21.心知らず
キリル視点
聖女だ。
見た目は思ってたよりもずっと普通の老婆で、ライナーさんやさっきの女みたいに変なものを付けているわけでもない。
こっそり覗き見てた村の人たちもそうだったし、やっぱりおかしいのはあの二人の方みたいだ。
「気分はどうだい?」
「平気です」
「そう、それは良かった」
声をかけられてとりあえず頷く。近くにあった椅子を引き寄せて正面に座る姿は、普通の老婆なのに妙に緊張するのはこの人が母さんをどこか遠くへ送ったからなのか。
というかそもそも、聖女が何なのか僕はよく知らない。母さんは世界のために世界に祈りを捧げてくれている人だって言ってたけど、ここ数日は朝に森に来て黒い女と話をしてるくらいしか知らない。まぁ、建物の中で祈ってるのかもしれない。
世界って、神様って何なんだろう。聖女は世界を救ったことがあるらしくて、聖女が神様に祈るから世界が救われて。じゃあ聖女に頼めば母さんも救ってもらえるんじゃないかって、そう思ってた。
いざ聖女のいる教会を前にするとしり込みしてしまって、結局ぐずぐずしている間に全部終わってしまった。
母さんが僕から離れて救われることを願ってたはずなのに。感謝するべきなのに、素直に感謝できないのは母さんと何も話せなかったからなのか。ライナーさんとあの女が部屋を出て行ってからなんとなく気まずい。
「あの、母さんは……」
どうなったんですか、という言葉が出なかった。別にあの女やライナーさんを疑っているわけじゃないけど、なんとなく聞かずにはいられなかった。
死んでから、ずっとそばで苦しみ続けていた母さんがいない。解放されたのだと、もう苦しまなくていいんだと、確かな言葉が欲しい。それから……。
僕が聞きたかったことを見透かしたように、聖女は口を開いた。
「最後までアンタのことを心配していたよ」
嘘でもうれしかった。最後まで。……それは母さんが死ぬ前か、それとも死んだ後か。いや、そんなのどっちでもいい。どちらにしたって僕はもう母さんの最期の言葉を聞けない。
後悔とか、寂しさとかそういう気持ちがお腹の中で重くなって、自然と視線が下を向く。
「あの人たちは何?」
苦し紛れに吐き出した話題はさっきまで部屋にいたあの二人。あの二人にまとわり付く変な物のこと。
あれは一体何なのか。ライナーさんは有無を言わさず付けられたって言ってたけど誰に何を付けられたんだろう。
ずっと母さんと一緒にいた僕だってあんまり人のこと言えないが、それでも母さんはあんなに嫌な感じはしなかった。
「あなたは何を囲っているの?」
聖女は答えない。あの気持ちの悪いものは何なのか。なんであの人たちなのか。この人はなんであの人たちに何もしてあげないのか。
正直あの人たちのことなんて僕には関係ない。ただ母さんとあの二人に憑いている物の違いは少し気になっただけ。
「あなたは本当に聖女なの?」
「……さぁ。人が勝手にそう呼んでいるだけさ」
寂しそうに笑った聖女の顔が、母さんと重なる。母さんはもっと若いし美人だったけど。
この人は母さんが言っていたような聖女じゃないのかもしれない。世界の為に祈るような、優しい人じゃないのかもしれない。なら、この人によってどこかに送られたらしい母さんは本当に救われたのだろうか。
あの女は空の一番綺麗なところへ行った、なんて言っていた。ずっと僕のそばで苦しむくらいならきっと違うところの方が幸せになれる。と、思いたい。
本当にこの人はちゃんと母さんを救ってくれたんだろうか。
「行きたいところがあるなら行けばいいし、行く当てがないならここにいればいい」
優しいのか、突き放しているのかわからない言い方。
本当はもっと言いたいことがあった。お礼も言わなきゃいけなかったはずだし、なんで僕が眠っている間に母さんをどこかへ送ったんだって恨み言も言いたかった。せめて話をさせて欲しかった。言葉が通じなくても、僕の姿が見えなくても。
