみようかな。




