24.続きのない手紙
拝啓、虫たちの声が日に日に騒がしくなってきましたがお元気ですか?
誰かにお手紙を出した経験がないので書き方もよくわかっていないのですが、折角住所を教えて貰ったので書いています。
ライナー様たちが村を出た後すぐ、教会で保護したあの子、キリルが目を覚ましました
怪我や病気の様子もなく、しばらくは教会で住むことになりそうです。
こんな感じでいいのかと悩みながら一先ずペンを置いた。
ライナー様は何かあればって言って住所を教えてくださったけど、本当に出していいのかしら。恐る恐る紙にペンを走らせてみる。結局書けたのは書き出しの部分だけで、ため息が出た。
多分どうしているかとか、何か変わったことがあったらそれを書けばいいんだとは思う。ただお仕事でお忙しいだろうし、そんなことでお時間を取らせるのも申し訳ないのよね。
教えて貰った時はものすごく浮かれてたのに、いざとなると尻込みしてしまうのはなんでかしら。アスターおじ様に貰ってから一度も使ってないレターセットの便箋はまだまだ白いところばかり。
村を出る直前まで気にかけてくれていたしキリルの様子を書けばいいかしら。それからライナー様が届けてくれた補償金についてピーターがお礼を言っていたとか?
あれやこれやと頭の中で考えて伸びをする。
ちゃんと文字を書く機会ってほとんどないしちょっと書いただけでなんだか疲れちゃった。
この頃キリルに文字の読み書きを教えているけど、こういうのを覚えなくても生きていけるところがこの村の田舎である所以というか。
畑や牧場を持っている家でも、それを継ぐ人のみが読み書き計算を覚えている。もちろん学びたかったら教えはする。でもこの村で生きていく上では特に必要ではないよって言うのが村の大人たちの考えらしい。
むしろ覚えている人たちは、所謂帳簿とか言うのを書くために覚えているって言ってた。数が合わないのは困るもんね。
文字が読めなくても口頭で話せばいいし、計算が出来なくても村の中では大抵の物が物々交換でやり取りされている。
だからアスターおじ様も最初は村で商品を売るのに苦労したんだとか。お金は知ってても商売の概念がなかったらしい。四十年前の話でさすがに今はそんなことないわよ? あんまり村にお金は流通していないけど。
教会は古いしボロボロでも、貧乏ってわけじゃ無いと思う。
ほら、教会は清貧であるのを美徳としているし。雨風さえ凌げれば後は、自給自足で村の皆と助け合いながら生活していける程度には何とかなっている。村の中で完結していて、他所から何かを買い付けるって発想が皆ないのかも。
……本当にそういうところだと思う。興味がないとか、必要ないだけならまだいい。せめて新しいもの試す時に嫌な顔しないでくれたらなぁ。
書きかけの手紙を見下ろしてため息を吐く。こうして改めて村であったことやどう思ったかを紙に書き出すとなると結構疲れる物なのね。
どちらかというと私は不真面目なタイプだしもしかしたら手紙を認める行為が向いてないのかもしれない。
もちろん続きを書くのを躊躇っている理由はそれだけじゃなくて、この手紙を書いたところで出すのはずっと先になってしまうのが引っかかっている。
今、村に出入りしている外からくる人は二組。アスターおじ様とライナー様たちで、どちらも月に一度お仕事でこの村に来る。
ライナー様にお手紙を出すにはアスターおじ様にお願いするしかないんだけど、どちらも月一でしかこの村に来なくて、お手紙を届けてもらっている間にライナー様は村に来られる。
これってわざわざお手紙を出すより少し待った方が手っ取り早くないかしら?
