30.騎士と聖女
ライナー視点
「こちらへどうぞ」
村について早々に招かれた応接間は古い建物なこともあってか、傷んでいるところはあるが清潔さは保っている。この部屋もエリセがせっせと掃除したのかと思うと少し和んだ。
最も、俺をこの応接室に招いた聖女ソフィリアは難しい顔をしていて、そんなことを口に出す雰囲気でもないのだが。
先ほど自分たちを迎えてくれたエリセに変わった様子は見当たらなかったが、何かあったのだろうか。
少し軋むソファーを勧められて腰掛ければ、聖女ソフィリアが対面に座る。
部屋の中は俺と聖女ソフィリアだけだ。話があると呼び出された時はアスター殿も同席するのかと思ったのだが、彼はエリセたちと共に残ったらしい。
「森に魔物が出ました」
なんの話が始まるのかと思いきや、また魔物か。
少し頻度が高すぎるのではないか?
世界的に見ても魔物の数は減っているはずなのに、ここ数ヵ月で何度もこの村に魔物が来るのは何かしら作為的なものを感じてならない。
「魔物自体はもういないようですが、念のためご注意ください」
「そ、れはどのような魔物で?」
何を考えているのか読めない表情で聖女ソフィリアはこちらを見据えている。
詰まりかけた喉を無理に開いて問いかければ聖女はさも何でもないことのように答えた。
「私自身が確認したわけではないですが、ヤギの頭部を持つ人型の魔物であると」
「……目撃したのはエリセですか?」
「ええ。それと、先ほど表にいたフランシスカも」
そう言われて表で挨拶をしたばかりのご令嬢を思い出す。
コールラウシュと言えば王都に屋敷を構える子爵家の名前だ。確か先代当主が勇者と共に旅をしていた女性と縁を結んだんだったか。その繋がりでフランシスカ孃がこの村に来ているのだろう。現当主の容体が芳しくないと聞くし、世代交代の挨拶回りでもあるのかもしれない。
で、あるならば災難だったな。王都から離れたこの村に来てまで妙な魔物騒ぎに巻き込まれるとは。
目撃したのはエリセとフランシスカ孃。
フランシスカ孃の機転で難を脱したらしく、返ってきた二人に話を聞いて聖女ソフィリアとアスター殿と森に向かった時にはすでに魔物の姿はなかった。
フランシスカ孃は確かに殺したと言っていたが、そこに魔物の死体は無く、血だまりが広がっているだけ。聖女ソフィリアは魔物はもういないと言ったが、本当に? 死体を確認したわけではないのに楽観視してもいいものでもないだろう。
以前痛い目を見たのもあって、最近慎重になりすぎている気もする。同じ失敗を繰り返すよりはずっといいのだろうが。
それにしてもまた人型の魔物か。あの森に入り込んだ魔物は人型になる謂れでもあるのか? 前回のあの狼だって、森に追い込んだ方はいつの間にか姿形を変えていた。
妙な魔物が出たのなら村中がパニックに陥っていてもおかしくはないのに、その様子もないところを見るに、情報を教会の中で止めているのか。
エリセに森に入らない様に言い含めた様だが、だからといって安全が保障されるとは限らないだろう。
「その魔物に心当たりは?」
「いえ、聞く限りの特徴に覚えはありません」
魔王が滅んでからというもの、魔物は年々数を減らしている。
騎士や腕の立つ者たちが徒党を組んで追いやったのもあるだろうが、魔物の生まれてくる数が減っているのも一因だろう。
魔物生態なんて詳しくないが、遭遇率も被害も、魔王の健在時よりも目に見えて減った。近年では年に十数件の報告で済む程度だ。
俺よりも当時を知る聖女ソフィリアの方が魔物には詳しいはずなのだが、知らないとなるとかなり厄介かもしれないな。
新しい種か、はたまた隠遁が得意な種か。
一体森で何が起こっている?
