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35.空は広く、高く


 悲しいことがあっても、良いことがあっても、別に何もなくても変わらず夜が更けて朝が来る。何ならお腹だって空く。

 キカと話をして、お掃除しながら考えて、お婆ちゃんに決意表明? をして。昨日は色々盛り沢山だったけどそれでもまだまだどうしたらいいのかは考え中。ただすごく気持ちはすっきりしているので問題はないのです。

 朝のお勤めも眠いながらにいつもよりテンション高めに神様精霊様に挨拶しておいたし、朝ご飯も人数が多くてもいっぱい作った!


 そうそう、今朝もライナー様が井戸水を汲むのを手伝ってくれた。結構重労働のはずなのに汗一つ掻かないんだから、すごいなって。

 有難いし助かってはいるけど、本音を言うと申し訳ないので休んでいてほしい。月に一度来てくれる騎士様たちをもてなしするのが私の仕事なんだから。


 お仕事といえば。毎月何にもない田舎の村にまで来て、お婆ちゃんとのお話のついでに私にまで構ってくれるの優しいな。やっぱりいい人だな、かっこいいし。

 るんるん気分で片付けをする。いつも朝ご飯の片付けはお婆ちゃんがやってくれるんだけど、今日はアスターおじ様と話があるとかで私の担当。

 この後どうしようかな。講堂の水拭きは昨日散々やったし。どういうわけか昨日に引き続きやる気に満ち溢れている。


 とはいえ午前中はそんなに大がかりなのは出来ないかな。ライナー様たちもキカとアスターおじ様も帰るし、お見送りもしたい。

 お昼に食べてもらう用のサンドウィッチもすっかり出来上がって食卓の上で袋に包まれている。後はキカたちに渡すだけだ。


 キカとは、多分もう会えない。

 でもそれは私がこの村にいる限りの話で、村を出て王都に行けばあるいは? もちろんそんなに簡単な話じゃないけど。

 優しくしてもらったし、とても大事なことを教えて貰った。ずっとそばにいてくれたお婆ちゃんじゃなくて、ほんの数日一緒に過ごしたお姉さんの話を信じるのかって言われると答えに困るんだけど。

 キカはそういうのも含めて、自分が何を信じるか決めていいって言ってくれた。キカのその言葉が素敵なものだと思ったから私は信じようと思った。その言葉を信じて、自分で考えて決めてみようって。


 確かにお婆ちゃんは私なんかよりもずっと長く生きて来て、聖女として神様に仕えていて、精霊様ともお話し出来て、実はすっごく偉い人なわけで。

 多分きっと、お婆ちゃんの言うことの方が説得力もあって、他の誰が見てもずっと正しいのかもしれないけれど。

 でも、私は私のやりたいことや信じたいものを選んでいいのでしょう?


 キッチン周りを片付け終わった頃、控えめに扉が開いてキリルが顔を覗かせた。

 ああ、もうそんな時間か。


「皆そろそろ帰るって」

「わかった。お見送りに行こっか」


 向かう先も同じだし一緒に帰るんだって。

 確かにその方がキカたちも安全だし、アスターおじ様の荷馬車ならライナー様たちの荷物も一緒に運べるしで一石二鳥らしい。助け合いってやつね。

 食卓の上に置いてあるサンドウィッチの袋を抱えてキリルと二人で表に出れば、すでに私たち以外皆いた。


 アスターおじ様と騎士様たちは馬の準備をしているしライナー様はお婆ちゃんと話している。

 ふとこちらに気が付いたキカが駆け寄って来て抱きしめられた。可愛いし綺麗だけど、最後まで熱烈だなぁ。


「手紙、絶対約束よ?」

「うん。約束」


 顔を上げればちょっと苦しそうな笑顔を作ったキカがいる。潰れそうになるサンドウィッチを片手で抱え直して残った腕をキカの背中に回す。

 服をぎゅっと握ってから、ふわふわのワンピースにシワを作ってしまったのに気が付きに申し訳なくなった。強く握りすぎちゃったかな。

 色々と話したいことが頭の中に浮かんでくるけど、結局口から出てきたのはすごくシンプルな言葉だった。


「ずっとキカの幸せを願ってる」

「ありがとう。私もあなたが選ぶ未来が幸せであることを願っているわ」


 言葉にすると、もう簡単には会えないんだとやっと実感した。

 キカはこれから家を継いで、ほとんど会ったこともないような人と結婚して、自由に自分でどこかに行くことも出来なくなって。でもそれはキカ自身が守りたいもののために選んだ結果で。