ライナー様に住所を教えて貰って嬉しかったのは本当よ? 浮かれてたって言ってもいいくらいにはね。
ライナー様は素敵な方よ。優しいし強いしイケメンだし。でも本当のところ好きかどうかはわからない。かっこいいし話しかけてもらえると嬉しいけど。
騎士様ではあるけれど王子様ではないのかもしれない。憧れてはいる。だって優しいしイケメンだし。好きって何なのかしら。もしかしなくても私ってお姫様になれない? 別に、お姫様になりたいわけではないからいいか。
あーあ。ライナー様はなんで連絡先を教えてくれたのかしら。用事があるのは私じゃなくお婆ちゃんにだし、それはまぁお仕事だってわかってるけど。
うんうん悩んでも答えなんかわからなくて、結局インクの便の蓋を閉めてしまった。
机の上を片付けようかとペン先を拭いて引き出しにしまったところで扉がノックされた。ここでわざわざノックして呼んでくれる人なんて一人しかいない。キリルだ。
遠慮がないのか勝手知ったる、ってやつなのか村の皆は、私に用があるなら外から大声で呼ぶ。お婆ちゃんはそもそも用事は会った時にまとめて言う派なのでわざわざ部屋に訪ねてこない。
「どうかした?」
「文字、教えてほしくて」
「いいよ、じゃあ準備するね」
扉を開ければ案の定思った通りの人が立っていて、紙とペン。それからこの前渡した絵本を抱いている。
キリルは勉強熱心だ。知らないことを知るのが楽しいのかタイミングを見計らって聞きに来る。
本当は村についても教えてあげたいんだけど、まだおばけの噂が落ち着いたばかりだしもうちょっと教会の中で過ごしてもらっている。
準備、と言っても大してことではなく、紙とペンを持って一階のキッチンに行くだけ。とはいえ机の上に広げた便箋を何とかしないわけにもいかず、一瞬悩んで書きかけの便箋を丸めて屑籠に放り込んだ。
「何かしてたの?」
「うん? なんでもないよ」
紙とペンを取り出してレターセットを片付ける。
多分ね、多分。ライナー様は私のことなんてなんとも思っていないのよ。よくて仕事先で懐いてる子供。それがわかってるから、本当にこれが好きって気持ちなのか好きになっていいのか不安になる。
好きではあるよ。ただ物語に出てくる王子様とお姫様の好きとは違うのかもしれないってだけ。
紙束を抱えて振り返れば少しワクワクした顔のキリルがいた。本当に文字を覚えるのが楽しいんだなぁ。
もうちょっとわかりやすくかつ楽しく教えてあげられたらいいんだけど。教えるって難しいね。
「お待たせ。行こっか」
部屋を出てギシギシなる廊下を抜ける。この教会に二人分の紙を一杯広げても大丈夫な机はキッチン横の食卓と応接室くらい。とは言え応接室の机は背が低いし勉強するには向いてない。
一人でも勉強出来るようにキリルの部屋に文机を置いてあげられたら一番いいんだけど。今度工作の好きなおじ様にお願いしてみようかしら。
キリルを連れたまま一階に降りて扉を開ければ、いつも通りの特に変わり映えのないキッチンが広がっている。
何も考えず食卓で勉強会を始める。そういえば私が読み書きを教えて貰ったのもこの食卓だったっけ。婆ちゃんも私と同じ様に机の広さで選んだのかな。なんて考えながらメモ用紙を一枚取って、キリルに差し出した。
この前は一通りどんな文字があるか書いて見せて、名前の書き方を教えたから今日は身近にある物の名前とかでいいのかな。意味がわかかってるのもあるだろうけど、元々の頭もいいのか覚えが早くて驚いている。
「キリルって覚えるの早いね」
「そう?」
「私は覚えるのに苦労したから」
なんとなく得意げなキリルの質問に答えつつ、心を許してくれたことに安心する。起きてすぐの時はものすごく警戒されてたもんなぁ。ふとした拍子に観察されてる感じがするけど。
まだ今後キリルがこの村で暮らしていくのかとか、違うところに移り住むのかとか詳しくは決まってない。まぁ一緒にいる間は仲良くしたいよね。もちろんどこかに移っても仲の良いままでいたいとは思うわよ?
どうなるのかわかんないけど、ちゃんとお姉さん出来ていればいいなぁ。
先月ライナー様が来てから色々起こったし、考えが変わったりしてなんだかちょっと落ち着かない。別に悪いことばかりじゃないけど。
でももしまた何か起こるなら、次は素敵なことが起こるといいなぁ。
読んでいただきありがとうございました!
ニ部完結です。
少し休んだらんだらまた、三部として更新再開していく予定です。
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