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27.そこで咲く花の名は

xxx


 いつだって思い出すのは離れたところにいる彼の姿。

 ギルバートは私の憧れで、初恋の人だった。ギルバートがいたから私はたくさんの世界を知った。いろんな感情を知れた。大切な人だった。多分、愛していたんだと思う。


 だから、ローザも私と同じ感情をギルバートに向けているのはすぐにわかった。

 ローザとギルバートは同じ村で生まれ育った幼馴染で、何をするのも一緒なくらい

仲が良かった。兄妹みたいに気安い関係で、喧嘩もするけどすぐに仲直りしていた。

 羨ましかった。そんな風に私に接してくれる人は今までいなかった。ギルバートが初めてだった。


 でも、ギルバートと一番わかりあっていたのはあの人だった。

 いつの間に近しい関係になったのかはわからない。けれど誰よりもギルバートを理解し、ギルバートもあの人を信頼していた。

 生まれも境遇も何もかも違うのに、あんなにも理解し合えるのかと。二人だけの世界があるみたいでもどかしかった。


 私もそこに行きたかった。隣に立ちたかった。私でも、ローザでもなく。どうしてあの人だったのか。

 ただ妬ましかった。自分の中にそんな感情があるなんて、思いもよらなかった。苦しくて、自分でも止められなくて。自分の中でぐつぐつと煮詰まっていく醜い感情に愕然とした。

 人を愛し、世界を愛し、魔道に落ちたものたちを正しき道へ導くこと。

 それが聖女のあり方。そう望まれていたのに、こんなの正反対だ。


 だからあれは私への罰。

 死に際の魔王の呪いを受けたあの人が目の前で変わっていく。その体が、魂のあり方が変質していく。魔道に、堕ちていく。


 何もできなかった。止めたかった。止めなきゃいけなかった。

 このままでは、生きたまま魔物になってしまう。魔王の眷属になってしまう。魔王が復活するための礎になってしまう。

 あの人を妬んだ私には、救えなかった。醜い感情に囚われたから、きっと神様に見放されたのね。私の中の聖なる力が弱まっているのを感じた。


 そんな私を他所にあの人が笑う。

 笑って、死を選んだ。


 魔物になるくらいなら、魔王の贄になるのならと、死んで、その未来を否定した。

 あの人が自分の命を使って呪いを否定したおかげか、魔王は復活しなかった。世界に平和が戻った。あの人を犠牲にして得た世界は平和で、笑顔に溢れていて、こんなにも息苦しい。

 何度もあの人の名を呼び、嘆くギルバートを宥めすかして王都へ帰ったのはもう五十年近く前。あれから何度も夢に見て、何度も後悔して、何度も懺悔した。


 あの旅を終えて、なんとなく共に旅を皆と疎遠になってしまった。どこにいて、何をしているかはなんとなく知っているけど、ただそれだけ。

 心に残るのはあの人の最期の笑顔。何を想って笑っていたのか。何を願って自死を選んだのか。あの人はあの時なんと言っていたのか。


 どうしても思い出せない。とても大切なことなのに。

 あの人は、ヴァイオレットはなんと……。





エリセ視点


 本日は晴天なり。洗濯物もよく乾き、気持ちのいい日になるでしょう。ただ風が強く、洗濯ものが飛ばされない様に注意する必要があります。

 はい。干し終わりましたーっと。目の前でひらひら風に揺れるタオル類を眺め一息。うん。頑張った。

 やっぱりお客さんがいると洗濯物が増えるなぁ。その分、ずらって洗濯物が並んでいるのを見るのは壮観で気持ちがいいけど。とにかくキカとキリルが仲良くなってくれているうちにミッションクリアした私は偉い。誰か褒めて。


「やぁ、精が出るね」


 お前はお呼びじゃない。

 誰かとは言ったわ。でもヴァイオレットのことは呼んでないの。どうせからかうだけで大して褒めてくれたりしないんだし。


「なんの用よ?」

「別に? 懐かしい気配がしたから見に来ただけ」

「何それ?」

「さあ?」


 洗濯物が風に揺られて、その先に立っている犬耳女の姿が出たり隠れたりする。本当によくわかんない奴なのよね。

 精霊の森に勝手に隠れ住んでいて、人に姿を見られたくないみたいなそぶりをするくせに私の前には堂々と現れて。そして他の人が来たら跡形もなく消えてしまう。

 犬の耳が生えている理由も知らないし、なんで教会裏の森を隠れ住むのに決めたのかも不明。どうせ聞いてもはぐらかされる。


「おばけの次は悪魔だって」

「うん?」

「ヤギ頭の人が出たの」


 人って言ったけど多分人じゃない。魔物の類だとは思う。本当はなんなのかもわからない。いや。ほとんど人の来ない森の中でヤギの被り物していただけの人間だったら、それはそれで怖くて嫌だ。

