33.隠しごと
キリル視点
ふと窓から見下ろした先で、ライナーさんたちが森へ入っていくのを見た時、気が付いたら走り出してた。
森には精霊がいる。きっと精霊に会いに行くんだと思った。
ライナーさんは有無を言わさず憑けられたって言っていた。多分、エリセとライナーさんにあのなんとなく嫌な感じがする気持ち悪い物を付けたのは精霊だと思う。
一ヶ月。この教会で過ごしてみて聖女はエリセに憑いている何かを本人に伝えることもなく、祓いもしなかった。
あの人は世界の為に祈るような、優しい人じゃないのかもしれない。聖女は、人が勝手にそう呼んでいるだけと言っていた。
それでもエリセは聖女に懐いている。
お母さんが言っていたような聖女の在り方を、エリセも信じているのかもしれない。
でも僕は知っている。聖女がそれだけじゃないことを。ほんの少しの優越感と不安が僕の足を動かした。
精霊は本当に人間の味方なのか。森に何かが入り込んでいても精霊は教えてくれないんじゃないのか、なんて疑問がどんどん湧いてくる。
精霊に対しての疑問が増えるにつれて、毎朝精霊と会っているのに何も教えてくれない聖女に対してもなんでどうしてって気持ちが湧いて来た。
教会の裏口を出て森の中へ踏み込む。
すっかりライナーさんたちの姿は見えなくなっていたけど、代わりに木の枝にロープが結び付けられているのを見つけた。エリセがやったとは思えない。ライナーさんたちが目印代わりに付けたのかな。
僕が森に隠れていた時も人里の見える範囲にしかいなかったし、このロープのおかげで迷わずに済みそう。 そういえばエリセが教えてくれたけど、森の奥には精霊住む泉があるらしい。ライナーさんたちはそこを目指しているんだろうか。
ライナーさんたちが森に入ったのってやっぱり、エリセたちが見たって言う魔物のこと? フランシスカさんが魔物にしては少し変だったって言っていたし何なんだろう。
精霊がかかわっているのなら、エリセたちに憑いているのと似たようなものだったとか?
エリセは悪い奴ではない。ちょっと変な物を憑り付けられてはいるけど。
ライナーさんだってそうだ。
だから付いて来たことに対してちょっとくらい怒られても酷いことはされないと思ってた。だからまさか剣を向けられるとは思いもしなかった。
ロープの目印を辿って早足で進んでいけば背中が見えた。それまでは良かった。
うっかり茂みを揺らせた瞬間騎士たちが全員こちらに向けて剣を抜いた。正直怖かった。騎士の一人がゆっくりこちらへ剣を向けたまま近付いて来るのが見えて、恐る恐る立ち上がる。
「キリル?」
「ごめんなさい」
何か言われる前に謝れば各々が驚きながらも剣を下げてくれる。
怒っているのではなく魔物を警戒していただけらしい。それでもあの迫力は皆やっぱり騎士なんだなって改めて思った。
「どうしてついて来たんだ?」
「森に入っていくのが見えて」
「聖女に森に入らない様に言いつけられなかったか?」
呆れたように言うライナーさんに正直に答える。
「精霊に、会いに行くんでしょう? 精霊が、本当にいいものなのか気になって」
確かに聖女にはしばらく森に入るなって言われたけど、どうしても気になったから。
そういうとライナーさんは暫く悩んだ後、ため息を吐いた。
「できるだけ俺たちの中心にいて、離れるなよ」
「いいの?」
意外、帰らされると思ってたのに。帰らせても付いて来るって思われただけかも。
付いてきてもいいって言われたのなら後は大人しくしていよう。ライナーさんを先頭にして前と後ろを囲まれた状態で森を進んでいく。
歩いても歩いても、変わらない景色。正確には変わっているのかもしれないけど、木ばっかりで見分けがつかない。そんな中に突然知らない女が現れてきた。
「やぁ、こんにちは」
なんて言いながらへらりと笑った女は、以前僕が森で見た黒い女とは微妙に違う。
確かに黒い髪はしている。でも頭に何か生えてるし、何なら全体的にガサガサしてる。
どうなっているのかはわからない。時々消えて現れてを繰り返していて、本当にそこにいるのかどうか怪しい。
そんな見るからに怪しい女が「あの女に会いに来たんだろう?」なんて言って森の奥へ誘うように言っている。
あの女というのは以前僕が森で見た黒い女、多分精霊のことだと思うけど、こんな怪しい奴について行っていいの?
