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16.赤い実を摘む


 最近ヴァイオレットにあんまり会わない。

 別にそれ自体はなんの問題もないのよ。元より気分屋な奴で、私自身も毎日森に来ているわけじゃない。会わない日があったって何にもおかしくないわ。

 ただまぁ? アイツが絡んでこない時の森ってすごく静かで、変な感じだなって思うことがここしばらく何度かあった。いや、普通は一人しかいないなら静かであるべきなんだけど。


 前は森に入る度に寄って来たのに最近は姿を見せもしない時がある。

 先月の件があって遠慮してる? あの犬耳女に限ってそんなわけないか。いっつも気だるげでにやにや含み笑いして雑にからかってくるような奴よ? そんな気遣いするわけないじゃない。


 あいつがいない日が何度か続いて一応は心配してたのに、現れたと思ったら木の上で何かの動物みたいにだらけているヴァイオレットに呆れてため息が出た。心配するだけ損な気がしてきたわ。

 お気に入りの木の実がそろそろおいしく実ってる頃かとウキウキしながら森の中に来たのに、なんだかちょっと気分が落ちた。何でアイツのことでもやもやしなきゃいけないのかしら。

 そう言えば、いないならいないで静かでいいなって思い始めてたところだったわ。

 魔物はもういないしあれ以来、動物たちが騒いでもいない。だから当分は森の中を独り占め、みたいな気分だったのになぁ。


 持ってきた小さめのカゴを足元に置いて赤く熟れている実を物色する。今年は大きめの実がいっぱい生っていてうれしい。

 赤い実が少し柔らかく、完熟になっているのはあるかな。この実は甘くておいしいんだけど完熟のじゃないと渋みが強いから慎重に選ばないと。


「あんまり摘まみ食いばっかり食べていると太るよ」

「ヴァイオレットうるさい」


 どうしてこう人の気分が下がるようなことばっかり言ってくるのかしら。何がしたいのかよくわかんない。

 いや、本当にアイツって一体何なの? とりあえず人間ではないでしょ? 犬の耳が頭に生えている人間はいないし、かと言って魔物とも言い切れない。

 人の言葉を話す魔物って極一部のすごく位の高い種類だけらしいし。それも魔王とかその周りにいた魔物しか見たことないってお婆ちゃんも言ってた。

 見るたびに木の上でだらけてたり、私をからかうためにこっそり村までくるような奴が偉いわけがないわ。


 だから精霊様の一種なんて以ての外。教会の教えの中の精霊様は清く美しい心の持ち主で人々を見守ってくれる存在。怠惰で意地悪で何してるかわかんない奴が精霊様なわけがないわ。

 最初は私以外の前には現れない存在ってちょっとドキドキしたけど、別に心が躍るような経験じゃなかったわ。私のドキドキを返してほしい。


「その木は毛虫がいたから別の木を探しな」


 まぁ、アイツも悪い奴ではないのよね。


「ヴァイオレット、アンタ暇なの?」

「いいや? 今だってお転婆なお嬢さんを見守るので大忙しだ」

「頼んでない」


 よく言うわよ。木の上でだらけている癖に。どうせ退屈を紛らわせるためか、私の反応を見るために来てるんでしょ。

 やる気はなさそうに木の上で寝転がっている犬耳女を一睨みして木の実に向きなおる。その実を一つ取って口に放り込めば甘さとほんの少しの渋みが広がった。ジャムにしようか、スコーンに入れてもおいしいかもしれない。


 それにしても。アイツなんでこの森に住んでいるのかしら。

 まさか本当に悪いことして逃げてきた? だから人目に付かない様に森に隠れ住んでる? 私の前にしか姿を出さないのは何か意味があるとか? ……特別な意味はなさそうね。

 だってヴァイオレットだし。ただの気まぐれでしょ。理由を聞いてないし、わざわざ聞こうとも思わない。


「そういえば、村におばけが出るらしいわ」

「へぇ」


 かといって無視するなんか違う気がして最近村を沸かせている幽霊騒ぎについて話を振る。わかってはいたけど本当に興味なさそうね。

 ヴァイオレットの視点で何か変わったことがないか聞こうと思ったのに、この調子じゃ何かあっても気にしてなさそうね。


 別におばけ事態に興味があるわけじゃないわよ? でもおばけが見えたら精霊様も見える様になったりしないかなって。

 ああでも、案外ヴァイオレットもおばけみたいなものかも。

 神出鬼没で私の前にしか現れなくて、村の人に話したら私の方がおばけに化かされたんじゃないかって言われそう。


 でもヴァイオレットのことを話したら一瞬で皆に広がるだろうな。それを考えるとひっそり暮らしてるのを邪魔しちゃ悪い気もする。いくら会う度にからかってくる嫌な奴であってもよ。

