第六話
公園から出た後、しばらく歩いて駅前にたどり着いた。
僕はスマホの画面を見る。九時五十八分。十時集合だからギリギリセーフだ。
そう思って周囲を見渡す。あれ、てっきり誰かしら仲間がいるものだと思っていたんだけど、顔見知りはいなさそう……。
駅前を探索していると、突然後ろから声をかけられる。
「よっ、お前が陽也か?」
僕が振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
え、金髪で剃り上げが凄い。なんかいろんな所にタトゥーがあるし、ヤバそうな雰囲気がある。
僕は控え気味に「はい」と答える。
「やっぱりな。俺、荒井悠。お前と同じ超異人だから。よろしく」
「よろしくお願いします」
「敬語は要らないぜ。俺まだ十八だし」
「あ、そうなんだ」
僕の一個上だ。でも見た目が厳ついせいか、大人な雰囲気がある。
すると、悠は何かを思い出したかのようにポケットに手を入れて何かを取り出して僕に渡してくる。
「はい、これお土産」
「……饅頭?」
「おう、京都の方に旅行してたからな」
「へえ、楽しそうだね」
「楽しかったぜ。金閣寺とか見てきたし、茶道体験なんかもやったしな」
こんな厳つい人が茶道をやるのか。イメージがあまり出来ないな。
「一応集合時間には間に合ったと思うんだけど、時間は大丈夫?」
「ああ、全然大丈夫だ。もし陽也が遅れたら置いていくだけだし」
とりあえず大丈夫そうなら良かった。
ていうか、今日のこと何も分からないんだよな。
「今日って何をするの?」
「あ? 聞いてないのか?」
優の言葉にこくりと頷く。
「殺しの依頼だ」
「え、殺し?」
「おう。ていうか、依頼も初めてなんじゃねえか?」
「うん。色んな依頼を受ける事になるとは聞いてたけど、これが初めてかな」
「じゃあ何とかして俺に付いてこいよ。俺って結構自己中らしいからよ、陽也の事忘れちまうかも」
「頑張るよ」
「よし、よく言った」
すると悠は突然僕の腰に左腕を回してがっしりと体を抱えた。
え、急に何? どういう事?
「舌を噛まないようにしろよ~」
「それってどういう……?」
状況が分からずに混乱していると、突然バチンと電流が走ったような音が聞こえる。次の瞬間、浮遊感と共に全身に突風が吹き荒れる。
「う゛わぁぁぁぁっっ!?!?」
違うこれ!! 突風が吹いてるんじゃ無い!! 僕がとんでもない早さで移動してるんだ!!
気づけば僕は悠に抱えられたまま空を飛んでいた。
「何がっ、起こってっ!?」
「どうよ、空気が気持ちいいだろ?」
「えっ!? まあ気持ちいい、のかな!? よく分かんない!!」
そう思ってふと下を見ると、視界に街の景色が広がっていた。凄っ、何だか鳥になった気分だ。
「よっしゃ、このまま目的地まで行くぜ!!」
そう言って悠は一度民家の屋根に着地すると、電気のような音が走り、再び全身に空気抵抗を感じる。
これヤバい!! 下手なジェットコースターより速い!! 多分顔が凄いことになってる!!
しばらくして目的地に着いたのか、地面に降ろされると僕は地面に座り込んだ。
とんでもなかった。まさか突然あんなことになるとは……。
すると悠はニヤニヤしながら口を開く。
「陽也、お前車酔いとか全くしねえだろ?」
「え? まああまり酔わないかな。急に何?」
「俺の移動を経験した奴らは大体その辺で吐くんだぜ。黒の棺で吐かなかったのは泰三さんくらいだな」
「だいぶぐったりしてるけどね……」
ていうか皆これの犠牲になっているのか……これで吐かないとは、さすが泰三さんと言ったところか。
少し休んで楽になり、僕は立ち上がる。
「お、もう大丈夫か?」
「まあね」
「じゃあこっからは歩いて行くぞ」
悠はそう言って歩き出し、僕もそれに付いていく。
「あ、そう言えば陽也の異能って何なんだ?」
「痛みが鈍くなる能力だと思う」
僕がそう答えると悠は目を薄くして僕の肩に手を乗せる
「なんて言うか……ドンマイ」
あ、これって同情された?