 とにかく、昨日あの後すぐに教会に帰ってお婆ちゃんとアスターおじ様に話したら、二人はすぐに森に入って行った。説明した場所に付いた時にはヤギはもういなかったらしい。

 その後はずっと、ちょっと怖い顔をしたアスターおじ様がお婆ちゃんと難しい話をしている。しばらくは森に入らない様にって言われて大人しく過ごしている。


 気にはなる。キカは魔導書に出てくる悪魔みたいだと言っていた。魔物に近い気配だったから思わず射ってしまった、とも。

 確かに人とは違う頭をしていた。まぁ、目の前にも犬の耳が生えている女がいるんだよなぁ。ヴァイオレットとあのヤギの人がどう違かと聞かれたらちょっと答えに困る。種類って答えておけばいい?


「ヴァイオレットは、何も知らないの?」

「さぁ?」


 ヴァイオレット自身のことは別に嫌いじゃないけど、こいつの笑い方はちょっと嫌い。

 からかうのならまだいい。ムカつきはするけどそれだけだもの。でもこういう時の静かに笑う感じは好きじゃない。何かを知ってて、何か言いたいことを呑み込んだみたいな感じがする。


「本当に?」

「……もし、私が何かとんでもないことを隠していると言ったら、君はどうする?」

「どうって……」


 とんでもないことと言われても、ヴァイオレットが何も話さなかったりはぐらかしたりするのはいつものことだし。何ならこの状況だってからかわれてるんじゃないかって思うくらいだし。

 何かあるなら言ってくれればいいのに。知っているなら教えてくれればいいのに。

 じっと私を見つめるヴァイオレットは冗談なのか真剣なのか、曖昧な笑みを浮かべている。


 なんと答えたらいいかわからなくてしばらく見つめ合っていたら遠くで足音と馬の嘶きが聞こえた。

 多分ライナー様たちだ。なんとなく居心地の悪さを感じて、逃げる様に視線を音のする方に向ければ、坂の下にライナー様たちの一団が見えた。

 風が吹いて、洗濯物が巻き上がる。振り返ってみるともうヴァイオレットはいなかった。徹底してるなぁ。なんと答えるのが正解だったんだろう。


 洗濯かごを片付けてライナー様たちを迎える準備をする。と言っても、部屋の掃除もシーツの洗濯も終わっているし、本当にお出迎えするだけ。

 お仕事とは言え王都から村まで来るのは本当に大変だろうな。ゆっくり休んでほしいけど、今回はキカたちも来ている。後、やっぱりあのヤギのことも話した方がいいよね?


「ライナー様、皆さん。遠路はるばるご苦労様です」

「ああ、今回もお世話になるよ」

「ライナーさん」


 慣れた様子で馬を繋いでいる騎士様たちに挨拶をしていると、教会からキリルが顔を出した。

 懐いてるなぁ。やっぱりキリルも男の子だし、男の人の方が話しやすかったりするのかな。教会で起きてすぐにちゃんと話したのがライナー様って言うのもあるんだろうか。

 そんなことを考えていたら、キカが私の隣に並んだ。キリルと一緒に出てきたらしい。日の光に当たるときらきらする髪がきれいだな、なんてのんきに見上げていたらキカがライナー様に向かって一礼をしてみせた。


「あなたがライナー様ね。私はフランシスカ・コールラウシュ、エリセの友人ですわ」

「ご丁寧にありがとうございます。自分はライナー・オスコー、聖女ソフィリアの報告書を受け取りに参りました」


 しばらくライナー様を見た後、キカがにこりと笑う。


「エリセが素敵な騎士様、と言っていたからどんな方かと思っていたけど、案外普通なのね」


 普通なのか。いや、ライナー様はかっこいいと思うよ? え? もしかして、王都の方ではライナー様で普通なの?

 それ大丈夫? ライナー様以上にかっこいい人ばっかりだと、街の中できらきらで眩しくならない?


「騎士殿、少しよろしいですか?」


 お婆ちゃんの声がして現実に引き戻される。

 お婆ちゃんの後ろにはアスターおじ様もいた。あ、昨日のヤギの話をするのね。あれが何なのか私にも教えてほしいけど、なんだか言い出せない雰囲気。

 あーあ、仕方ないから大人しくしてよ。



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