さすがにやばい気がするんだが。
辺境伯の屋敷を出て、北に馬車せ十数キロ。鬱蒼と茂っていた森を抜ければ、青々とした葉を伸ばす麦畑が広がる。気温は割と暖かく、ポカポカとした陽気が降り注ぐ。
一見すれば、平和そのもの。しかし、ここから数キロ進めば最前線の戦場があるというのだから驚きだ。とはいえ、一切の戦闘経験のない僕が即戦力として送り込まれるぐらいだ。行ってみれば、割と優しいものかもしれない。
しかし、本当にここはどこなのだろうか。カルターに教えられたことから合わせて考えれば、やはり少なくとも元居た世界とは異なるのだろう。だとすれば、僕は死後この世界に転生したということになる。
ありふれた物語の、ありふれた設定として使いつぶされた、『異世界転生』という現象。そんな物の中に巻き込まれたというわけだ。
だとするならば、森の中で手から発射された謎の熱波にも説明がつく。異世界転生にお決まりのチート能力というやつだろう。僕とて男の子である。誰しも一度は夢見る、『異世界転生してチート能力でモテモテハーレム!』なんて言う俗っぽいライトノベルを読み漁った時期もあった。尤も、時間が経つにつれてだんだんと関心がなくなっていったが。
もしかしたら、カルターが僕のことを『即戦力』として送り込んだのは、そこに真意があったりするのかもしれない。だとしたら、大したものだ。
ともあれ、平和な旅路である。あと少しで戦場に放り込まれる身でありながら、しみじみとそう思う。なにせ、こんなにものどかな景色が広がって、ゆったりと思考を巡らせることができるのだから。
ふと、元の世界に帰れるのだろうか、なんて考えがよぎったりもした。人付き合いは苦手だったし、周りの人々には蔑まれていたし。はっきり言っていい思い出なんて物はほぼないが、それでも好きなものはあったし、思い入れもあるというのが本音。
まぁ、あの世界の自分の体は死んでしまっているのだが。
そこまで考えて、また窓の外に視線を飛ばす。だんだん、地平線の向こうで黒煙が立ち昇るようになってきた。戦場に近づいている。
果たして僕は、この世界で生き残ることができるのだろうか。魔人だなんて恐ろしい種族もいるし、魔物らしき生物とも遭遇した。そんな中戦闘に放り込まれたとて、役に立てるだろうか。戦闘経験はおろか、喧嘩は連敗記録を塗り替え中だったから、もしかしたら囮ぐらいにはなれるかもしれない。
とりあえず。やれることを全力で、やれるだけやろう。この世界に、僕を知る者はいない。人間関係も、過去のやらかしも。全部リセットしてイチからスタートだ。
だとすると、異世界転生も存外に悪いものでもないかもしれない。
やっと思考がまとまってきた頃、車体がガタリと揺れた。戦地に近づくにつれ、道も荒れ始めているのだろうか。揺れも酷くなっている。
車体が空を舞い、体が外に投げ出される。
「転生者の青年だな。ご同行願えるか?」
失念していたのだ。既に戦いは始まっているということを。そして、僕はそんな痛恨の凡ミスによって、この世界にきて何度目かのピンチに襲われることになるのであった。