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23.指輪と少年


 慌ただしかったあの日から数日経った。

 あの後一度起きた男の子は、翌日丸一日眠って元気に起きてきた。幸い怪我もなく、病気を患っている様子もないので教会で一時預かりになった。あの子がどうしたいかはこの後お婆ちゃんが彼と話し合って決めるらしい。


 村の皆はというと。あの子のことはお婆ちゃんが村の皆に簡単に教会にしばらくいるって説明したんだけど、皆キリルと名乗った子が気になるのかあれこれ私に問い質して来た。

 私もまだ簡単に挨拶したくらいだしそんなに聞かれてもちょっと困るわ。

 キリルのことを話したのがライナー様が帰った後で良かった。

 タイミングが違えば私よりも話をする時間があったライナー様の方が囲まれていたかもしれないし、それはお仕事のあるライナー様たちには申し訳ない。


 ああ、そうだ。キリルの話が村に広がった結果、一先ずおばけの噂は収束した。

 本当かどうかはわからないけど、皆が見たって言っていた人影の正体がわかって安心したみたい。なんだかんだ言って皆おばけは怖かったのかも。

 脅かしてくれるなよ、なんて言ってたしあの子のお母様、本当におばけがいたの話はしてない。私自身が見えていたわけじゃないし、別に怖がらせたいわけでもないしね。


 それはそれとして、いくら娯楽がないからって噂好きもいい加減にしてほしい。

 どんな子かとか何しに来たとか。挙句いつもはしないのにわざわざ礼拝堂に祈りに来たとか、ゆっくり休めやしない。

 いくら教会が皆に開かれているとは言えちょっと度がすぎるよね。この調子じゃお婆ちゃんも色々聞かれてるんだろうなぁ。

 話が聞きたくて詰め寄ってくる人たちをかわしやっとの思いで教会に帰ってくる。卵貰いに行って来ただけなのになんでこんなに疲れなきゃいけないんだろう。


「疲れたぁ」


 はぁ、と大きく息を吐いて扉を開ければ、件の男の子と目が合った。

 どうやら水を飲んでいたキリルがこちら見たまま固まっている。驚かしちゃったかな。年は変わらないと思う。人見知りっぽくてまだあんまり仲良くなれていないしちゃんと年齢も聞けてないけど。

 なるべくびっくりさせないように接しているつもり。でも私相手でこれなら村の皆に囲まれたらどうなっちゃうんだろう。皆早く落ち着いてほしい。でないとちゃんと紹介もできないかもしれない。


「ただいま」

「えっと、お帰りなさい」


 出来るだけ優しく声をかければ、戸惑ったような返事を返された。返事が来るならまあいいかな。

 貰ってきた卵を詰めたバスケットを棚の中に直している間、後ろからずっと見られてる感じがする。観察されてるなぁ。


「卵貰ってきたから今日の晩御飯オムレツにするね」

「わかりました」


 ちょっとかたいなぁ。周りの人が皆気安い人ばっかりだし緊張されるのってなんだか変な感じ。

 仲良くなりたいとは思うけど、ゆっくりの方がいいよね。


「あ、そうだ。これあげる」


 ポケットの中に手を入れて目的の物を取り出す。

 小物が得意なおば様にお願いして貰ったそれはシンプルな細い組紐で、これなら丈夫だしキリルが持っていてもおかしなデザインじゃないと思う。

 きょとんとしている彼の手を取って紐を握らせる。私の行動が不思議なのか、自分の手と私の顔を交互に見るキリルに安心させるように笑って見せれば戸惑いながらも受け取ってくれた。


「指輪通すのに使って」

「ありがとう、ございます」


 うん、ぎこちない。組紐に通してネックレスみたいにすれば無くさなくていいかと思ったんだけど、ちょっとお節介だったかな。

 それでも受け取ってくれたし、あんまり気にしない様にしよう。


 指輪は元々彼のお母様の物らしい。お母様が幽霊になってからはキリルが持っていたのを、精霊の森で休んでいる時にうっかり落としてしまったみたい。

 指輪が気がかりで森を出るのをためらった部分もあるのだとか。大事な物なら仕方ないね。

 お母様、か。育ててくれた人って意味ならお婆ちゃんがいるし、村の皆にもたくさんお世話になっているし寂しいとかはないわ。ただそういう話を聞くとどこで何してるのかなくらいは気になる。