「何? あんた」
「私のことは気にしなくていいよ」
女が笑う。あ、また一瞬消えた。
「一応確認だが、あの女に会ってどうする?」
「この森に出たヤギの頭部を持つ魔物について問う」
「ヤギ、ねぇ」
森に入った時はヤギの頭をした魔物も気になってはいたけど、今は目の前の女の方が「異様」というやつだ。
付いて来いと言って歩き出した女は相変わらず時々体の輪郭が急にブレて、また元に戻ってを繰り返している。
ライナーさんも皆普通にしているし、ああいう風に見えているのは僕だけ? そんなことを考えている間に精霊の泉に付いたらしく、前を歩いていたライナーさんの足が止まった。
「ついたよ」
女の声を聞いて前を歩いていたライナーさんの隣に移動する。覗き込むように背伸びすれば以前見たある黒い女がいた。
あれが精霊。
以前は遠目で見ただけで黒くて気味の悪いのがいるとしか思わなかった。まぁ改めてみてもなんだかよくわからない存在だけど。
「っ、あれは」
精霊が動きだしたからよく見ようともう一歩前に進もうとした時、隣でライナーさんが呻いた。
それからすぐに体が引っ張られ何かに思いっきり額をぶつける。痛い。
「見るな!」
視界一杯の灰色に何が起きたかのか理解できないでいる。
頭の上で聞こえたライナーさんの声は切羽詰まっていて、何かが起きているのだけは確実だ。
「なんだ、あれは」
「見ての通りだよ。そのままその子の耳も塞いでおくと良い」
この視界一面の灰色はライナーさんの甲冑か。
ライナーさんと女の会話を聞いて、やっと自分が抱えられたことを理解する。でもなんでこうなっているのかはわからないままなんだが。
「やあ、黒き森。満足したかい?」
『あら。ふふふ』
ややあって女の声と笑い声がするがした。笑っているのは多分精霊だ。
塞がれていて聞こえ辛いが微かに聞こえる声に耳を澄ます。
「それは、必要?」
『欲しいのならあげるわ、王の娘』
「では貰っておこう」
女と精霊が話すをしている。
『それ』とは何なのか。僕らと精霊以外にも何かがあるのだろうか。身動ぎしようとしてもがっちりと抱え込まれていて、状況が全くわからない。
黒き森とか、王の娘とか。一体何の話をしているのか。後、突然聞こえ出したぶちぶち何かを引きちぎっているような音とか、ぐちゃぐちゃいっているのは何?
「何を、しているんだお前は」
「何って、処分だよ」
「なんなんだ。お前も、アレも」
「産み直された者だよ」
絞り出すようなライナーさんの声がする。
笑うような、吐き捨てるような女の声が妙に耳に残った。
「精霊は気に入ったものを産み直しているんだよ」
意味がわからない。
『ウミナオシ』って何? 作り直すってこと?
一体何を、何に?
「この森で迷った者は、どこへ行ったと思う?」
「待て、やめてくれ……」
「全部アレに産み直されたんだ」
「なんの、為に?」
「どうせ自分の享楽のためにだろう」
森に入った人は、精霊に作り替えられる?
理解できない。何を言っているのかはわかる。でもなんでそんな話をしていて、それになんの意味があるのかもわからないし、なんだかわかりたくもない気がする。
考えている間にも女はとうとうと話を進めていく。
「人間が思うようなものではないんだよ、アレは」
やっぱりそうなんだ。視界を塞がれている向こうで何が起こっているのかはわからないけど、僕の考えていたことは概ね当たりらしい。
何も見えないまま話が進み、そのまましばらく無言が続いてしてようやく離してもらえる。
いつの間にか精霊もあの女もいなくなっていて、すっかり話は終わったらしい。途中から声しか聴いてないけど、あの女本当に突然ブツって消えたんじゃないかって気がしてきた。
「悪かったな、痛かっただろう?」
「大丈夫」
「……聞こえてたか?」
真剣な顔でライナーさんが言った。
その表情はちょっと怖いくらいで、僕は黙って頷く。他の人がどうかはわからない。でも僕自身はライナーさんとあの女の会話も、あの女と精霊の話も聞こえていた。
ちらりと見上げたライナーさんは難しい顔をした後息を吐いた。
「戻ろうか」
そう言ったライナーさんに促されて、来た道を引き返す。
精霊がいた泉の方を振り返る勇気はなかった。
「あの、もしかして……僕も、何か別のものに作り替えられる可能性があった?」
短い期間とは言え森の中で過ごしていた僕も、うっかり精霊に遭遇して気に入られたらその『ウミナオシ』をされる可能性があった。
今更気が付いてうすら寒いものが背中を走る。耳に残った女の声は、笑っているような、泣いているような、よくわからない声だった。
ライナーさんは険しい顔をしたまま、僕の問いには答えない。その代わり真っ直ぐ僕を見て言った。
「このことは秘密にしておいてくれ」
秘密って、聖女にもエリセにも?
そう聞きたかったけど、話は終わりとばかりに背中に手を当ててせかされる。
……多分、ライナーさんも僕と同じだ。精霊も、聖女も信用してない。疑問に思っていたのが大きな疑いになった、みたいな感じ。
「断っておいてよかった」
大人しく目印のロープを辿って歩き出した時、小さな声でライナーさんが呟いたのを、多分僕だけが聞いていた。




