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38.言わない言葉


 今日も晴れている。快晴って程じゃないけど雲も少なく気分がいいし、今日も今日とてパタパタを動き回りつつ荷物を整理する。

 あれからなんとなくじっとしていられなくて、毎日の様に何かして動き回っている。疲れがないわけじゃない。でもご飯を食べてぐっすり寝れば元気いっぱいだ。


 いつもは教会のお勤めや掃除を終わらせると自由時間として、特別何かするわけじゃなく時間をつぶしている。今日はその時間にピーターの家で、リズおば様と一緒に部屋の大掃除をしたわけよ。

 おば様は牧場の仕事をしている時は普通の恰好だけど、それでも品のいいおしゃれさんだし普段はこまめに掃除してて綺麗好きな人。ただここ数ヶ月は牧場のこともあって、家の中まで手も回らなかったらしい。

 それもやっと落ち着いて来たから、この機会に荷物の虫干しだったり整理だったりをするというのでお手伝いを立候補したわけだ。


 私自身はそこまで綺麗好きってわけじゃない。でも体を動かしてると深く考えすぎなくていいし、やればやるだけ上手くいくような気がしてくるので嫌いではない。

 ピーターの家は物持ちさんだから移動させる物だけで大変だし、リズおば様と話をしながらの大掃除は適度に考えごとをするのには丁度良かった。


 あ。考えごとって言ってもそんなにがっつりしたのじゃなくて、前から考えてたことの再確認みたいな感じ。

 とにかく、村を出るにはどうやら色々準備がいるらしいわけよ。それは物だったりお金だったり、そういうもの。

 なので、今は村の人の手伝いをしてお小遣いを貰って資金とか物資とかを集めてる。


 でも欲しいものとかやりたいことのために労働を対価に賃金を要求するのって、なんだか教会の奉仕精神とは違っていてそわそわするんだよね。

 まぁ、うん。そういうのもあってお婆ちゃんには今お手伝いしてお金をもらっていることは言ってない。多分皆に聞いて知ってそうだけど。

 王都では普通だし、労働を対価にお金を貰うのが絶対ダメってわけじゃない。皆欲しいものややりたいことがあるからと話せば、笑って資金集めに協力してくれる。いつ諦めるかってからかってくるおじ様たちもいるけど。


 それにしたって働いて稼ぐのって大変なんだなぁ。

 アスターおじ様って実はすごかったんだ。おじ様は必要な物を必要な人に届けているだけだって言ってたけど、たった数日で毎日続ける大変さが身に染みたんだもの。これを毎日って結構しんどいよ。私なら絶対ぶちぶち言ってる。

 最後の荷物をしまって一息つく。軽く伸びをすれば同じように片付けをしていたリズおば様と目があった。


「手伝ってくれてありがとね。はい、お礼」

「こっちこそありがとう」


 そう言って渡されるのは銀貨と銅貨をいくつか。こういうのをね、引き出しの小瓶に集めて貯めてるわけですよ。

 リズおば様は他の人よりちょっとだけ多めにくれる。悪いなって思いながら受け取るんだけど、多分牧場主の奥さんだし自由になるお金もあるんだと思う。


「それで? 何か欲しいものでもあるのかい?」

「うーん、服も欲しいし靴も欲しいな。あ、あと鞄も」


 丈夫で使い心地の良いのが欲しいな。

 王都から村までは馬で五日かかるってライナー様が言ってたし、歩きならもっとかかるかもしれない。なら簡単に破けたりしなくて、タオルと、着替えも多めに持って行きたいしいっぱい入るのがいいな。

 そんなことを考えながら答えると、リズおば様は少し考えた後にっこりと笑って頷いた。


「なるほどねぇ。それはあの騎士さんのため?」

「うん? なんで騎士様?」


 質問の意図がよくわからなくて思わず聞き返すと、彼女は笑顔のままだ。

 私が村を出る準備をしてるのは私のためだしなんで騎士様? なんかライナー様たちに言われたっけ?


「ふーん、そう。じゃあうちのはどうだい?」


 何の話? 

