31.贈り物一つ
さて、今日はこの後何をしよう。
夕飯の準備まではまだ時間があるし、洗濯を取り込むのにもちょっと早いような気がする。かと言って村に付いたばかりで休んでいる騎士様たちの邪魔をするのも憚られるし、アスターおじ様やキリルたちも部屋に戻ってしまった。
さっきまでお婆ちゃんとお話をしていたライナー様は、難しいお顔で何か考えているようだったから、本当はもう少しお話したかったけどお部屋へ案内してゆっくりしてもらうことにしたわけで。
お婆ちゃんとライナー様が話していたことって、多分あのヤギ頭の話しだよね。そんなに難しい魔物なのかな。
私はそういうのは全然わかんない。でもキカも変だったって言ってたし、お婆ちゃんにもしばらくは森に入らない様にって言われた。
まあ確かに? 前に狼の魔物が出た時もライナー様たちと一緒に森に入るって言って止められたし、それは何もおかしくはない。
あの時は魔物をやっつけた後は森に入るのを止められたりはしなかったんだよね。
なのに今回は、キカが魔物を倒してくれたはずなのに、森に入っちゃダメと言われている。立て続けに魔物が出たからなのかもしれないけど、精霊様の森に入らないのってなんか変な感じ。
私にとって精霊様の森はすごく身近な物で、小さい頃から何度も一人で遊びに行っていた。
最初はこっそりお婆ちゃんに内緒で冒険しに行ったのが始まりで、その後すぐ美味しい木の実を見つけてポケットに摘めるだけ摘んで持って帰った結果お婆ちゃんに森に入っているのがばれた。
いや、あれは自分で話したようなものだったわ。
だってあの木の実は美味しかったし、お婆ちゃんにも食べさせてあげたかったんだもの。
森の中で何をしているのか聞かれたり、どんなものを見たかも話したりして、一応勝手に森に行ったことは怒られて、でも入っちゃダメとは言われなくて。
そうこうしているうちに森の中でヴァイオレットに会って話すようにもなって、更に森に入り浸るようにもなった。それくらい身近で、野生の動物が暴れたりしなければ安全な遊び場だったのよ。
村の皆は私が森に入るのは、私がお婆ちゃんの後を継いで聖女として精霊様へのお勤めをするためだって思っているけど、全然そんなのじゃなくて。
精霊様は見えないし、ライナー様が目の前で見えない何かと話しているのを見るまで精霊様の存在をちょっと疑ってたくらいだし。
何なら、今もちょっと精霊様がよくわかんないまま。
だから、本当はキリルの言いたいこともわかる。
キリルは精霊様は本当に人間の味方なのかと言った。
精霊様が私たちの味方なら、私はともかく毎日ちゃんとお祈りもしてご挨拶にも行っているお婆ちゃんが救われないのはおかしい。と、思う。
お婆ちゃんは村の皆の相談役で、優しいだけじゃないし私にとっては普通のお婆ちゃんだと思うけど、世間的には立派な聖女様ってやつだし。
お婆ちゃんの住む村の牧場が魔物に襲われたり、それでお婆ちゃんが本気じゃなくとも色々言われるのはちょっともやもやする。
他の人よりもちゃんとやってるじゃん。でもそれを言った所でどうしようもないし、お婆ちゃん自身が何も言わないから私が文句を言える立場じゃない。
お婆ちゃん自身は、精霊様も神様も見守ってくれている存在だって言っていたけど、毎日お祈りもしているんだし、大事にしている分ちょっとくらいお返しみたいなのがあってもいいんじゃない?
こういうところが不信心で、私が精霊様を見えない理由なのかも。なんて最近は思ったりして。
もしそうなら……。いやいやいや。スーパーパーフェクトウルトラエリセちゃんはこんなところで諦めませんし? 精霊様や神様が不思議な力をくれないなら自力ですっごくなってやりますし?
