37.騎士の推考
ライナー視点
王都から馬で五日ほどかかる道のりの村に住む老齢の聖女殿に精霊の様子を伺いに行く。
この任に付いた時は自分はこれ以上出世は出来ないし、なんてやりがいの無い仕事だろうと肩を落としたものだ。
事実月の三分の一を移動に充て、前任の報告書曰くほぼ内容の無い報告を受けるだけなのだから、いっそ旅行気分で熟してやろうかとやさぐれ半分だった。それが実際はどうだ。
妙な魔物に幽霊騒ぎ、挙句に精霊の本性と随分と盛り沢山ではないか。
よほど前任はこの任務にやる気がなかったか、俺が何かを良くない物を引き寄せているかだな。……精霊に加護を押し付けられたし後者の気がしてきた。いや、最初に村に向かう道中で魔物に遭遇した時にまだ精霊に会っていなかったし偶然と思いたい。
それにしても、本当にこの数ヶ月で随分と色々起こったものだ。
記憶に新しいのは精霊の本性というか、本質と言うかを目の当たりにした森での出来事。あまり思い出したくもない記憶だが、報告書をまとめる上ではそうも言っていられず、果たしてどこまで報告するべきなのかと散々頭を悩ませられた。
正直あの森では俺の理解を超えることが起きていた。
なんなんだよ、産み直しって。あのヤギの頭の魔物も元は人間だっていうのか? 人が魔物になるなんて本当にあり得るのか?
いくら考えても答えは出ないし、俺よりも魔物に詳しい聖女が何も語らない以上あの村で答えを得ることはないのだろう。
森であった「王の娘」と呼ばれた女曰く、森の付近で行方不明になった者は皆一様に精霊に気に入られ産み直されているのだと。
産み直し、か。言葉通りに受け取るのなら、精霊の足元であのヤギ頭の魔物がまとっていた赤黒い粘液状の物は胎盤なのか。ああくそ、人体の神秘とでも言っておけばいいのか? 全く持って笑えないし理解したくはないんだがな。
今回村に向かう道中、街道脇に止められた荷馬車を移動させる近隣の町の青年団を見た。
村についてすぐに聖女から魔物の話をされたため確認が遅れたが、後になって聞けばアスター殿たちが通った時にはすでにその馬車は街道に無人の状態で止めてあったらしい。
既に人に荒らされたのか金品などは残っていなかったが、それでも争ったような形跡はない。町の青年たちも気味悪がって口々に「迷いの森に連れていかれたんだ」と言っていたくらいだ。
精霊は気に入られ産み直す。ヤギの頭部を持つ人型の魔物は、恐らく……。
人が、精霊によって魔物に作り変えられるのなら、産み直す相手が人間ではなく、魔物だったら?
頭に浮かぶのは一番最初にあの森に踏み入った時のこと。
あの時の狼型の魔物はどうなった?
