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19.幽霊騒ぎ


 さっきまで浮かれてたのに何でこんなことになっているんだろう。

 目の前にはライナー様の大きな背中とその向こうに広がる薄暗い森。教会の中に入る様私に言ったっきり無言になったライナー様にどうしたらいいのかわからなくなる。

 これは、私動いていいの? 大人しく教会の中に戻ればいいのよね?


 ついさっきまでライナー様に連絡先を教えてもらえるって有頂天になってたのになんだってこんなことになってるのかしら。

 少し年齢は離れているけど、ライナー様は素敵な方だしもしかしてこの方が私の王子様なのかとドキドキしていたところだったのに。いったい何なのこの落差。

 見えないものを警戒するみたいに動かないライナー様に、困惑する。何かそこにいるの? 一体何が見えているのかしら。私に見えない何が。

 つまり、そういうこと?


 ライナー様は精霊が見える。精霊が見えるなら幽霊も見える、って言う私の考えは正しかったらしい。

 いえ、まだ精霊様が森の端まで来てくれたって可能性もまだ捨てられない。私としては精霊様であってほしい。その方が私のまだ見ぬ才能への期待を捨てずにいられるから。


 え? まさか本当にそこにいるのはおばけなの? なら村の皆も本当におばけ見えてたの? もしかして見えていないのは私だけ? やめてよそんな仲間外れ。

 確かに対して何にも出来ないし、特別信心深くもなければどちらかというと不敬なことをよく考えてはいる。でもせめて何かもうちょっとくらい取り柄が欲しいと思うわけよ。

 何にも才能ないって、私が何したっていうの。……やっぱり何もしてこなかったのが原因かなぁ?


 そこにいるらしい何かについて、見えてる人にずるいとか悔しいと勝手感情はない。まぁ、生まれた時に才能を配っただろう神様には思うところがあるわね。

 ちょっとくらい甘やかしてくれてもいいじゃない! ぐちぐち考えてはいるけどちゃんとお勤めは熟しているのに! 神様の意地悪!


「何が言いたい」


 そういわれて一瞬ドキッとした。でも相変わらずライナー様は森の方を向いたままで、今のは私じゃない誰かへ向けた言葉なのだと理解する。

 そう言えば先月、ライナー様が精霊様と話していた時もこんな感じだったわ。何が起きているのかはさっぱりだけど、ライナー様の出す低い声に真面目な話をしているんだと思う。

 なんの話をしてるのかしら。やっぱり本当におばけかどうかとか? 精霊様にしてもおばけにしても、案外普通の人には見えない存在って身近にいるのね。悲しいかな私は見えないしどこにいるのかもわからない。


「大事な物……? それは指輪か?」


 え、何? 見えない何かは指輪を探してるの? じゃあやっぱりお婆ちゃんは森で指輪を拾ったんだ。

 おばけもやっぱりおしゃれとか気にするのね。私も何か一つくらい持ってた方がいいのかしら。まぁそんなおしゃれな物この村に売ってないので手に入れるのが第一関門か。


「エリセ、さっき言っていた指輪は今どこにある?」

「えと、多分お婆ちゃんが保管してると思います」

「では聖女ソフィリアを」


 言いかけた時私の後ろで扉が開いた。


「探し物はこれかい?」

「お婆ちゃん」


 裏口から出て来たお婆ちゃんが私の隣を通り過ぎていく。多分その先にライナー様が話しかけていた何かがいるんだろうなぁ。仲間外れみたいでなんか嫌だな。

 二人ともこっちに背を向けているのでよく見えないけど、お婆ちゃんが何かを誰かに差し出している。言っていた指輪かな。


「遠いところまでよく来たね、随分疲れただろう。もうそろそろゆっくりお休み」


 誰かを慰めるお婆ちゃんの声はすごく優しくて、ああそういえばこの人は聖女なんだって思った。

 確かに今までも村の相談役をしてたり、何かあると皆に声をかけて回ったりと色々していた。とはいえ私にとってはごく普通のお婆ちゃんだったのも事実で。

 好き嫌いしたり危ないことしたら怒られるし、ちゃんといい子にしてたらお昼に私の好きなご飯作ってくれるし。

 普通のお婆ちゃん、だと思ってたんだけどなぁ。本当におばけとか見えるんだ。別に疑ってたわけじゃない。小さい頃におとぎ話みたいに聞いていた勇者様との旅の話が全部本当だったんだって改めて実感しただけで。