野望を新たにしたところで伸びをする。体が伸びれば気分も切り替わるし、新しくいい考えも浮かんでくる。
でも実際にキリルの言う通り、精霊様は森に何かが入り込んでいても、お婆ちゃんには教えてないんじゃないかって言うのも本当な気がしたりしなかったり。
キリルの時は最初にお婆ちゃんが森で指輪を見つけた。でもその時精霊様はお婆ちゃんにキリルが森に隠れているのを言わなかったんだと思う。
それに何よりヴァイオレットなんて、もう何年もあの森に隠れ住んでいるのにお婆ちゃんは何にも言わないから知らないんじゃないかな。
まぁ私もお婆ちゃんに話してないし、精霊様のこと言えないよね。
ヴァイオレットに自分が精霊様の森で勝手に住んでいるのを秘密にしてとは言われていない。ただ隠れ住んでいるんだと言われたから、そういうものなのかと思って言っていない。
因みに精霊様の公認なのかは不明。私は精霊様が見えないし、精霊様公認だって言われても本当かどうかもわからないし。
なんとなく洗濯籠をもって外に出て来ては見たものの、おおよそ乾いてはいるだろうけど取り込むにはまだ早いよなぁ。
目の前には風に揺れる洗濯物がひらひらと揺れている。
数時間前、この洗濯物たちがまだ湿気っていた時にその陰から姿を見せたり消えたりした犬耳女は今はいない。
ヴァイオレットは自分が秘密を隠し持っていたらと言っていたけど、あれはなんと答えるのが正解だったのか。何を、言いたかったのか。
話しはするし長い付き合いにもなるけど、ヴァイオレットのことはほとんど知らない。そんな状態で隠しごとと言われても、今更というやつだ。
何をするでもなく隣に洗濯籠を置いて座り込む。
風は強いが天気はいい。風に吹かれながらぼんやりとしていたら、不意に影が差した。
「考えごと?」
「そんなところです」
キカだ。
私の隣に立って、私と同じように洗濯物が揺れるのを見ている。
考えごと、と言っていいのかな。精霊様を信じていいのかとか、キリルの疑問は正しいのかとか。わからないことだらけだ。
「私、帰ったら結婚しますの」
ぐるぐるしている私の頭の中に突然結婚という言葉が入って来て驚いた。慌ててキカの方を見ても澄ました顔で洗濯物を眺めているばかりで理解が追い付かない。
え? 結婚? 誰と?
「相手は何度か挨拶しただけの子爵の次男ですわ」
だからこの村に来たのは最後の自由なのだと言ってキカが私を見た。
「可哀そうだと思う?」
なんと答えればいいのかわからない。わからないことを増やされて困っている。
私に手紙を送ってほしいと言っていたのはそのため? 何度か会っただけの人と結婚して、自由にできる時間が無くなっちゃうから、最後に村にゆっくりしに来たの?
確かにそう聞くと、なんだか不幸な気もするけど。でも目の前にいるキカはなんだか可哀そうとかそういうのとは正反対な目をしていて。
「キカは、その人と結婚して幸せになれる?」
そう聞いたら、キカは困ったように笑った。
「どうかしら? でも、幸せって自分で決めるものだと思いますわ」
「自分で、決める」
「そう。何をもってして幸せであるかは自分で決められる。きっと、何が正しくて、何を信じるかも同じこと」
同じ、なのだろうか。そうなのか、そうなのかもしれない。
何が正しくて、何を信じるのかも自分で決めていいんだ。
「先ほどはああ言いましたけど、神や精霊を信じるかはエリセ自身が決めていいの」
先ほど、というのはキリルを諫めた時のことだろうか。神様も精霊様も寄り添ってくださっているっていう。
お婆ちゃんもキカと同じことを言っていた。お婆ちゃんはそういう風に神様も精霊様も信じているのかもしれない。
じゃあ、私は。
「私は、お父様とお母様の愛したコールラウシュの家を守っていきたい。だから私が婿を取って自分が家を継ぐと、自分で決めたの」
言い聞かせているのとはまた違う、何かのおまじないを唱えるみたいに言うキカに不思議な気持ちになる。
守りたいもの、は、私にはない。やりたいことなら、あるいは?
「なら上手くやらないと。村娘であったお婆様が貴族に輿入れしたようにね」
悪戯っぽく笑ってキカが言う。
本当に綺麗な人だな。キラキラしてて可愛くて、それでいてかっこいい。
「上手くやるのがいいの?」
「人によるわ。私のお婆様の様に玉の輿に乗ってもいい。他にも理由はあったのでしょうけど、聖女ソフィリアの様に勇者ギルバートや教会に操を立ててもいい」
ずっと、私はお婆ちゃんに引き取ってもらったんだから教会の教えの通りにしないとって思ってた。それってどうなのって思っても、お婆ちゃんや偉い人の決めたのだからきっと正しいんだって。
でも私よりも偉いキカは自分のやりたいことの為に、あえて選ぶのだと言った。
正しいと思うことも、信じるものも自分で決めていいのだと。
「たくさん悩んであなただけの答えを見つけなさい、エリセ」
キカはずっと笑っている。
優しく笑って、私の手を握った。
「他の誰が反対しても、私はその選択を応援するわ」
何を選んでもいい。誰かに反対されてもいい。
上手くやっても、そうじゃなくてもいい。
なら私の、やりたいこと。私の、信じたいことは……。