「えっと、悠の異能はどういうの?」
「俺の能力はまあ、簡単に言えばめっちゃ早くなる、それだけだ」
「凄い能力だね」
「おう、これがまた便利でな、交通費なしで旅行にも行けるんだぜ。京都に行くときも電車とか使わなかったからな」
え、いいなそれ。僕もそういう便利な異能が欲しかった。
……まあ今更そう思ったってどうしようもないんだけど。
「それで、今はどこに向かってるの?」
「雑貨店だ」
その言葉に僕がきょとんとしていると、悠は続ける。
「ターゲットの人間は雑貨店を回るのが趣味らしい。そこを狙う」
「へえ、そのターゲットはどんな人なの?」
「三十代の男、サラリーマンだ。痩せ気味で眼鏡をかけているらしい」
「そうなんだ。じゃあその人が何か悪いことをしたってこと?」
「さあ?」
悠は片手をひらひらと上げながら言った。
「え、そのあたりも把握した方がいいんじゃ?」
「いや、必要ねえ。俺達はただ依頼通りに動くだけだ。ターゲットが今まで何をしたかなんて気にしなくて良いんだ」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんだ」
初めての依頼だからか、やっぱり考え方に違いがある気がする。これから自分も一人で依頼を受けるかも知れないし、色々と学んでおかないとな。あ、いつか後輩みたいな感じで新人が入る可能性があるのかな。そうなると僕が何かを教えることもありそうだ。う~ん、僕が先輩になる可能性があるのか。それはちょっと面倒だな。
そんなことを考えながらひたすら道を歩く。
土曜ということもあってか、人通りはそこそこある。こんなところで人が殺せるのだろうか。
「よし、あの店だ」
そう言って悠はとある店を指さす。
「情報によると、あの雑貨店によく訪れるらしい。そこを狙うぞ」
「えっと、どうやって殺すの?」
「そこは俺に任せとけ。俺のスピードがあれば一瞬で終わる」
とりあえず僕達は店の近くでターゲットが来るのを待つ。特に隠れることもしない。
「ねえ、こんな堂々としてていいの? 暗殺って隠れてやるイメージじゃない?」
「まあ大丈夫だって。人目とか気にしてるのか?」
「そりゃまあ、そうだけど……」
僕は周囲をキョロキョロと見渡しながら言う。
「あのな、極端に気にする必要はねえ。実際の所、警察とかも俺達に手を出しにくいからな」
「そうなの?」
「超異人は警察内ではいわゆるタブーなんだぜ。それにここら辺の警察は竜一郎が根回しをしてるからな。まあ俺らに触れないのも当然だよな。警察ごときが俺達にそう簡単に勝てねえだろうし」
「へ、へえ」
「まあ大量に人が死んだりしたら警察も動かざるを得ないだろうが、そう簡単に捕まらないって事だ」
悠は今にも口笛を吹きそうな程余裕そうな表情だ。
実際、異能が強力な人はそうなのだろう。僕は警察にあっさり捕まりそうだけど……一応気をつけておこう。
すると悠が訝しげな顔をしながら口を開く。
「なあ、お前って少し変じゃねえか?」
「え、そうかな?」
「人が死ぬ現場を見たことはねえだろ?」
「そうだね」
「あのな、普通は初めて人を殺すってなったら多少でも躊躇いってもんが出るんだよ。お前の表情からはそういうのを全く感じねえ。それとも感情を隠していて、実際に死体を見たら何かを感じるのか?」
何これ、もしかして僕、怪しまれてる? ちゃんと考えて答えないと。
「う~ん……人が死ぬだけでしょ? 皆いつかは死んじゃうわけだし、あまり何かを感じることはないかな」
そう答えると悠は突然笑い出す。
「ははっ! 陽也はただのサイコパスだったか! そりゃあこんな組織に入るわけだ!」
何か前にも誰かにそう言われた気がするな。あまり自覚はないんだけど、僕ってサイコパスなんだ……。
まあ別に何でも良いか。自分の性格が不便だと思った事なんてないし。
そうこうしていると、雑貨店に一人の男が入っていくのが見えた。
その男は細身で、眼鏡をかけていた。
「あれって……」
「ターゲットが来たようだな。あいつで間違いない。よっしゃ、あいつが店を出たところをやるか」