 リズおば様はにこにこしている横で首を傾げていたら、ガチャリと扉が開いてピーターが帰って来た。


「おかえり」

「あれ? エリセ来てたの?」


 牧場の仕事をしてたピーターはちょっと汗をかいていて方に手拭いをかけている。

 お仕事お疲れ様です。


「何の話してたの?」

「エリセにアンタはどうかって聞いてたの」

「ばっか、変なこと言うな」


 仲良しだなぁ。

 ピーターはいつも優しいけど、やっぱり家族に対しては気心が知れてるというか遠慮がないというか。普段私には向けない強めな語気にちょっと羨ましくなってしまう。

 お婆ちゃんとそんな風なやり取りしないなぁ。仲はいい方だと思ってたんだけど、もしかしたら私とお婆ちゃんの関係は普通じゃないのかもしれない。


「行こう、教会まで送ってく」


 一通り言い合いをした後ピーターはこちらを振り返って私の手を取った。

 ピーターに続いて出た家の外は牧場とすっきりとした青空が広がる見慣れた景色だ。私のよりもちょっとだけ大きい歩幅に早足でついていく。


 ふと、視線を落とした先にあんまり見たくないものが見えた。

 鳥だ。鳥が死んでいる。最近なんか多いな。ちょっと前には川の周りで畑を荒らす虫が群れになって死んでいた。虫はちょっと嫌だな程度で済んだけど、鳥が村の周りで死んでいるのは何かあったんだろうかって不安になってしまう。

 鳥は畑の作物を食べる虫をやっつけてくれるし、虫よりも大きいから病気とか持ってて村の動物に広がったら大変だ。だから最近よく鳥の死んでいるのを見るのもたまたま、偶然であってほしいな。


「またか」


 声がして、顔を上げたらロバートがおじ様が私たちと同じものを見ていた。


「父さん」

「後で片付けておくから触るなよ」


 難しい顔でそう言ったおじ様に素直に頷いておく。病気とか持ってたら大変だもんね。

 ロバートおじ様は牧場主でもあるし、牧場の周りで他の動物が死んでるのを見ると不安にもなると思う。ただでさえ魔物に牧場を襲われてまだそんなに経ってないし。


「……エリセ、アスターさんはいつ来る?」

「来週には来るんじゃないかな」


 暫く地面に落ちた鳥を眺めた後ロバートおじ様が言った。

 ロバートおじ様は村の外の人たちが好きじゃない。この間のライナー様への態度もそうだった。お婆ちゃんとアスターおじ様も苦労したらしいし、ずっと昔からこうなのかもしれない。

 病気はいつも村の外から来る。だから外の人間が嫌いなんだってピーターに聞いたことがある。


「あの騎士さんも同じ頃にくるんだろ? 来たら話がしたいと伝えてくれ」

「わかった」


 だからロバートおじ様がそう言ったことにすごく驚いたけど、それと同時に嬉しくなった。

 補償金? とかそういう難しいお国のやり取りもあったし、ライナー様の優しいところが伝わったのかな? 理由はなんでもいいや。ライナー様への態度が軟化してくれてよかった。


 鳥を片付ける道具を取りに行くのか家の方へ帰って行くロバートおじ様を見送って歩きなれた道のりを行く。この景色は嫌いじゃない。

 柵の中には羊たちがのんびりと草を食みながら過ごしていた。もうずっと頭突きされてないな。別にされたいわけじゃないけど。


「最近いつも皆の手伝いしてるけど、何かあるの?」

「うん。ちゃんと準備しようと思って」

「準備って、村を出る?」

「そう」


 ずっと「いつか」って考えてたけど、もらったお小遣いが引き出しの中に隠した瓶の中に貯まって行く度に「いつか」の背中が見えてくる感じがする。

 突然投げかけられた質問に正直に答えれば、ピーターは前を向いたままちょっと黙ってまた口を開いた。


「本気だったんだ」

「まだ何にも決まってないけどね」


 ずっと村を出て王都に行きたいって言っていた。ピーターは笑いはしたけどバカにはしなかった。

 他の皆はそういう時期があるよねって言って、夢見てないでちゃんとお手伝いしなって持ってる荷物を渡してくるばっかりだったし、否定しないでいてくれたのが私はすごく嬉しかったの。

 だから。


「全部自分で決めて、頑張るよ」


 やっと振り返ってくれたピーターに笑いかける。


「ピーターも一緒に来る?」


 以前聞いた時にはなんて言われたんだっけ?

 村の外に行くなんて考えたことなかったみたいな感じだったと思う。


「行けないよ、俺は牧場主の息子だからね」

「どうして?」

「どうしてって……父さんも母さんもいる。羊たちだって置いて自分だけ王都には行けない」


 ピーターはあの時と同じように笑う。

 ピーターにはピーターの理由があるし、多分そう言う風な生き方を求められている。ピーターも、私も。


「それはピーターが自分で決めたこと?」

「俺がどうとかじゃなくて、そういうものなんだよ」

「そういうものなんだ」

「いつかエリセにもわかるよ」


 わかりたくないなって思った。

 口には出さないけど。


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