「元気でね、エリセ」

「キカも」


 抱き合ったままこんな話をするのはちょっと恥ずかしい。

 キカは何をもって幸せとするかは自分で決められるって言っていた。それでも。

 誰が見ても、自分でも幸せだってキカが胸を張って言えるようになれたら。幸せに、なってほしいなぁ。


 ゆっくりと離れると、少し潰れてしまった紙袋を見たキカが申し訳なさそうに笑う。

 お昼に皆と食べてって言って渡せばお礼と共に受け取ってくれた。


 視界の端でキリルとライナーが何かを話している。すっかり仲良しさんだなぁ。

 そのままじっと二人を見ていたら視線を感じたのかライナー様と目が合った。挨拶したかったからちょうどいいや。


「手紙の約束をしたのか?」

「そうなんです」

「前にも言ったが、俺の方にも何かあったら送ってくれていいから」


 私とキカの話が聞こえていたのか、ライナー様がにこりと笑う。お手紙欲しかったのかな。

 前はわざわざ時間をとってもらうのが申し訳なくて書くのをやめてしまった。後、どうしても村に来る人がライナー様とアスターおじ様だけで、アスターおじ様に渡しても入れ違いになりそうだし。

 だったらお手紙は書かずに会った時に直接お話する方が手間も、行き違いもなくていいと思ったんだけど、どうやらそう言うことじゃないみたい。

 ……キカに送る時に、ライナー様宛にも書いてみようかな。


「今回も世話になったな」

「いえ、ライナー様たちにはよくして頂いてますから」


 手紙のことは後で考えるとして、本当にライナー様たちにはよくしてもらっている。

 牧場を襲った魔物を始め、キリルを保護した時もそうだし。何より村に来る度にご飯の準備だとか井戸の水汲みだとか細々した手伝いを買って出てくれる。ライナー様がそうだから他の騎士様たちも何かあれば声をかけて手を貸してくれるし本当にありがたい。

 キリルにも良くしてくれているし、よく懐いてるみたい。やっぱりキリルも男の子同士の方が話しやすいのかな。


「そろそろ、行こうか」


 アスターおじ様が皆に声をかけた。

 あんまり引き留めると王都に付くのが遅くなっちゃうもんね。キカが荷馬車に乗って、騎士様たちも馬を引いて歩き出す。村の入り口に付くまでは馬を引いて歩いていくみたいだ。

 教会は、村の中でも小高い丘の上に立っていて村の入り口にまで真っ直ぐに続く道を見下ろせる。

 最後に一度振り返ってくれた騎士様たちに手を振って見送れば、ゆっくりとした足取りで緩い下り坂を皆が降りていく。


「行っちゃったね」

「うん」


 どんどん遠くなっていく背中を見送りながら隣にいたキリルに声をかければ、短い返事が返ってきた。

 いつか、私もこの道を下って外へ行く日が来るんだろうか。そんな日が来るのを望んではいるけど、どういう選択をするかはまだまだ未定。


「後で村長の所に行ってくるよ」

「はーい」


 そう言って先に教会の中に戻って行ったお婆ちゃんを見送って一息。

 お婆ちゃんは、私と一緒に村の外には来てくれないんだろうな。そうなると置いていくことへの申し訳なさとか、最悪わかってもらえず飛び出して行くことになるかもしれないという不安とかがある。キリルにも、負担をかけるかもしれないな。


「今日は何するの?」

「今日は……お洗濯かな。天気もいいし」

「ふーん。手伝う」


 興味がないみたいな返事をするのに手伝いを申し出てくれるいい子ちゃんめ。晩御飯は君の好きなチーズ入りのオムレツにしてやる。

 とりあえず皆が使ってたシーツを洗濯しよう。天気もいいし、絶好の洗濯日和だ。


 今回はキカがいて、アスターおじ様も長めに村に滞在して、ライナー様たちが来るのも重なって。なんだかバタバタしていたけど、これからは日常に帰って行く。

 空が青い。背後には教会があって、村の半分を覆い被さろうとしてるみたいに精霊様の森が広がっている。

 見慣れた景色だ。


 なのに、なんだか今日は。

 空が、広い。


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