悠はそう言って首や肩を回し始める。
準備運動ってことだろうか。
しばらくしても標的の男は中々店から出て来ず、悠は腕を組んで人きしりに右手の人差し指を自身の腕に打ち付ける。
「結構長えなあいつ。さっさと出てこいよ」
「そうだね、遅いよね。一体いつまで待てばいいんだろう」
知らない人の声が聞こえ、僕と悠は声のした方向に振り向く。
そこには白髪のキリッとした男性が立っていた。
左目の眼帯がやけに目に付く。
「何だお前? 見たことない顔だな」
「まあそうだろうね。僕も初めましてだもん」
そう言って男はこちらに歩み寄り、悠の隣で立ち止まる。
え、凄く怪しいんだけど。
「何だその服。水玉模様か? 随分とだせえな」
確かに、突然話しかけてきた相手は見たことのないような奇抜な服を着ている。
「これはファッションなんだけど、分からない?」
「知らねえよ。俺に何か用か?」
「うん、まあそんなところ。君達さ、しばらくここにいるけど、ある人を待ってるんだよね?」
「だからどうした。お前に関係ないだろ」
「いやあ、それが関係あるんだよねえ」
そう言うと男は平然とした様子で懐に手を入れる。
カチャリと音を立てて男は拳銃を取り出し、銃口を悠の頭に向けた。
「ばいばい」
次の瞬間、もの凄い騒音が周囲を包む。
あまりの音に僕は耳を塞いで目を瞑ってしまう。
目を開くとそこには白髪の男と五メートルほど移動した悠の姿があった。
嗅ぎ慣れない火薬の匂いが漂ってくる。唐突な出来事で頭が追いつかない。
僕が呆然としていると悠が鋭い目つきで男に対して口を開く。
「お前……白の誠実だな?」
「うん、そうだよ」
え、嘘でしょ? 敵なの? 何でここに敵が? ていうか僕はどうすれば良いの?
「えっと、悠? 僕はどうしたら……」
「うるせえ。俺の邪魔をするな」
あ、何を言っても駄目そうな感じがする。
その時、雑貨店から店主らしき人が出てきた。
「おいっ!! 何が起こって、え?」
店主らしき人は白髪の男の拳銃を見るなり、目を皿にしてその場に立ち尽くした。
白髪の男はその人を見るなり「危ないから遠くに行っててね」と言う。店主らしき人はうんうんと頷き、その場を離れていった。
あ、ターゲットもその人と一緒に逃げちゃった。依頼が失敗になっちゃう。
そう思って悠を見ると、悠は口角を釣り上げて不気味に笑っていた。
「お前は誰だ? 当然水の女じゃないだろうし、透明野郎でも、最近入った新人でもなさそうだな。とすると……銃の野郎か?」
「よく知ってるね。その通り、僕が君の言う銃の野郎だよ。でも僕は章って名前があるんだ。ちゃんと覚えてね、いや、覚える必要はないか?」
「ああ、その通りだ。ここでお前は死ぬからな!!」
その瞬間、バチンと鋭い音が鳴り、僕は察する。悠の異能だ。
気づけば悠は白髪の男ーー章の腹に拳をめり込ませていた。
「ぐっ!?」
章はその場に崩れ落ちる。
その隙を見逃さず、悠がすかさず蹴りを入れると章は何度も地面を転がる。
「何だお前、思ったより弱いな。その程度で俺の命を狙ってたのか?」
悠は地面に倒れる章を見下しながら言う。
章がゆっくり立ち上がるのを悠は何もせずに見つめる。
「ああ、凄く痛いな。まあでも君の異能は何となく分かったよ。大方、凄く早くなれるとか、そんなところかな」
そう言うと章はもう一丁の拳銃を取り出す。
え、どうしよう。このままじゃ僕も巻き込まれそうなんだけど。こんな戦いに僕がついて行けるわけがない。
慌てて僕は急いで離れて物陰に隠れ、少しだけ頭を出してじっと見続ける。
すると、章が次々と拳銃を発砲し始める。
それを悠はとんでもないスピードでその弾を避ける。
「おいおい、そんなんじゃいつまで経っても俺を仕留められないぞ?」
「それはどうだろうね」
そこで僕は違和感に気づく。
あれ、さっき打った弾が空中に浮いている。何かヤバそう。
次の瞬間、弾が一斉に悠に向かって飛んでいく。
「うぉっ!?」
ギリギリで気づいた悠は辛うじて弾を避けるが、小さな傷を全身に作ってしまう。