 別に村を出てわざわざ会いに行くかって聞かれると、ちょっとわからない。


 さて。一先ず今日やることは大体終わってしまったし、この後どうしようかしら。

 夕飯の準備まで暇。でもだからといってキリルとお話するのもまだ緊張されてるし疲れさせちゃいそうね。


 いつもなら散歩したり森に入って時間を潰すんだけど、彼を置いて私一人で遊びに行くのもなぁ。

 お婆ちゃんもお昼のお勤めとして村の皆の相談を聞きに歩いたりしてるし、まだ体調も万全じゃないかもしれない。さすがにすぐ戻れない森に入るのは憚れる。

 かといって村を連れ歩いたら物珍しさに皆がキリルを質問攻めにされて疲れちゃうだろうし。


 こういう時噂として消費される側ってしんどいのよね。

 皆娯楽がないからってすぐあれこれ噂して勝手なこと言うんだもの。さっきも散々捕まって色々聞かれたわ。


 皆も悪気はないんだろうけどもう少し落ち着きを持ってほしい。まぁキリルがどんな子なのか気になるのは私も同じだし気持ちはわからなくもないわね。

 かといって簡単に仲良くなれる方法は思いつかないし、どうするかと考えていると、視線に気づいた。

 何かと思って顔を上げればいつの間にかキリルが傍に立ってこちらを見ている。


「どうかした?」

「……いえ」


 何が言いたいんだろう。何か言いたげな顔でじっと私を見ている。何かあってもためらってしまうタイプかしら。言いたいことがあればはっきり言ってくれていいのに。

 気まずい沈黙が辛い。いや、別に彼を悪く思っているわけじゃないわよ?


「私、部屋に戻って休むつもりでいるんだけど、君、本とか読む?」

「本……」

「冒険小説とかもあるからそれなりに楽しめると思うわ」


 もちろん何かやりたいことがあるなら断ってくれていい。なんて付け足しながら部屋の本棚に並んでいる背表紙を思い出す。

 大半はお姫様の出てくるお話ばっかり読んでるけど、数は少ないが何冊かある冒険小説なら男の子のキリルでも面白いと思う。次にアスターおじ様が来る時に男の子も読む本お願いしておこうかしら。


「僕……文字読めないんで」

「え、そっか」

「……すみません」


 そうか。そう言うこともあるのよね。

 私はお婆ちゃんに教わった。でも読み書き出来ない人もいるのは知ってたはずだった。村の中だと、村長さんやピーターの家みたいに牧場をやってたり畑を持ってる人たちは読み書きは計算が出来るけど、それ以外の人は出来ない人の方が多い。

 出来なくても暮らしていけるっていうか、助け合いで成立してるのが一番かな。悪いこと考える人がいないから平和なのよね。ちょっと平和ボケし過ぎてる気がするわ。


「いや、うん。私こそごめんね」

「いえ」

「あの。よかったら、教えようか? 読み書き」


 じっと私を見ていたキリルの視線が下に下がる。遠慮しているような、迷っているような、そんな感じ。ちょっとグイグイいきすぎたかなぁ。

 どうなるかはわからないけど、しばらくは一緒に住むのだし出来れば仲良くなりたい。それに読み書き計算が出来れば、ここを出てどこかへ行くにしても助けになるだろうし。


「いいんですか?」

「うん。キリルが良ければだけど」

「……お願いします」


 少し悩んで、キリルが小さく頷いた。良かった。断られるかと思った。

 じゃあさっそく、と考えて部屋には史机があるくらいで一緒に勉強するスペースがないのを思い出す。結局紙とペンをいくつか、後は小さい頃に読んでた絵本を持ってきて食卓の上で広げることにした。

 小さい頃お婆ちゃんにこんな風に教えてもらったっけ。なんだか懐かしくなってきちゃった。


 一人でにこにこしてたのがばれたのかキリルが怪訝な顔をしている。いけないいけない。教えるって言ったしにはちゃんとしなくちゃ。最初はキリルの名前から。紙に書いて見せれば、興味深そうに眺めていてちょっと嬉しくなった。

 その日は夕方まで読み書きの勉強会をしていたんだけど、途中で帰ってきたお婆ちゃんがなぜか機嫌が良くて夕飯の準備を皆でしたりと、まぁまぁいい日になりました。まる。


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