14.騎士の報告
ライナー視点
人には合う、合わないがある。
それは相性の問題で別におかしなことではない。どれほど気を配ってもなんとなく上手くいかない相手もいれば、あれこれ構わずとも上手くいく相手だっているものだ。
俺の場合、同輩とはそれなりの関係を築けるがどういうわけか上司とは上手く付き合えずにいた。
色々考えて行動を示して来たがどうにもなりそうになかったので、最近ではそういう星に生まれたのだと諦観さえあった。
騎士としての階級が上がるにつれて、貴族の階級持ちも増えていくからどうしても階級の低い身分だと出世も遅く軽んじられやすい。
貴族階級と騎士階級は分けて考えてくれと言いたいところだが、声を上げたところで上に押しつぶされるのはわかり切っているし、改革に踏み出すほどの情熱も生憎持ち合わせていない。
俺としてはある程度自立した生活ができる程度に出世できればいいと考えて騎士の門を叩いたんだが、どうしてこうなったのやら。
しかしながら同期たちは上司たちと上手くやっているらしく、俺は要領もよくないので奴らには関心させられるばかりだ。
生真面目で頑固でわからずや。なんてつもりはないし、なんなら長い物には巻かれる方で表立って反抗する質ではないはずなのだが。まぁ、それでも多少の譲れないものはある。
……上司の覚えが悪い原因と言えば、それしかないんだよなぁ。
いつだったか連れていかれた酒場での一件。妹とほとんど合わらない年頃のお嬢さんへの下世話な発言だけはどうしても聞き流せなかった。
年が離れていることもあって妹は可愛い。他所から見れば俺はシスコンというやつなのかもしれない。なんと呼ばれようとかまわないが、あの一件以来、直属の上司との間に明らかな溝ができたのは確かだな。
そんな折に今の小隊への移動と昇進という名の厄介払いを受けた時は今後の人生設計に酷く悩んだが、一仕事終えてみてどうだ。
同期連中たちの反応は相変わらず同情交じりの激励。そりゃそうだろう。毎月王都を出て辺境の村まで行ったり来たり。移動だけで一週間近くかかり、かと言って任務内容は酷く単純で替えが効く。やりがいなんて感じられない仕事内容だ。
他部署とは違い、王都に帰ってくればまとまった休みは手に入るが、月の三分の一を移動に費やし片田舎に隠居している聖女、ソフィリア様に「変わりはないか」と聞きに行くだけの仕事。
俺だって他の奴がこの任に付いたら同情してる。
だからまぁ、奴らの反応は変わってない。変わったのは上司たちだ。
帰って来て以来何かが可笑しい。自分は忙しいという体でついでに迷いの森に住む精霊について調べて来いと言った転属先の上司が、大げさなまでに俺の報告を褒め称えている。
何なんだこの変化は。以前なら眉間に寄っていた眉を下げて俺を見ている上司に何とも言えない気分になる。
心が二つあるのか、それとも俺が知らぬ間に上司の中身が入れ替わってしまったか。非現実的な考えを頭に巡らせていたがいい加減目の前の上司に向き合おうか。
「改めて確認するが、精霊と遭遇したのは間違いないんだな」
「はい」
休み明けに呼び出されたと思ったら、そのことか。一応、嘘偽りなく報告はした。意図的に報告してないこともあるが。
姿形、話した内容、森を徘徊していたこと。聖女は前任の報告通り毎日精霊に会いに行っている。それらを報告した上で、自分にかけられた謎の加護について黙っているだけだ。
「兼ねてよりあの森には精霊が住むという話があったが、実際に精霊に遭遇したのは聖女をはじめとした勇者一行のみだ」
勇者、勇者か。聖女と共に魔王の討伐に至ったと言われるがそれも四十数年前だ。
十何年か前に彼の人が亡くなった時は国を挙げて盛大に送り出したのを子供の頃の記憶として覚えている。
その彼が会った精霊は、本当にあの森の精霊なのか。あの精霊にどれほどの力があるのだろうか。なぜ教会は他の精霊ではなくあの精霊に聖女を仕わせているのか。
知らない、報告されてないことが多いな。人のことは言えないが。
「精霊との交流が進み共生が進めば人々の暮らしはもっと豊かになるだろう」
熱に浮かされた様に雄弁に語る上司に妙な納得の仕方をする。彼の語る豊かな暮らしを教授するのは特権階級がメインだろう。
