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9.ご武運を

 部屋に戻ると、寝間着に着替えてベッドに潜り込む。疲れた。凄く緊張した。上手くいってよかったわ。 


「おやすみ、キーラ」


「おやすみなさいませ、サブリナ様」


 本当に疲れた。この一日でイベントが起こり過ぎ。いえ、起こし過ぎたわ。昨日までとは違うシーツの香りに凄く落ち着かないけど、瞼がすごく重い。アザレア様たちは大丈夫かしら?明日、お見送りしないと。あぁ、明日からも頑張らないと。



「何でサブリナは処刑されたんだろう?」


 莉奈だ。テレビの画面の向こうで、コミカライズの新刊を手に入れて、自分の部屋のベッドで腹ばいに寝転がって読んでいる。お行儀が悪いわね。でも、この世界では普通みたい。莉奈のお母様は、彼女のこんな姿を見ても怒らないもの。莉奈はベッドサイドに置いていた、茶色くてつぶつぶした泡の立っている飲み物を口運んでいた。


「ふぅ、美味しい!アザレアは救われたのになぁ。処刑はインパクトがあるから?」


 ごろりと莉奈は寝返りをうつと、本のページをペラペラと捲って、フフッと笑った。


「ルークス様、格好良い〜!でも、そろそろ浄化の旅も終わっちゃうな〜」


 残念そうに呟いてページを捲る莉奈の真剣な眼差し。全力で好きと体現する彼女は魅力的だ。私も、誰かをこんなふうに好きになれたらいのいにね。家族のことは好きだが、異性を好きという気持ちはよく分からない。

 ルークス様への感情は、莉奈のいう推しに似ていると思う。自分の感情じゃないみたいに、体に電流が流れたみたいに感じるし、心拍数が上がって息が苦しくなる。でも、彼と手を繫ぎたいとか、一緒に出かけたいとか、そういった感情はない。眺めているだけで満足なの。莉奈と感情が同調しているのかしらね?

 画面の向こうの莉奈が、書店の袋からもう一冊本を出した。登場人物のプロフィールや相関図、裏話が書かれたファンブックというものらしい。


「あ〜、意外にルークス様とサブリナのカップルありなんじゃない?」


 表紙を見て、莉奈が楽しそうに笑った。どうやら、私とルークス様が並んでいるみたい。


 莉奈、ありがとう。


 あなたが未来を見せてくれるから、死なずに済んだわ。これからも、時々記憶を覗かせてね。


 ゆっくりと意識が浮上した。



「おはようございます、サブリナ様」


 のろのろと起き上がると、既にキーラは起きて身支度を整えていた。え?今、何時?アザレア様たちをお見送りしなきゃ。


「おはよう、キーラ。アザレア様たちをお見送りしたいから、支度を手伝ってくれる?」


「承知しました」


 聖女服に手早く着替えてライティングデスクの前に座る。神官服のようなベールがないので、髪の毛をキーラにまとめてもらった。両サイドと後ろの三つに髪を分けて、それぞれ三つ編みに編んでいくが、かなりスピードが早い。後ろの三つ編みをピンを使ってお団子にすると、両サイドの三つ編みを外側に巻きつけて完成。キーラに大きめの鏡を持ってもらい、自分で手鏡を持って仕上がりをチェックする。花のような可愛らしいお団子が出来上がっていた。


