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17.今日も晴れ

xxx


 そこは暗くて寂しい場所だった。

 冷たくて、苦しくて。なんでこんなことになっているのかもわからなくて。伸ばした手は何も掴まず、吐き出したはずの声は鼓膜を震わせない。どうして、とか。誰か、とか。そんなことが浮かんでは消えを繰り返す。


「──。」


 ただ痛かった。悲しかった。何かに追いすがったはずなのに、何もなかった。

 救いたかった。救われたかった。救いなんてどこにもなかった。

 昼もなく、夜もなく。起きているのか眠っているのかもわからない。行くべき場所も、帰るべき場所もなく。決して許されない。


 どれほどの罪を犯したのか、どれほどの月日が流れたのかも知る術はなく。仄暗い世界を漂い続ければ己自身すらも曖昧に零れ落ちていく。

 ここがどこで、己が誰で、何を成したかったのかすらも。


「────。」


 伸ばした手の先には何があった。吐き出した息の上にはどんな音が乗っていた。なぜこうなった。どうしたかったのか。もうとっくに理由など忘れてしまった。意味など失われてしまった。

 それが痛く、苦しく、悲しい。嘆きの中で声にならない悲鳴を上げる。きっとこの声は誰にも届かない。何かを伝えたかったはずなのに、何かを願っていたはずなのに。

 ただその先に光があると、信じたかった。小さくて、温かい何かがあってほしかった。指先に光を見たはずだった。

 今はもう、立っているのかも蹲っているのかもわからない体では満足に頭も抱えられなくて。本当に喉なのかも怪しい部位から漏れる音は形を成さず、自分が本当にそこにあるのかも疑わずにはいられない。


 不意に耳に当たる部位が何かの音を拾った。

 それは言葉だった様に思う。そんな気がしただけかもしれない。


「ちゃんと届いてるよ、──。」


 その言葉の意味も、もうわからないけど。





 夢を見た気がする。

 なんだかとてつもなくもやもやする夢だった、と思う。内容は忘れたわ。

 いっつもなんだよねー。夢の内容を覚えていたためしがない。夢を見たなって感覚はあるんだけど目が覚めたら綺麗さっぱり忘れてる。


 お陰で怖い夢を見て朝から気分が悪い、なんて経験したこともない。その代わりに美味しい物をいっぱい食べるみたいな幸せな夢も覚えていられないのよね。

 夢の中でくらいスーパーパーフェクトウルトラエリセちゃんになって気分よく起きたいのに、そんな夢すら覚えていられないとかすごく損してる気がする。


 ベッドの上で一人ため息を吐きながら壁にかけた時計を見ればいつもの起床時間。窓の外では微かに空が明るくなり始めていて、遠くの方で鳥たちが朝の挨拶をしている。

 あー、やだやだ。ベッドを出たくない。ゴロゴロしていたい。でも朝ご飯……。あー、今日も元気にお勤めやりますかぁ。


 大きく息を吐き出して気持ちを切り替える。といいつつ、あんまり効果はないけど一先ず着替えさえしてしまえば体が勝手にいつもの朝の行動をとってくれるので、やっぱり繰り返しやるって大事なんだな。

 修道服に着替えても別に背筋が伸びる気分にはならない。それは窓を開けて明け方の空気を胸いっぱい吸い込んでも一緒で。

 むしろあんまり深呼吸すると眠気がぶり返して来ちゃうわ。こう、一瞬で眠気が飛んで起きられる方法ってないものかしらね。


 部屋を出て礼拝堂に向かう道すがら脱衣所によって洗濯籠に寝巻を放り込んでおく。今日は色々洗濯する予定なのでさくっと朝のお勤めも終わらせてしまいましょうねー。

 神様精霊様おはようございます。今日はシーツとか諸々を洗濯したいので一日晴れにしてください。はい。朝のお祈り終わり!


 やってます感だけ出した朝のお祈りを手早く済ませ朝食の準備に取り掛かる。井戸水を汲みながらぶちぶち文句を言うのもいつも通りだし、朝食を作り終える頃に裏の森から帰ってくるお婆ちゃんと一緒にご飯を食べるのもいつも通り。

 特別何かあるわけでもなくお婆ちゃんと話して掃除だとか洗濯だとか日々の雑事に取り掛かる。

 相も変わらず心の中で文句を言っているのはご愛嬌。一通り掃除が終わったら次は井戸の横でひたすらシーツ類を洗っていく。手が冷たいとか、井戸水を組むのがもう少し楽になればいいのにとかそんなことばかり考えながら洗っていく。


 それらが全部終わる頃にはもうお昼前になっていて、日当たりのいい庭の方に干そうと持って行く。

 なんとなく目についた花壇の隅に、黄色っぽい小さな花が咲いていた。なんという名前の花かは知らないけど、あれはあんまり美味しくないというのだけは知っている。何より可食部が少ない。


