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3.優しい時間

ベッドの側に腰掛けて、破れたマントをひと針ひと針丁寧に縫い合わせていく。

今朝見た時は、昨日あった傷は殆ど治っていた。信仰心が深いのだろうか。だから自己治癒力が強いのかもしれない、とサフィアは予想した。

寝息も穏やかで、きっともうすぐ目を覚ますだろう。そんな予感を胸に手を動していると、少し苦しそうな声が微かに聞こえた。

手を止めて昨日からずっと眠り続けていた男の顔をじっと見つめる。すると、閉じられていた瞼がふるりと震えて、やがて澄み渡る空を模したような青い瞳が姿を現した。


「こんにちは。具合はどう?」


ゆっくりとした瞬きを何度か繰り返す青い瞳にそっと声を掛ける。男は少し首を動かしてサフィアの顔をぼんやり見つめ返した。まだ思考が鈍っているのだろう。


「覚えてる?あなた、うちの小屋の前で倒れてたの」


ゆっくりと安心させるように話し掛けたが、男は目を細めて眉を顰めた。


「……何が狙いだ?」


少し掠れた、硬い声が薄く開いた男の口から溢れる。明らかにサフィアを警戒している様子だ。


「なにがねらいだ?」


サフィアは質問の意味が分からず、男の言葉を繰り返して首を傾げる。男の言う狙いとは何か。


「ねらい……」


本当に意味が分からない。倒れていたから助けただけなのに、狙いはと聞かれるなんて。助けたかった、が答えになるのだろうか。


サフィアは一生懸命考えて、考えて、考えて。


「狙いかどうかは分からないけど、あなたが目を覚ましたらお喋りしたいな、とは思ってたよ」


刺すような視線を戸惑いがち見つめ返して伝えると、男は目を丸くして気の抜けたように口をポカンと開けた。


「お喋り……」


サフィアの言葉を小さく復唱して暫く黙り込んだかと思うと、笑いを我慢するようにクツクツと肩を揺らしだした。しかし、全く我慢出来ていない。ベッドに横たわりながら腹を抱えている。


「人のこと笑うなんて、失礼ね」


サフィアがぷくりと頬を膨らませると今度は声を上げて笑い出し、それから少し辛そうにしながらゆっくりと身体を起こした。サフィアが慌てて背中を支えると、男は頬を綻ばせて「ありがとう」と呟いた。初めてみる柔らかな表情に、サフィアの胸の奥が温かくなる。


「悪かった。命を狙われることはあっても、助けられるってのは滅多に無いもんでね。疑っちまった」


「命を狙われることだって滅多に無いと思うけど……」


「この見た目だろ。化け物扱いされて石投げつけられたり良くあるんだよ」


「化け物だなんて……。ひどい、こんなに綺麗なのに」


笑いながら話すには随分と悲惨な発言に、サフィアは胸を痛めた。あの傷も、迫害を受けたからだったのだろうか。

慰るように、そっと頬に手を伸ばす。黒い鱗に覆われた肌はひんやりと冷たい。


「綺麗って……」


サフィアの予想外の言動に、男は目を見開き固まった。こんな風に触れられたのは初めてだった。


「きらきらしてて、夜空みたい。昼に見る夜空って不思議で素敵だよ」

「よ、夜空……」


真っ直ぐな、忖度ない称賛の言葉は喜びを通り越して恥ずかしくなる。男の頭からは湯気が上がりそうだ。しかし、サフィアは至って真剣なので男の様子には気付かない。


「まるでキラキラの黒曜石みたいで……、あ!」


素直に感じたままを言葉にしていたサフィアが突然大声を上げて立ち上がり、前掛けのポケットに手を入れて何かを探し始めた。称賛の嵐が止み、こっそりと安堵のため息を漏らした男の目の前に差し出されたのは黒く輝くブローチだった。


「これ、あなたのだよね?ここに運んだ時に落ちちゃったみたい」

「……ああ。ありがとう」


サフィアからブローチを受け取ると男はそっとブローチを握りしめる。あからさまに表情を曇らせ、そのまま俯いた。


「名前、教えてほしいな」


穏やかな春の日差しのような声に顔を上げると、サフィアは優しく微笑んでいる。その笑顔と雰囲気に、男は肩に入っていた力が抜けていくのを感じた。


「か……」


「……か?」


「かい……」


「……かい?」


「あー、うん。それそれ。カイ。俺の名前はカイ」


名前を教えるにしては随分と時間をかけて、男は自らをカイと名乗った。名乗ったというか、それでいいやという適当な態度だ。


「字名は?」


「こんな化け物に字名なんかあるわけないだろ」


「なっ!?化け物じゃないでしょ!」


そうして、カイの卑屈な言葉にサフィアはいかにカイの姿が美しいかを再び熱弁し始める。


これまで静かだった寝室から、二人の話し声が暫く溢れていた。

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