きっと。僕には僕の理由があった様に、この人にも何か理由があるんだろうな。
「ああ、そうだ。森で精霊にあったかい?」
「精霊がどんなのかは知らない。でも黒い女なら見た」
「そうかい」
あの黒いのが何かは知らない。この人が何を考えているのかも。
僕には、母さんだけが全てだったから。
□
エリセ視点
お婆ちゃんとあの男の子を残して部屋を出る。なんでも話があるらしい。多分あの子が今後どうするかのことだと思う。
邪魔にならない様にライナー様と一緒に部屋の外に出て一息付く。なんにせよ、ちゃんと目覚めてくれて、大きな怪我や病気があるわけじゃなくてよかった。
安心したらなんだか夕飯を食べてないのを思い出した。作るだけ作ってライナー様たちには先に食べてもらったけど、結局私もお婆ちゃんも細々と動いていて食べ損ねちゃったし。
「お疲れ様。キリルも目を覚ましたことだし、これで少し落ち着けるね」
「はい。安心したら急にお腹空いてきちゃって」
「ずっと看病の手伝いをしていたもんね」
ライナー様の言葉を聞いて、そう言えばあの子の名前を聞きそびれていたことに気が付く。
後でちゃんと挨拶しよう。あの子もお腹空いてるかもしれないし、パンとスープくらいなら食べられるかな。多めに作りはしたけど、足りなければ追加で少し作り直そう。
それにしても、結局よくわかんなかったな。教会の裏手でライナーとお婆ちゃんが話していたのはあの子のお母様でいいの? あの子もそんな感じのことを言ってたし。
じゃあ村で噂になってたおばけってあの子のお母様だったの?
もしかして本当に皆見えてた? また見えてないのは私だけなの? そういう仲間外れやめてって言ったのに。
「そうだ。あの指輪、やっぱりあの子のだったみたいです」
「ああ、だから森の中を探してたのかもね」
返せてよかった。すごく大事な物みたいだったし。
それにしてもあの子、随分大変な旅をしてきたみたいだけどどこから来たんだろう。少し話してたみたいだしライナー様は何か聞いてるかな。まぁ、後で私もあの子に聞けばいいか。まだ子供だし何より疲れているだろうし、しばらくは教会でゆっくりしてもらうことになるんじゃないかな。
「ライナー様もそろそろお休みなってください」
「ああ、そうするよ」
ライナー様を見送って、階段を降りてキッチンに向かう。流し台にお皿がない辺り、騎士様たちが洗っておいてくれたらしい。置いててくれていいのに。
食器棚の皿を適当に出して鍋に残っているスープを掬う。量も少ないしお婆ちゃんとあの子の分は後で作り直そう。パンもあるし今日はこれだけでいいや。
鍋を流しに移動して、珍しく一人で食卓に座る。そういえば一人ご飯ってあんまりしないな。なんだかんだでいつもお婆ちゃんと二人揃ってから食べるし。
手を合わせて、慣れたように神様にお祈りをする。
今日も一日お疲れさまでした。ご飯も美味しくいただきます。はい、お祈り終わり。
冷めたスープを啜る。面倒臭がらずに温めればよかった。横着なんかするもんじゃないね。まぁ多分私は繰り返すんだけど。
一日の終わりにバタバタしたからちょっと疲れちゃった。一人分の食器の音はちょっとだけ寂しくてため息を吐く。パンを一口分千切って胃の中に放り込めばなんとも言えないわびしさに襲われた。
結局、おばけ見えなかったなぁ。
おばけが見えればワンチャン精霊が見える可能性があるかもと思ったのに。それでなくても何かしらの才能があると自信が持てたんだけど、現実ってのはそん何都合よくはないみたい。
悲しい。まだ諦めたわけじゃないけど。
一体いつになったら私は特別な力に目覚めるのかしら。さんざん待ったんだし飛び切りのじゃないと拗ねるわよ?
……嘘。なんでもいいからちょっとだけ特別な力をください。神様、精霊様、お願いします。
なんて願ってみても結果は同じで。仕方がないのでさっさと冷たいスープを飲み干して、お婆ちゃんとあの子の為に温かいスープを作り直すのだ。
あーあ、私ってば健気。