精霊の動きを聖女ソフィリアから報告を受ける、というのがメインな任務であるだけに、精霊の住む森の変化は報告対象なのだが、彼女はなんの問題もない様な澄まし顔をしている。
「精霊はなんと?」
「何も」
思い出すのはあの黒い女。
あれは何なのか。教会の定義上にある精霊の話しなら何度も聞いた。しかしあれは噂に聞く様な上等なものではないだろう。妖艶で、享楽的で、どこか破滅的な。そんな印象を受ける存在だった。
案外、精霊は自分が住んでいる森の中を全て把握しているわけではないのかもしれない。
わかっているのなら、俺が初めてこの村に来た時に森に入り込んだ狼の魔物も、数日森や村周辺に隠れていたらしいキリルのことも、もっと早く発見できただろう。
で、あるなら。精霊は森の全てを把握していないのか、あるいは把握していても精霊自身、または聖女のところで情報を止めているのか。
どちらにしろ何の目的かわからないし、聖女のところで森の情報を止めるメリットも見出せない。
何を知っていて何を知らないのか。国に隠す理由は不信によるものなのか、それとも自分が不利になるためか。わからないことだらけだな。
相変わらず聖女ソフィリアは精霊について多くは語らない。
聖女ソフィリアとこの森にいる精霊は、聖女が勇者と共に旅をしていた時に関わりがあった精霊であると伝え聞く。あれと正常な信頼関係を築けるとは思わないが、聖女はその縁をもってして今日までやってきた。
だがその精霊に懐疑的な人間がいるのもまた事実。俺自身もその一人ではあるが、お国の一部にもそういう人間がいる。だから精霊の住む森の調査なんてふんわりした任務を上司に押し付けられたわけだ。
確かにこれまでも精霊のお告げとやらで救われた事象もあったのだろう。だがそれも近年減って来て、重箱の隅をつつくように森身辺での行方不明者の話がやり玉にあげられているんだろうな。
全く、はた迷惑な話だ。
「森に出た魔物はもういないと言いましたが、何故?」
「魔物が出た場所に残っていた血だまりは明らかに致死量を超えていましたから。それに」
「それに?」
「魔物数体程度でしたら、私だけでも十分対処できます」
そう言われて何も言えなくなった。
確かに老齢とはいえ聖女の持つ力は強力だ。実際に目の当たりにしたのだからそういう反応しかできない。
もう二ヶ月前になるのか。森に二足歩行の狼の魔物が出て、その敵でも討つかのように狼の魔物が群れで村に現れた。
その際に見せた聖女の力の鱗片は凄まじいものだったとしか言いようがない。聖女の祝詞と共に光の柱が降り注ぎ、その後には何も残らなかった。
聖なる力とはこれほどまでなのかと感心させられた。だが。
「エリセはどうなるんです?」
彼女は聖女とは違う。
「彼女はなんの力も持たない」
本人も何の才能もないと言い張るほどに平凡な少女だ。
聖女の様に聖なる力を扱えるわけではないし、俺の様に剣を振るえるわけでもない。何なら精霊を見ることだって出来ない。少しばかり世話焼きで、何に対してもそんなものかと受け入れてしまうくらいには世間知らずで無防備なお嬢さんだ。
そのエリセが何かしらに巻き込まれて傷付くのは、いささか後味が悪い。
「アレのことは心配なさらないでください」
聖女ソフィリアはしばらくこちらを見つめた後目を伏せた。
それきり何も語らなくなった聖女に一礼して応接室を出る。聖女は何がしたいのか、何を目的としているのか。そこにエリセはどう関わっているのか。
エリセは聖女ソフィリアを慕っている。
幼い頃に教会に預けられて以来、ずっとここで暮らして来たと言っていた。強がりなのかどうかはわからないが、両親については気にしていないと。村を出たいとは言っても、聖女について不満は持っていない様に見えた。
しかし聖女はエリセに何かを隠している様にも見える。それは娘の様に育ててきた少女を危険に晒さないための故の親心なのかはわからない。
「ライナー様、お話終わりました?」
「ん、ああ。丁度今終わったよ」
廊下の陰から顔を出した渦中にいるのか除け者にされているのかも怪しい少女に応える。
聖女ソフィリアとの話が終わるまで待っていてくれたのだろう。
「また魔物が出たらしいが、大丈夫だったか?」
「はい、怪我とかは誰もしなかったです」
「それならよかった。どんな魔物だったか聞いても?」
念のためにとエリセからも件の魔物について聞いてみるも、特に聖女と違う話は出てこない。
ヤギ頭の魔物については聖女も偽りなく話していると。その後の魔物の死体の有無についてアスター殿と口裏を合わせている可能性もあるが、それこそ何のメリットもない。
隠している、または偽っているとしたら精霊関係だけということか。
「あ、でもキカが魔物というには少し異様だって言ってました」
自分は何にもわかんなかったんですけど。なんて付け足して笑うエリセがあまり気を落としていないことに安心しつつ、これと言って何もわかっていない現状に内心肩を落とす。
もう少し、調べてみるか。