致命傷を与え、森に逃げ込んだ。その後、エリセに案内されつつ出会った魔物は狼の特徴を残しながら人型をしていた。
森に狼の魔物の死体は無かった。もちろん「王の娘」が自分の犬の様な何かに食われていたのかもしれない。でもそうでないなら。精霊によって人と、魔物を混ぜて作り直しているのなら。
教会の信仰にヒビが。いや、下手をすれば国の、人の暮らしを揺るがしかねない。俺自身精霊に会うまでは漠然と精霊は崇める対象のものだと思っていたのに。
眩暈がしそうだ。
書類に筆を落とした俺の手は震えてはいなかっただろうか。産み直すことで人は魔物になるというのなら、人型の魔物に会うのはもう真っ平ごめんだな。俺の手には負えない。
もうこの世にいない勇者なら何かしらの手を考えたのかもしれないが、生憎自分は食うに困って門戸を叩いただけの一介の士に過ぎないんだ。部下の命に対する責任は取るべきだが、世界の命運なんてもの抱えられるわけがない。
さっさと上に報告してしまって自分の手から放してしまうべきだ。
こんなこと国か、それこそ勇者と呼ばれるような責任感のある奴に任せた方がきっと上手くいくに決まっている。問題を解決するのは俺じゃない。俺の仕事は聖女から受けた報告を国に届けることだ。
……だが、この件には間違いなく聖女ソフィリアが絡んでいる。
彼女は何かしらを知っていて、それを国には報告していない。
精霊による産み直しについて、聖女はどこまで知っていたのだろうか。あの「王の娘」と呼ばれた女の言っていたことはどこまで本当なのだろうか。
この一件を報告したら、聖女の庇護下にいるエリセとキリルはどうなるのだろうか。
散々悩んで結局、精霊の動向をそのまま、しかし聖女の関与は不明と報告した。
あの二人はまだ子供だ。キリルはつい先月あの教会に保護されたばかりだし、エリセに至っては意図的に何も知らされていない節がある。
聖女がどの程度精霊の本性を知っているのかは知らないが、せめて二人が傷つくことのないように祈るだけだ。
「……以上が、今回の報告になります」
「よくやってくれた」
神妙な顔で俺の話を聞いていた上司の反応は、相変わらずつい数か月前とは違い一挙一動を褒めそやされて居心地が悪い。
確かにあの森周辺の行方不明者の実態を知りたがっていた上司にとってはかなり自体が進展する情報であったのだろうが、内容が内容なだけになんとも言い難い気分だ。
「ご苦労。君も疲れただろう、暫くの間休んでまた職務に励んでくれ」
「あの、」
「何かね」
「今後、精霊に対する国の方針を伺いたく」
ふむ、と太い指を顎に当て考えるそぶりをするする上司に固唾を飲む。以前であれば言われたとおりにしていろと面倒そうに一蹴されただろうが、一考してくれるようになった辺りかなり関係は改善されていると思う。
ただそのきっかけが俺自身がどうこうしたのではなく、恐らく件の精霊にかけられた加護だということが問題なだけで。
「私の一存では答えられん。追って伝える故、それまで待機せよ」
「……わかりました」
まぁ、そうなるか。
今まで国を挙げて崇め奉っていた存在が、実は人を食い物にしていてあまつさえそれは倫理や尊厳に反するものだったのだから。
俺だってさっさと責任を上に押し付けようとしているんだ、上司の一存でどうこう出来る問題でもないか。
一応形だけの礼をして上司の執務室を出る。
扉が完全に閉まったのを確認してから肺の空気が全部出て行くようなため息を吐いた。
報告は終わった。なんの解決もしていないとは言え、ようやく迎えられたまとまった休みに肩の荷が下りたような、腹の中に何か澱が残ったようなだる重い気分になる。
今後、どうなることやら。正直これなら普通に閑職に回される方がずっと気分は楽だった。いや、一応今までは閑職だったはずなんだがな。
踏み込み過ぎてしまったという後悔しかない。本当にどうしてこうなってしまったんだか。
エリセは、よく森に一人で入ると言っていたが何か知っているんだろうか。……知らないんだろうな。
精霊も見えず、自分にかけられている加護も知らず。本当にただのどこにでもいる都会に憧れているだけのお嬢さんだ。
何もない田舎だったからこその純粋さは守られてきたが、今はもうあの村は何もない平和な場所とは言い切れない。
キリルだってそうだ。あの子はエリセよりは警戒心もあるが、年相応に好奇心や正義感といったものを抱えている。先走って一人で精霊の元に行かなければいいのだが。
そもそもあの「王の娘」と呼ばれた女の話しもどこまで信じていいのかわからない。状況が状況だったから信じざるを得なかったが、普段ならあんな突拍子の無い話を信じるわけがない。
敵意は無かった。だが、あの女が何者なのかもわからない以上、全面的に信用することも出来ず。かといって聖女ソフィリアが語らずエリセも何も知らないのなら、あの女以外に情報を得る手段もなく。
二度目のため息を吐き出して変わり映えの無い騎士団の詰め所を歩く。
官舎に戻ろう。疲れた頭で考えても碌な応えも出ない。飯でも食って寝てから考えるか。