「ありがとう、キーラ。アザレア様たちの元に行きましょう」


「はい」


 手鏡をベルベットの袋に入れて、ライティングデスクの引き出しに仕舞って立ち上がる。


「あ、ちょっと待って」


 キーラを引き止めて、別の引き出しから片手に収まる三つ小さな箱と、両手に収まる標本箱を一つ取り出す。ちょっとでも、アザレア様たちの気持ちに寄り添えたらいいな。


「お餞別を持っていかなきゃ」


 キーラに笑いかけると、口角を上げて手を差し出してくれる。


「お持ちします、サブリナ様」


「ありがとう、キーラ。急ぎましょう」


 箱をキーラが持ったのを確認して部屋を後にした。



 転移の間に急ぐと、壁際に数名の神官が並んでいた。そして、アザレア様たちがルークス様と話し込んでいるのを見つける。


「サブリナ様」


 こちらに気付いたルークス様が、少し驚いた顔で声をかけて下さったので一礼する。


「おはようございます、ルークス様」


「おはようございます。どうかされましか?」


「はい。アザレア様たちにご挨拶に参りました」


 穏やかに微笑んで視線をアザレア様たちに向ける。三人は神官服でなく、貴族のご令嬢らしい美しいドレス姿で立っていた。アザレア様はピンクブロンドを縦に巻き、薄い水色のドレスを、マヤ様はブルーグレの髪を夜会巻きにスッキリとまとめ、淡い黄色のドレスを、エブリー様は三つ編みに巻いた髪の毛先を反対の耳の後ろでクロスするようにピンで留め、桃色のドレスを身に着けていた。三人に一歩近づいて一礼する。


「おはようございます、アザレア様。マヤ様、エブリー様」


「おはようございます、サブリナ様」


 アザレア様は刺々しさの全くない声で挨拶を返し、滑らなか動きで一礼した。美しい所作だわ。その後ろでマヤ様とエブリー様も挨拶を返してくれた。頭を上げたアザレア様の、高位貴族のご令嬢らしい気品と威厳を感じる佇まいに安心する。きっと、アザレア様たちは大丈夫だ。


「お別れの挨拶に伺いました」


「ありがとうございます」


 頭を軽く下げ、アザレア様は顔を上げてこちらを真っ直ぐに見た。綺麗に輝くグレーの瞳は生まれたばかりの銀河のようで吸い込まれそう。覚悟の決まった人の目は美しいのね。振り返ってキーラから一番上の小箱を受け取り、箱を開けた。


「アザレア様、こちらのローズクォーツのペンダントをお受け取り下さい」


 驚いて固まるサブリナ様に笑いかける。


「高価なものではありません。ローズクォーツは不安や恐れを和らげ、あたたかい気持ちにさせてくれるんです」


 そっと箱からゴールドのチェーンのついたペンダントを取り出す。


「こちらの留め金に、モラン公爵家の商会の刻印があります。アザレア様がお話しされる内容が真実であると信じていただく材料としてお使い下さい」


「サブリナ様……」


 ペンダントの留め金を見せて箱に戻す。今のアザレア様の発言がどこまで信じてもらえるか分からない。傷物令嬢だけど、一応、聖女の称号がある私の名を出せば少しは信用してもらえるわよね?瞳を潤ませるアザレア様の手に箱を載せた。安心させるように微笑んで、マヤ様の前に立つ。


「マヤ様にはこちらのブルームーンストーンのペンダントを」


 箱を開いてシルバーのチェーンのついたブルームーンストーンのペンダントをマヤ様に見せる。


「ストレスや不安を和らげ、直感を研ぎ澄ませてくれます」


 蓋を閉じてマヤ様に差し出すと、一礼して恭しく受け取ってくれた。笑顔で一礼して、不安そうなエブリー様の前に移動する。


「エブリー様にはこちらのゴールデントパーズのペンダントを」


 箱を開いてゴールドのチェーンのついたゴールデントパーズのペンダントを、目元の赤いエブリー様に見せた。あの後もきっと泣いていらしんたんだろう。


「頭をすっきりとさせ、自分本来の道を追求できるようにサポートしてくれます」


 無理に笑顔を作ってエブリー様は一礼して箱を受け取ってくれた。そのいじらしさに、早く問題が解決して欲しいと願いながら、再びアザレア様の前に立つ。


「アザレア様、効果があるかはわかりませんが、麻薬中毒からの回復に用いられる石をご用意しました」


 キーラから標本箱を受け取り、中を開く。三種類の石が八つずつ並んでいる。


「こちらの淡褐色の石はスモーキークォーツ、黒い石はジェット、結晶の中に金針が見えるのがルチルクリアクォーツです。私の浄化の力を与えてあるので、普通のものより効果があると思います」


