5.幻獣フェンリル
獣より獰猛で、人よりも聡明。
人智を超えた存在。
神の化身と呼ばれるもの、『幻獣』
あまりにも希少な存在で、会えた者はその幸運さから一生の幸福が確約されると言われるほどだ。
その幻獣が、今、カイの目の前にいる。
見た目は狼のような、真っ白な毛並が輝く幻獣が四本足で佇んでいる。
「は、はぁぁぁあああ!?」
ようやくカイが驚きの大声をあげると、その声に驚いたサフィアが小さな悲鳴を上げて振り向いた。
「ど、どうしたの!?」
「ちょっ!えっ!?いや!え!?」
言葉にならない声を上げて目を白黒させるカイを他所に、幻獣を目にしたサフィアは嬉しそうに飛び上がる。
「あ、ガウくん久しぶりだね!」
「わっふ!」
サフィアは幻獣を随分と可愛らしい名前で呼んだ。その呼び声に応えるように、幻獣はこれまた随分と可愛らしい鳴き声を返す。まるで犬のようだ。
そのままサフィアは幻獣の首に腕を回して抱きつくと、その体を優しく撫で始めた。そして、幻獣はやはり犬のように振り切れんばかりに尻尾を振っている。
「この子はね、たまに遊びに来てくれる狼のガウくんだよ。すっごく賢くて良い子なの。薪拾いとか手伝ってくれるし、山に生えてるキノコに毒があるかどうかも教えてくれるの」
カイは驚きでまたも言葉を失った。
サフィアは幻獣を狼と勘違いしている。しかも手懐けている。神の化身を。
治癒術のような力を持ち、精霊の加護を受け、幻獣を手懐けるサフィアは、一体何者なのか。
呆然とサフィアの様子を見つめていると、幻獣の目がスッとカイを捉えた。
ーーーこの子には何も言うな、黒曜の君。
すっと頭の中に響く、厳かな声。
(幻獣、フェンリル……)
カイはその荘厳なオーラに固唾を飲んだ。
「ガウくん、この人はカイだよ。怪我して倒れていたから、うちで休んでもらっているの」
「わふっ」
幻獣が、カイの頭の中に直接語り掛けてきているとは思いもしないだろう。何も知らないサフィアは幻獣フェンリルへ和やかに話しかけている。
ーーー難儀な呪いだな。
フェンリルの言葉に、カイは目を伏せた。
視界に入る、忌々しい黒い鱗の肌。
そう、この肌は呪いだ。
強い憎しみを込められた、呪い。
ずっと嫌いで、苦しかった。今だって己を苦しめている。
『きらきらしてて、夜空みたいで綺麗ね』
しかし、サフィアと初めて会った時、サフィアがくれた言葉が蘇る。
ふと顔を上げると、サフィアと目が合った。
ふわりと微笑んだサフィアの瞳の柔らかさに、手のひらの鱗がひとひら剥がれ落ちた。