「あら、精が出るわね」

「クレア、どうかしたの?」

「パンを焼いたからお裾分けに来たのよ」

「ありがとう! 嬉しい!」


 パンの入ったカゴをこちらに見せながら笑ったクレアを笑顔で迎える。キャシーはお昼寝中でその間に散歩ついでに持ってきてくれたんだとか。

 お昼ご飯はそろそろお婆ちゃんが作り始めているかもしれないしこのパンは晩御飯行きかな。なんにせよお裾分けは本当にありがたい。

 朝祈った甲斐があったのか空はところどころに小さな雲が浮かぶばかりの青空で、絶好のお洗濯日和だ。


「いっぱい干したわね」

「もうすぐ騎士様たちが来る頃だしね」


 毎月お婆ちゃんに精霊の様子を聞きに来る騎士様たちは教会に泊っていく。豪華なおもてなしは出来ないけど一晩だけでも清潔なベッドで休んでほしいじゃない。

 それに今後は意地悪なおじさま騎士じゃなくて優しくてイケメンなライナー様が来てくれる。

 って、私は思うんだけど村の皆はそんなに簡単にライナー様たちを受け入れられないらしい。その証拠にクレアは私が騎士様のことを話題に出した途端困ったような顔をしたわけだし。


「悪い人ではないんでしょうね、あの騎士さんは村を守ってくれたし」

「優しい人だよ」

「そう、……でもやっぱり外の人だもの。少し不安だわ」


 村の外の人に対しては皆なぜかこんな感じ。最初ほど警戒はしてないけどまだちょっと慣れないみたい。別にライナー様たちは怖くないのにね。

 村に魔物が来たのだってその、きっかけはそうだったかもしれない。でもその後も皆を守ってくれたんだし。


「そういえばあの話聞いた? ほら幽霊の」


 話の変え方としては少し強引な気もしたけど、あのまま続けても私もクレアも困るもんね。

 出された話題に素直に頷けば、新しく村の皆に聞いたという噂話を教えてくれる。曰く、親を探す子供のおばけの他にも、その両親のおばけも村の中をさ迷っているのだとか。おばけ見つかったら殺された恨みで呪い殺しに来るんだとか。

 なんだかいつの間にか色々派生してるなぁ。誰が言い出したんだろう。


「私は見たことないけど、何人かが見たと言っていたわ」

「そうなんだ。クレアは本当におばけがいると思ってる?」

「どうかしら。でもキャシーもいるし本当だったら少し怖いわね」


 昔から優しいお姉さんだったのに、気が付いたらクレアはお母さんの顔になっていた。お母さんがどんなものかよくわからないし私が勝手に思ってるだけだけど。

 確かにキャシーはまだ小さくて可愛いし守りたくなるよね。


「本当に両親を探している子供の霊がいるのなら可哀相だけど、私にはあの子がいるもの」


 小さい頃からお世話になってきたよく見知った人なのに、なんだか知らない人に見えた。

 素敵な女性ってクレアみたいなことを言うのかな。いつか私も誰かと結婚して幸せな家庭を持てたらって憧れはある。まぁこんなに小さな村の中じゃ顔見知りしかいなくて素敵な恋とかできそうにない。

 あーあ。やっぱり王子様とか勇者様とか、裏の森に落ちてたりしないかな。ライナー様とはあの森でお会いしたんだし、二度あることは三度ある的な。


「そうだ。聖女様なら幽霊の子を助けてあげられないかしら?」

「幽霊に聖なる力って効くのかな」


 感覚的にはゴーストに近いから効果はありそうな気もするけど、見え方は精霊と一緒だしどうなんだろう。

 アスターおじ様に聞いたのはゴーストと戦った話でおばけを退治した話聞いたことない。

 でもまぁお婆ちゃんなら上手くやってくれそう。というかお婆ちゃんっておばけも見えるのかな? 精霊様が見えるんだから見えそうね。


 なんて考えてたら、バババッと鳥が飛び立つ音がした。驚いてそっちを見れば鳥が教会の屋根からどこかへお出かけしに行ったらしい。

 一瞬固まって、それから二人で顔を見合わせて笑い出す。


「なんだか皆ちょっと気にし過ぎじゃない?」

「そうね。気にしすぎかも」


 村の方に目を向ければ何人かがまとまってこちらに歩いて来るのが見える。村の人たちではないし、きっとライナー様たちだ。

 もしかしたらあの鳥はライナー様たちが来たのを教えてくれたのかもしれない。

 きっとそう。こんな昼間におばけが出るわけがないわ。全部気のせいよ。


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