4.不思議な力
カイが目を覚ました翌日、青空が澄み渡っていた。
「サフィアって治癒術師なのか?」
洗濯物を干すサフィアの横で、洗濯籠を持ったカイがずっと疑問に思っていたことを口にする。
サフィアに助けられたあの日、サフィアには伝えてはいないが実は瀕死の重症だった。おそらく町医者なら匙を投げただろう。
指一本動かすのも困難なほどだった怪我が、たった二日で外に出て洗濯の手伝いができるほどまで回復するなど、奇跡の力と呼ばれる治癒術以外考えられない。
「違うよ」
しかし、サフィアの返事は否定だった。
「あの傷を一日でここまで治すなんて、治癒術以外あり得ないだろ」
「私、治癒術なんて凄い技使えないよ。早く良くなりますようにって、沢山お願いしただけ」
機嫌良さそうにシーツを干していくサフィアと対照的に、カイの表情は怪訝なもの変わっていく。
「……誰にお願いするんだ?」
「神様かなぁ」
あっけらかんと答えるサフィアは、嘘をついているようには見えない。これ以上は聞いても分からないままだろうと、カイは話題を変えた。
「サフィアはここに一人で住んでいるのか?使用人は?」
「使用人はいないよ。雇うお金が無いもの。お父様もお母様も、今は山へ篭って猪狩りに行ってるから暫く帰ってこないの」
「猪狩り……」
貴族って猪狩りをするものなのか。
その疑問は、どこか寂しそうなサフィアの様子から口にすることは無かった。
ところどころ壊れた屋敷や、つぎはぎだらけのワンピースを着ているサフィアの様子から、貴族ながらお金が無いのだろうなとカイは思っていた。
しかし、サフィアのハチミツ色の長い髪は、美しく艶がある。
痩せ細っているわけではないし、肌も張りがあるため質素な暮らしをしているようには見えない。
ふと、広い庭に広がる野菜畑に目をやる。
もっさりと瑞々しい葉を付けた野菜たちが並んでいる。大豊作だろう。
土壌か水か、はたまたどちらもか。精霊の加護がついていなければこれほどの豊作にはならないだろう。
(もしかしたら、俺の求める力がここにはあるのかもしれない)
カイはそっと、黒い鱗で覆われた拳を握り締める。
ーーーその時。
ガサガサッと、木の陰から何か大きな獣が姿を現した。
一メートルは超えた大きな体に、三角の大きな耳、雪のように白いふさふさとした体毛、そして口から覗く鋭い牙。
その姿をはっきりと認識した瞬間、カイは驚きで呼吸が止まった。