「それも避けるんだ。今ので仕留めたかったんだけど」
「ははっ、いい……いい!! おい、まだまだ足りないぞ!! もっと俺を楽しませてくれよ!!」
「うわあ、君、頭結構ぶっ飛んでる? いいよ、もっとやろうか」
うわあ、色々と凄いな。完全にファンタジーの世界だ。ていうか悠って結構戦闘狂みたいな感じなんだ。
その時だった。別の方向から足音が聞こえてそちらに視線を送ると、こちらに向かって走ってくる一人の男がいた。
「おいっ、お前!! 陽也だろ!? こんなところで何やってんだ!?」
「え、颯真?」
確か彼はさくらさんに勧誘されて白の誠実に入ったんだっけ。
颯真は僕のそばまで近づき、焦った様子で僕をせかす。
「あれが見えないのか!? こんなところにいたら巻き込まれるぞ!!」
何を言って……あ、そうだ。彼、僕が黒の棺に所属していることを知らないんだった。
「君はどうするの?」
「どうするってそりゃあ、俺も加勢する。あの白髪の人、俺の仲間なんだ」
嘘でしょ、よくあれに乱入しようと思うなあ。僕があそこに向かったらぐちゃぐちゃになって終わりそう……。
「さっさと逃げた方が良いぞ」
そう言い残し、颯真は戦いが起こっている方向に走っていく。
自分の方に向かっていることに気づいた章は鋭い言葉を颯真に向ける。
「こっちに来るな!! 死ぬよ!!」
「でもっ!! 章さんを見捨てられません!!」
「くっ!!」
章は苦虫をかみつぶしたような顔になる。
すると、突然悠の動きが止まった。唐突の出来事に二人の攻防は一旦止み、悠が颯真を睨み付ける。
「てめえ、邪魔すんな」
次の瞬間、とてつもない早さで悠が颯真の側まで移動したかと思えば、颯真の腹を思い切り蹴飛ばす。
突然の出来事に颯真は反応せず、そのまま吹っ飛んだように地面を転がり、苦しげにその場でうずくまる。
「陽也あぁぁっっ!!」
悠の叫び声に反応し、僕は物陰から姿を見せる。
僕の姿を見た悠は僕を指さして口を開いた。
「その雑魚邪魔だからお前が何とかしろ!!」
え、何とかって、そんな急な……。第一、今までまともに人と戦った事なんてない。ましてや相手は超異人だ。異能だけで考えれば僕なんてただの一般人と同じだし、勝てるわけがない。
……まあでも、いわゆる先輩の指示だし、ここはしっかりと従っておこう。
すると颯真は苦しそうに腹を押さえながら立ち上がる。
「大丈夫……油断しただけだ……異能を使えば……きっと役に立てる……」
颯真が独り言のように呟き、再び悠と章の戦いに向かおうとするので、颯真の進む道に割り込む形で立ちふさがる。
「……何をしている? 危ないから避難した方が良い」
「えっと、言ってなかったことがあるんだけど……僕さ、一応君の敵なんだよね」
「……え?」
颯真がどこか間の抜けた表情になる。
「まさか、陽也……」
「僕は今戦っているあの金髪の仲間なんだよね。まあつまり、"黒の棺ブラック・カスケット"のメンバーって事。まあ入ったのは最近だけど」
「そんな、同級生が敵だなんて……」
戸惑った様子で颯真は言葉を続ける。
「俺は陽也とは戦いたくない。だから頼む、そこをどけてくれ」
「え、無理だけど? それにさ、あそこに行っても多分邪魔になるだけじゃない? 勝手な見解だけど、多分異能もあまり使えないでしょ?」
「陽也は俺の力を知っているのか?」
あ、これじゃあ僕が颯真の過去の戦いをのぞき見していたことがバレてしまう。まあそうなっても良いんだけど。
こうしている間も拳銃の発砲音が次々と耳に入ってくる。正直今すぐここから離れたいんだけど……。
すると颯真は膝を曲げ、前傾姿勢を取る。
「すまん、俺、まだあまり手加減が出来ないんだ」
その時、全身に衝撃が走った。気づけば僕は路地裏まで飛ばされ、地面に突っ伏していた。
今何が起きた!? 全身が痛い。路地裏まで吹っ飛ばされたのか?
「悪く思わないでくれ」
颯真の声が聞こえてくる。
多分颯真の異能でやられたんだ。何だかどことなく悠の異能と似ている気がする。どっちの方が強いんだろう?