わかりやすくて非常に結構。好ましくはないがな。
「君には期待している。これからも人々と精霊の共生のために力を貸してくれ」
「尽力します」
恭しく頭を下げる。上っ面だけでもこう返すのがお約束だ。
好意的にはなれないが突っぱねる気にもなれないのは、目の前の男に間違いなく何かが起こっているから。
確かに、私腹を肥やしたい欲求もあるのだろう。だが、こういった言葉を向けてくるのはこの上司だけではない。どういうわけか他にも、今まで自分と馬の合わなかった上司との関係が急激に改善されつつある。
正直意味がわからない。
自分と相性の悪かった人間が手のひらを返したような反応をするのは、働きやすくなったとは思う反面逆にやりにくいし、ただ気持ち悪い。ここで運が向いて来たと楽観視出来ればまた事態も変わってきたのだろうが、そうとも取れない自分が恨めしい。
一礼して上司の執務室を出る。少し歩いたところで溜息が出た。
一か月前の彼らの様子を見せてやりたい。何がどうしてこうなった。いや、何がきっかけなのかはわかっている。
精霊について情報を持ち帰った。そこからだ。
精霊の存在は広く伝わっているが、実際に見た人間は限りなく少ない。秘匿されているというよりも見える人間自体が少ない。そこにどういうわけか俺が件の精霊と邂逅を果たしてしまった。
利用するだけして切り捨てられるくらいの扱いなら納得できるが、どうにもそういう雰囲気ではない。扱いが変わったのはありがたいが、これは明らかにおかしい。
正直、アレだよなぁ。自覚したのは精霊の情報を持ち帰って以降だが、原因と思わしき心当たりは一つ。
精霊に与えられた加護だ。無論持ち帰った情報が期待以上の物で手のひらを返した可能性もあるが、それにしたって心境の変化が急過ぎる。
加護とは何だったのか。何を与えられたのか。自分と同じものを与えられたらしいエリセは特に何も疑問に持たず暮らしていたが、本当に害はないのか。わからないことだらけだな。
久しぶりに歩く騎士団の詰め所は相変わらず石造りの無機質な印象で、遠くから聞こえる訓練の声が妙な熱気を持っている。あの声の一つとして生きていくつもりが、何やらおかしなことになり始めたぞ。
ぐだぐだと原因はわかっても対処法のわからない問題をこねくり回していると、柱の陰から見知った顔が出てきた。
「よう、辛気臭い顔してんな」
「放っておいてくれ」
そんなに酷い顔していたか? 多少げんなりしている自覚はあるが久々に会った同期に指摘される程度か。
軽口を言いつつ隣に並んだこいつは何も変わっていない。変わったのは上司。あるいは、俺の方だ。
一体俺は何をされたんだ? わかっているのは突然俺と馬が合わなかった人の態度が軟化したこと。それまでも仲が良かった連中にはなんの変化も見られないこと。
「まぁ王都と辺境を行ったり来たりだもんな、そんな顔にもなるわ」
「変わるか?」
「それは嫌」
こいつの反応から見た目が変わったわけではなさそうだ。
聖女なら精霊の加護についても何か知っているかもしれないが、彼女は隠しごと多い。なら先に攻略すべきは。そこまで考えてため息を吐く。
いつの間にか嫌な奴になったものだ。こういうのが上手くやるってことなのかね。
浮かんだ妹とさして変わらない年頃の少女に頭を抱える。
多分、押せば簡単に落ちるタイプの子なんだよな。都会への憧れに思春期の純粋さ。利用できる部分はいくらでもある。後はどれだけ俺が酷い奴に落ちれるかだ。
自分が嫌悪を感じた相手と同じようなことをしようとしている現状に嫌気が差す。
「まぁなんだ。話ぐらいは聞いてやるから頑張れよ」
吐き出したため息に何を勘違いしたのか同情の視線が向けられた。
同情するなら代わってくれ。多分今俺が抱えているこのなんとも言えない気持ち悪さは誰にも理解されないだろうがな。
いや、俺と同じ加護を受けたエリセならあるいは。……無いな。あの閑散とした村でのびのびと暮らしているあの子がそう人の悪意に晒されることなんてないだろうから、きっと彼女にも理解されない。
むしろ理解出来ないまま、純粋なお嬢さんでいてくれることを願うばかりだ。




