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26.森と手紙とヤギと


 森の中は意外と騒がしい。

 風で草木が揺れる音や、鳥や動物の鳴き声。そこに二人分の足音や話し声を足せばたちまち陽気な昼下がりの完成だ。


 教会にキカたちが来て一夜明けた。心配していたキリルだけど、人見知りはしても特別大きな問題もなく。何ならアスターおじ様にお菓子で釣られていたから多分仲良くできると思う。……キリルって実は食いしん坊だったのかしら?

 とにかく。私はキカと二人、昨日言っていた通りに森に散歩に来ている。この時期の森はどこもかしこも青々としていて、まさに成長期って感じ。

 この森に隠れ住んでいるはずのヴァイオレットの姿は相変わらずない。別に寂しいとかはないし、大人しくしてる分には文句もない。まぁ、最近私以外にも良く森に人が入るようになったし窮屈な思いをさせてそうなのがちょっと気になる。


 あと、一応ね。森に入る前にキカには話したのよ。ここ数カ月で森に魔物が入り込んだり、幽霊騒ぎがあったりしたし精霊様のおひざ元でも絶対に安全ってわけじゃないよって。

 そしたら「私、弓術は得意なんですの」だって! かっこよくない? キカのお婆ちゃんに習ったらしいよ。何か出ても守ってあげるとも言われちゃった!


 昨日に引き続き王都での話とか、私の知らないお婆ちゃんやアスターおじ様の話をたくさんキカに教えて貰いながら森の中を散歩した。

 キカのお婆ちゃんも勇者と一緒に旅をしていたらしい。お婆ちゃんと同じだわ。お婆ちゃんは旅の中でどういうことがあったかはよく話してくれたけど、旅の仲間がどんな人だったかはあんまり教えてくれなかったしすごく新鮮で楽しい!

 わくわくしながら話を聞いていたらキカが得意げな顔をして私を見下ろした。それからちょっと声を潜める。


「私のお婆様と聖女ソフィリアは勇者ギルバートを巡る恋敵でしたのよ?」

「そうなの?」


 秘密よ? なんて言ってキカは笑ったけど、初めて聞いた。そんなのお婆ちゃんから聞いたことない。

 確かにお婆ちゃんはそういう話をするタイプじゃないわ。でも私はどっちかっていうとありがたいお言葉とか冒険譚よりもそういう話の方が聞きたかったのに!


「でもそれ以上に大切な友達だったと、お婆様は仰っておられましたわ」


 なにそれ素敵。同じ人を好きになったからって、喧嘩してそれまでみたいに仲良くできないのは悲しいもんね。仲間で友達で恋のライバル。まるで恋愛小説みたい。お互いに協力して切磋琢磨して素敵な大人になっていったのかしら?

 でもあれ? お婆ちゃんは結婚してないし、勇者様は平民の出で、キカは貴族令嬢で……うん?

 勇者様はどっちも選ばなかった? 二人以外の人を選んだの?


「ねぇ、エリセ。お願いがあるの」


 キカが笑う。

 綺麗な人だなぁ。私にお姉さんがいたらこんな感じなのかな。クレアも大好きだけど、キカみたいなふわふわでキラキラなお姫様にも憧れる。


「私とお友達になって下さらない?」

「え」


 お願いって言うから何かと思えば、そんなこと? 思わず間抜けな声を出しちゃった。ただあんまりにも真剣な口ぶりになんて返事をすればいいのか困ってしまう。

 貴族の令嬢って私が思うよりもずっと友達を作りにくいのかな? 村だと人が少なくて友達って呼べる人が少ないのはある。王都の方は人が多くても友達になるのが難しいの?