そんなことを考えながら僕は立ち上がる。
颯真と目が合い、颯真が僅かに眉を顰める。
「まだ立てるのか……でもあまり無理はしない方が良い」
「いや、でも、仲間に任されちゃったから。颯真の相手をしろって」
「そっか……多分、次は骨とかが折れるかも……すまん」
そう言って颯真は再び前傾姿勢を取る。
僕はすかさず懐から一丁の拳銃を取り出し、颯真に向けて発砲する。
路地裏ということもあってか、やけに発砲音が反響して耳に響く。火薬の匂いが直に伝わる。
前に貰った拳銃を持ってきて良かった。拳銃ってこんな感じなんだ。結構衝撃があるし、注意しないと。
颯真の方を見ると、颯真は左肩を押さえながらその場にうずくまっており、その左肩からは流れるように血が滴っていた。
心臓を狙ったつもりなんだけど……まあ初めてだし、当たっただけ御の字かな。
「陽也……お前、本気なのか?」
「何が?」
「……本気で俺を殺そうとしてる。君にはそれだけの覚悟があるって事か……」
颯真は「俺は……まだ……」と独り言のように呟く。
彼の言葉を聞いて僕は首を傾げる。
覚悟とか考えたことなかったな。それって必要なのか?
……多分必要か、普通の人なら。
拳銃を実際に撃ってなんとなく分かった。僕は普通じゃない。よく映画とか漫画では人を殺すことを躊躇ったりする。僕はそういう場面にどこか違和感を覚えていたけど、もしかしたら実際に同じ状況になったときはそういう気持ちになるのかなと思っていた。
でも、違かった。感情の変化なんてあまりない。今こうして銃口を颯真に向けているけど、躊躇いとかは特にない。
「じゃあね、颯真」
そう言って引き金を引く。それと同時に自身に衝撃が走り、そのまま僕は壁に叩きつけられる。
苦しい、上手く息が出来ない。やられた。颯真が傷を負ってうずくまってたけど、再び攻撃をする準備をしていたんだ。このままじゃ自分が殺される。
しかし、追撃はない。気づけば、颯真も地面に倒れていた。左肩、そして腹部から血を流しながら。
僕が撃った弾がお腹に当たったんだ。多分、颯真はもう動けない。恐らくこのまま時間が経てば多量出血で死ぬだろう。でも、油断はしない。
僕は全身に痛みを感じながら立ち上がる。
多分異能がなければ立つことも出来ないんだろうな。初めて異能が役に立った気がする。
そう考えながら近くに落ちている自分の拳銃を拾い、再び銃口を颯真に向ける。
颯真の息はかなり荒い。気づけば颯真が倒れている地面には小さな血の池が出来ていた。
狙うなら心臓かな? 頭でも良い気がする。どっちが良いんだろう?
多少思案をし、心臓を撃つことに決める。
「今度こそ終わりだね」
そう呟いて引き金を引こうとしたとき、右腕に衝撃を受け、激しい痛みを感じて思わず拳銃を手放してしまう。
「ぐっ!?」
右腕から大量の血が流れている。
何だこれ? 何が起こって……。
そう思って右を見る。視線の先は悠と章が戦っているであろう通りが続いている。
そこで僕は気づく。空中に銃弾が浮いていることに。
あの光景はさっき見た。敵の異能だ。
どうやってこちらに攻撃をしたんだ? ていうかまた攻撃してくるんじゃ?
その時、正面からこちらに走ってくる人影が現れる。敵だ。
僕は急いで地面に落ちた拳銃を左手で拾おうとするが、空中にある弾がこちらに飛び、慌ててそれを避ける。
気づけば敵は虫の息になった颯真を背負い、路地裏の奥へと走って行った。
続いて悠が現れる。
全身に小さな傷を負っているが、そこまで息は上がっていないように感じる。
「あの銃野郎はどこだっ!!」
「奥に逃げていったよ」
「あんにゃろっ、決着の前に逃げやがって!! 絶対に俺が殺す!!」
そのまま悠は路地裏の奥へと向かっていった。
……あ、僕は放置なんだ。いや、別に良いんだけど。右腕が熱くて全身が痛むけど、動けなくはない。
病院に行けば……いや、駄目か。多分右腕に弾が入ってるし、怪我の言い訳が出来ない気がする。そうなると、とりあえずアジトに向かえばいいのかな?
そう思い、なるべく血の流れる右腕を押さえながら歩き出す。血は地面に滴っているが、どうしようもない。
近くの駅から電車に乗ってアジトへ向かう。
途中、血を流しているところを色んな人に結構見られてたけど大丈夫かな?