「主よ、天にまします我らが父よ」


 お婆ちゃんがゆっくりと唱える。

 祝詞だ。


「我らの罪過、罪穢れ。等しく裁き、赦し給え。罪深き我らをどうか、お導きください」


 聖書にも載っている一節。覚えてる。何回もくり返し暗唱できるくらいになるまで読まされた。

 迷える人を導くための言葉。迷ってるだけなのに裁かれるのは少し理不尽だと思わない? でも神様ってそういうものらしいわ。


「そこに何かあるのかい?」


 相変わらず何か見えないものと会話をする二人の背中をじっと見る。


「ああそうかい、こちらで預かっておこう。遥か先で、見守っておやり」


 少しの間の後、お婆ちゃんが頷いた。

 何を受け取ったのか、納得してくれたのか。とにかく、その言葉の後にどこからともなく風が吹いて、つむじ風みたいにお婆ちゃんとライナー様の前の土をくるりと巻き上げてどこかへ消えていった。

 今、何かを送ったんだと思う。実際には何にも見えなかったし神聖な力とかもわからなかったけどそんな気がする。気がするだけ。


「騎士殿、そこの茂みへ」

「わかりました」


 お婆ちゃんの言葉にライナー様が動き出す。茂みに分け入って、かがんだと思ったらライナー様が子供を抱きかかえて戻ってきた。

 え、どういうこと?


「子供……」


 子供、え。本当に子供だ。

 私と同じか少し小さいくらいの、すごく遠いところからやって来たみたいな子が、ライナー様に抱えられてぐったりしている。

 おばけの次は子供? なんで子供? え、意味わかんないんだけど、とりあえず保護した方がいいんだよね? お婆ちゃんが言った先にいたんだし、そういう話でまとまってるんだよね?


「と、り合えず……私、お湯沸かしてタオル取ってくるね」

「ああ。騎士殿、部屋へ運んでもらえますか?」

「わかりました」


 びっくりした。お婆ちゃんが何か言ってると思ったら茂みの中から子供が出てくるんだもん。

 一足先に教会の中に飛び込んで夕飯用に残していたわずかな水瓶の中水を全部薬缶に入れて沸騰させる。後でまた汲みに行かないと。

 日をかけるためにごそごそしている私の横を通り過ぎて行った二人を見送って清潔なタオルを取りに行く。


 なんだかすごく大変な旅をしてきたみたいだし、服も着替えた方がいいよね。私のでいいかな。

 何枚かのタオルと一緒に私の部屋で適当な服を見繕って空き部屋に向かう。


「これ、タオルと着替えの服です。お湯もうちょっと待って下さい」

「ああ、ありがとう。大きなけがはないみたいだよ」

「よかった。一応薬箱も持ってきますね」


 お湯と桶と、後薬箱。忘れないように頭の中でそれぞれの置いてある場所を想いうかべながら部屋を出てキッチンに向かう。

 ちょっとだけ見た子供はただ眠っている様に見えたけどすごく細くて、ちゃんとご飯を食べているのか心配になった。

 キッチンへ戻る道すがら、顔を出した他の騎士様たちに事情を説明して、夕飯が遅れることを伝えたら気にするなと言ってくれた。ありがたい。


「何か手伝えることはあるか?」

「ありがとうございます。でも今のところはお婆ちゃんも付いてるし大丈夫だと思います」


 病気なら大変だけど寝てるのなら、大丈夫だよね? もし病気ならこの村にお医者様なんていないし村の外に呼びに行かなきゃいけない。

 でも皆相手がお医者様であっても外の人を嫌がるからな……。何もなければいいな。


 それにしても、まさか本当におばけがいるなんて思わなかった。

 散々クレアに気にし過ぎだって言ってたし何よりライナー様に指輪の話ししてたのが恥ずかしい。ヴァイオレット以外にも人が森に潜んでるなんて大真面目な顔で言ってたんだもの。

 というかもしかして最近ヴァイオレットに会わなかったのって、森の中にあの子がいたから? 私相手にはガバガバなのにそういうとこ徹底してるのどうなのよ。


 右手に薬缶と左手に薬箱。お湯を移す用の桶を小脇に抱えて蝋燭が照らす廊下をせっせとさっき言ったばかりの空き部屋へ向かう。

 ……ん? あれ? よく考えたら結局おばけも生きた人間も森の中に潜んでたってこと

? もしかして本格的に村の警備見直した方がいいんじゃない?


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