 なんだか不思議な感じ。きっと難しい事情があるんだろうな。


「私はこれからほとんど王都を出られない生活になるけれど、手紙を送ってほしいの」


 手紙。

 この間ライナー様に住所を教えて貰った時は色々考えて結局出せなかった。書いてもすぐに出せるわけじゃないし、そもそも月に一度は村まで来てくれる。わざわざ手紙に書いてまで知らせなきゃいけない出来事ってそう起こらないし。そんな理由でライナー様へのお手紙は断念してしまった。

 そういう経緯があるのでつい二の足を踏んでしまいそうになるんだけど、キカは物凄い真剣な目をしていて。真っ直ぐこちらを見つめるキカに私もおずおずと頷いた。


「えっと、じゃあ。キカもお手紙書いてくれる?」

「もちろん。私からも送りますわ」


 嬉しそうに笑ったキカがお礼を言いながら私の手を取る。綺麗だし可愛いしなんだか照れちゃう。

 うふふ、後でピーターに自慢しよ。すっごく綺麗な友達が出来たって。お姫様みたいに綺麗な人って言ったら羨ましがるかしら? それともやっぱり村の外から来たってだけで嫌がる?

 ライナー様へと態度が最初と比べて先月はちょっとマシになってた気がするし。キリルのことだって質問攻めにして囲みはするけど受け入れてくれたみたいだし大丈夫かなって気もするんだけど。


 そんなことを考えていたら不意にガサゴソと茂みが揺れる音がした。

 この森にいるのなんて動物か、見えたら嬉しいけど望みが薄い精霊様か。あって欲しくないけど、またどこかから迷い込んだ魔物か。思わず視線を向けた先にいたのは、茂みの奥から顔を出したのはヤギだった。


 ヤギだ。なんでヤギ。そもそもこの森にヤギなんかいたっけ?

 意味がわからずヤギを見つめ返していたらヤギが立ち上がった。え、なんで!?

 ヤギが立つのはまぁいい。立ちたい気分な時もあるかもしれない。でもなんで頭はヤギなのに体はちゃんと服を来た人なの?


 混乱していたら隣で何か音がしてヤギの体に矢が一本刺さった。

 首を回せばそこには次の矢を取り出しているキカがいて、ようやくあれは魔物か何かの類なのかと思い至った。


「エリセ、少し下がって」

「わかった」


 邪魔にならない様に大人しく従えば。真剣な顔でキカが弓の糸の部分を引っ張っている。

 それから引っ張られた糸が戻る鈍いような耳に残るような音がして、二本目がヤギに刺さった。三本目をキカが手にしていたけど、ヤギは小さく何かをぶつぶつと言って倒れた。

 死んだの? 胸とお腹の所に矢が刺さってたし、普通の生き物なら大丈夫じゃないよね?


「まるで魔導書に出てくる悪魔みたいね」


 キカが言った。

 悪魔は天使や精霊が悪に染まったものって言われてるけど、どうなんだろう。確かにヤギの頭の悪魔もいたかもしれない。


「怪我は……ないですわよね?」

「うん。キカのおかげで」

「ならよかったですわ」

「一先ずここを離れましょう」


 キカに促されて来た道を戻り始める。あれって放っておいていいの? 気にはなるけど、戻ったってどうにもできないしやっぱり教会に帰るくらいしか出来ないよね。

 森の中は何事もなかったように風で草木が揺れ、鳥や動物の鳴き声が遠くから聞こえてくる。そこに二人分の足音あって、足りないのは私たちの話声くらい。

 気まずいってわけじゃないけど、なんとなく無言のまま森を抜けて教会の裏庭が見えてきた。


「なんか、ごめんね」


 今までこんなことってなかったのに。ここ最近色んな事が起こりすぎている気がする。幽霊騒ぎの次は悪魔みたいな何かっていったいこの森どうなってるんだろう。

 思わず謝った私にキカは不思議そうな顔をしたけど、すぐに何か納得したような顔をして笑った。いいよって言うみたいに私の頭を撫でてくる。ちょっと、恥ずかしい。


「エリセが謝す必要はありませんわ。何より私が森に行きたいと言い出したのですから」


 キカは気にした様子もなくて、それどころか少し嬉しそうにしている。


「でもそうですわね。精霊がいるはずの森に魔物が潜んでいるというのも気になりますし、聖女ソフィリアに話をしましょう」


 魔物は聖なるものを避けるはずなのに精霊様の住む森の中に度々魔物が入り込んでいるのも気になる。

 キカの言う通りちゃんとお婆ちゃんに話を聞いた方がいいよね。精霊様に何かあったなら、毎日会ってるお婆ちゃんの方が詳しいはずだし何か知ってるかも。

 本当に何が起こってるんだろうね。



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