 蓋を閉じてアザレア様に差し出すと、流石に躊躇われているようだった。そうよね。昨日今日会った仲だもの、何故ここまで親切にしてくれるのか、警戒するわよね。


「浄化の聖女として、お役に立ちたいのです」


 少し苦しい言い訳かしら?にっこりと微笑むと、少し困った顔でアザレア様は標本箱を受け取ってくれた。


「標本箱の裏に私のサインが入っています。もし、上手くいかなくても効果については私が責任を持ちますので……」


「何とご恩を返したら良いか……」


 受け取って貰えたことが嬉しくて、勢いよく話しているとアザレア様が俯いて呟く。


「聖女とは、あなたのような清らかな方をいうんですね」


「えぇ?!」


 涙目でそう言われ、驚いてつい大きな声が出た。便宜上、聖女と呼ばれているが、真の聖女はロベルタ様やカレン様のような方を指すと思う。私なんて到底敵いっこないのよと、慌てて訂正する。


「そんなことは……!」


「私にとって、サブリナ様は聖女だわ」


 困ったように笑ったアザレア様は年相応の女の子のようだった。


「自国でシェイラさんが聖女と呼ばれていたので、真の聖女のサブリナ様に対して失礼な態度を取ってしまいました。申し訳ございません」


「そうだったんですね」


 アザレア様の謝罪の言葉に、聖女が嫌いな理由が分かり腑に落ちた。莉奈の記憶にシェイラという人物は居なかった気がするが、ヒューズ国を舞台とした話も作られているのかもしれない。うーん、アザレア様が私の浄化の力を与えた石を使って皆を治したら、シェイラという子に恨まれる可能性が高いわ。死亡ルートに再フラグが立つかしら?


「アザレア様、先程の呟かれた恩返しの件ですが」


 よし、これでいこう!


「私とお友だちになっていただけませんか?」


「はい?」


 ポカンとアザレア様は私を見つめる。後ろのお二人もポカンとしていた。あぁ、同年代との社交を疎かにしたツケかしら。


「お友だちでしたら手紙や音声通信の魔法陣を使っても不自然ではないでしょう?気になることがあったらお気軽にご連絡ください」


 ニコリと笑うと、三人は少し困惑した様子だった。うーん、もう一押し。


「実は浄化の奉仕活動に精を出し過ぎて、学園も休みがちで同年代の友人がいないのです。更に一方的に第二王子から婚約破棄もされてしまい、これから国内で友人を作るのが難しいんです」


 コソコソとそう話すと、三人は目を丸くする。アザレア様が代表して小さな声で訊ねてきた。


「そのお話し、詳しくお聞きしたいわ」


「ありがとうございます。お互い落ち着きましたら、ゆっくりとお話しましょう」


 気になるわよね、自分と似た境遇の話!アザレア様のお話しもじっくり聞きたいわ。そっとアザレア様が手を差し出してくれた。


「これからも、どうぞよろしくお願いします」


「こちらこそ」


 穏やかに笑い合うと、アザレア様は箱からペンダントを取り出してマヤ様につけてもらった。ストロベリーブロンドのアザレア様に、ローズクォーツはよく似合っていた。マヤ様とエブリー様もそれぞれペンダントをつけ合う。お二人にも選んだ石は似合っていてホッとする。


「皆さま、ご武運を」


「ありがとうございます、サブリナ様。直ぐにお手紙を書きますわ」


 アザレア様は勝ち気な笑みを浮かべると、トランクを一つ手に持って転移魔法陣の中に立った。マヤ様とエブリー様もそれぞれ荷物を持ってアザレア様の後ろに並んで立つ。


「ルークス様、本日まで大変お世話になりました。この御恩は忘れません。どうぞご自愛くださいませ」


 アザレア様は晴れ晴れとした顔で挨拶をすると一礼した。マヤ様とエブリー様も同じく一礼する。


「ありがとう、アザレア様。マヤ様もエブリー様も、皆さんどうぞご健康にお過ごし下さい」


 ルークス様が胸に手を当てて頭を下げると、顔を上げたアザレア様は頷いた。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 アザレア様が最後にそう言うと、三人の身体は消えた。無事、ヒューズ国に着いたことを祈っていると、ルークス様が近づいてくる。


「サブリナ様、朝食の時間です。一緒に参りましょう」


 そっと手を差し出してくれたので、頷いてから手を乗せる。自然な動きで肘に手を導かれ、神官たちに頭を下げて転移魔法陣の間をキーラを伴って後にした。少しキーラの機嫌が悪いようだけど、どうしたのかしら?え!まさか……。


 キーラはルークス様のことが好き?!

お読みいただき、ありがとうございました。

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