 噂ぐらいしか娯楽のない村だもの。一人にしか話してなくても翌日には村中の人が知ってるって考えた方がいいわね。

 子供のおばけの話も皆知ってるし、何ならいつの間にか自分も見たとか言っている。果たしてこの中に本当におばけが見えた人は何人いるのかしら。


「子供の幽霊だって。何か知ってる?」

「さぁ?」


 欠伸してるし。私も村の皆と同じように噂に流されてる自覚はあるわよ? でもそんなものに流されてなきゃ退屈でしようがないの。

 村の外に出ればもうちょっと楽しいことがあるのかしら。

 なんとなく話題を掘り返し辛くなってるけど、この間アスターおじ様が言ってた私とお婆ちゃんを村から連れ出したいって話もう一度出来たりしないかな。


「人影を見たって人が結構いるんだけど、アンタ見つかった?」

「どうだろうねぇ」


 「今まで大丈夫だった」っていうのは絶対じゃないと身をもって知った。だから今まで見つからなかったといって、これからもヴァイオレットが森に隠れ住んでいるのがバレないとは限らない。

 おばけなんて普通の人にはほとんど見えないんだし、こそこそしているヴァイオレットを見て勘違いしたっていう方がとても現実的だと思う。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花ってやつよね。


 というか皆見てるのに私だけ見えないのは仲間外れみたいで寂しいしそう言うことにしておいて。

 はぁ、どうすれば普通は見えない物が見える様になるんだろ。やっぱり才能? どうやって鍛えたらいい? 


「幽霊を見たいの?」

「おばけが見える様になりたいっていうか何かしらの才能が欲しい」


 それを糧に村を飛び出して素敵な経験をたくさん積むのよ。そしたら今はどこかにいる王子様や勇者様も私を見つけてくれるかもしれないし。

 村の外に出て色んな物を見て心躍るような恋をするのを人生の目標としている私にとって現状は中々芳しくない。

 何故神様は私になんの才能も与えてくれなかったのか。せめてもうちょっとさぁ? これだけは誰にも負けない! みたいなのがあれば私もぐちぐち言わずに心穏やかに暮らせたと思うのよ。

 そうすればもう少し信心深く育っていたとも思うの。つまり私悪くない。神様の設計ミス。


「なんだいつもの発作か」

「発作って言うな」


 全く、嫌になっちゃう。ちょっと夢を語るとすぐにからかってくる人がいるんだから。

 ため息を一つ吐き出してそれなりに溜まったカゴの中を見下ろす。うん。楽しいこと考えよ。

 帰ったらこの実の下処理をして、ケーキに入れよう。前にアスターおじ様に教えてもらったような豪華なやつは無理だけどパウンドケーキくらいなら私にも一人で作れるし。


「帰る」

「そ。さよなら」


 一言ヴァイオレットに声をかけてカゴを拾う。一応忘れ物がないか確認して背を向けた。後ろから降ってきた声は味気なくて、アイツ結局最後までやる気なかったわね。

 森の中は日が落ちるのが早くてすぐ暗くなる。その前にはちゃんと家に帰らないと最近流行ってる噂みたいにおばけが襲ってくるかも? なんて。おばけ、見えたらいいなぁ。


 一人森の中をとぼとぼ歩きながら見慣れた森の中を調子よく突っ切って行く。

 木々の間に教会の裏口が見えかけた頃、不意に視界の端を何かが動いたような気がした。立ち止まって見てもそこに何もない。あるのは樹齢何年かのふとましい木とて低木ばかり。

 高さ的に人影の様にも見えた。でも村の人は森に入らない。だからヴァイオレットが悠々と不法滞在しているわけだし。

 野生動物か、まさかまた魔物? 暫く固まって周りを見渡すけど何も起こらなければ、風が木の葉を揺らす音しかしない。


 頭によぎるのは村の人が話している子供のおばけの話。……まさかねー。

 見えたらいいなとは言ったけど、別に怖い思いをしたいわけじゃないの。そうと決まれば最強の呪文を唱えてさっさと教会に帰ってしまおう。

 気のせい気のせい見間違いーっと。



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