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6.旅の準備

 ぎこちなくエスコートされながら、やっと談話室に着いた。美しさの暴力って凄まじいわね。それにとっても良い香りがするのよ。心臓が何個あっても足りないくらいだわ。スッと失礼でないギリギリの速さで手を引っ込める。


「ルークス様、ありがとうございました」


 手汗かいてなかったかしらと、ドキドキしながら胸元で手を握り、エスコートのお礼を言う。うん。多分、大丈夫。汗はそんなにかいてはいないわ。


「いえ。それより、助けに入るのが遅くなって申し訳ございませんでした」


 あら、エスコートのお礼と伝わらなかったわ。しゅんとするルークス様が可愛くて、莉奈の世界にあるカメラが欲しくなる。誰か発明してくれないかしらと考えながら首を振った。


「ルークス様、ただご挨拶していただけですから。エスコートをありがとうございました」


 アザレア様とは今後も顔を付き合わせるだろうから、当たり障りなく答えて、改めてエスコートのお礼を言う。ルークス様はやんわりと微笑んだ。うん。心臓に悪いけど、すっごく綺麗!カメラが欲しいわ!


「いつでもお申し付け下さい」


「そんな、大神官様に畏れ多いです」


 気さくな方ねと思わず笑ってしまう。そんなやり取りをしていると、談話室の扉が開いた。


「サブリナ様にちょっかいを出さないで下さい」


 不機嫌なキーラがルークス様を睨みつけながら言い放った。ちょっと、キーラ!不敬よと焦りながら、笑顔で話しかける。


「キーラ、大丈夫よ。ルークス様、中に入りましょう」


 キーラはしぶしぶ頷いて、扉の横に立つ。ルークス様と部屋に入ると、短髪で赤毛の男性がソファからサッと立ち上がった。


「サブリナ・モランです」


「ブラント・ラッセルと申します、聖女様」


 見るからに騎士といったブラント様に目を細める。


「サブリナで構いませんわ、ブラント様」


「滅相もございません。……サブリナ様とお呼びしてよろしいでしょうか?」


「えぇ、構いませんよ」


 ブラント様はそばかすのある顔をくしゃりと歪めて明るく笑った。夏の光のような人だわ。ブラント様は既婚者だから、選ばれたのよねと以前見た莉奈の記憶を思い出しつつ、彼の左薬指の指輪を見つめる。未婚の男女が一緒に旅をするのは少し特殊だものね。ルークス様は神官だから特別枠だけど。


「では、明日からの予定を話し合おうか」


「サブリナ様、こちらにどうぞ」


 ルークス様がそう言うと、すかさずキーラが二人がけのソファに案内し、サッと隣りに座った。小さく笑うブラント様に首を傾げながら、ルークス様が席に着くのを待つ。ブラント様は何が可笑しいのかしら?小さく咳払いして、ルークス様は地図を広げた。


「こちらが黒い川を記した地図です」


 24ある黒い川と中心に流れ込む湖を見て、莉奈の記憶で見た配置どおりで安心する。もし違っていたら、新たに作を練り直さなければいけないもの。


「どこから浄化を行いますか?」


 ルークス様の問いかけに、地図を指差しながら答える。


「そうですね。18時の方向から始めましょうか」


「何故、18時の方向なんですか?」


 ブラント様の質問に笑顔で顔を上げた。


「聖なる書物によれば、新しい日の始まりは夕刻だからです」


「なるほど」


 ブラント様はふむと顎を擦る。キーラはじっと地図を見下ろし、ルークス様も地図を見つめていた。


「ルークス様、黒い小川の近くには祠があるんですよね?」


「えぇ。24の小川のそれぞれにあります」


 ルークス様は視線をこちらに向けると質問に答えてくれる。これも莉奈の記憶通り。

 

 カレン様は祠の近くにその土地に対応した植物の種を植え、浄化の力で土を浄化しつつ植物を発芽させ、祠の力を正常に戻していた。ロベルタ様も同じく浄化に植物を使うが、更に祝詞のようなものを歌う。聴いたことのない独特なリズムと内容で、ロベルタ様の家、サンチェス公爵家に伝わるものらしい。ロベルタ様がカレン様に指導をすれば、彼女も筆頭聖女に近づけるだろうなと余計なことを考えながら口を開く。


「そこに私が浄化の力を与えた宝石を奉納し、祠の力を正常に戻します」


「ふむ。どのような宝石を使うのだ?」


 ルークス様が真っ直ぐにこちらを見て質問した。輝くカナリーイエローの瞳にドキドキしながら笑顔で答える。


「はい、ジャスパーを使います」


 宝石時間で18時はジャスパー。何色かあるが今回は赤色で八角形のものを使おうと考えながら、ルークス様に訊ねる。


「あの、この地域の方々は心臓病などの症状はありませんか?」


「……よく分かりましたね」


 ギラリとルークス様の瞳が光った。怖い!莉奈の記憶で知っているとは言えないので、冷や汗をかきながら笑顔で取り繕う。


「ジャスパーは心臓に対する働きかけが強い石なので、そう考えました。あとは耳や鼻などにも効果があります」


「それでは、宝石を使った治療もお願いできるのですか?!」


 ブラント様が勢いよく立ち上がったので、びっくりして固まる。どうしたのかしら?ルークス様が座るように促すと、ブラント様は顔を赤くして腰を下ろした。


「すみません。今回とは別の場所ですが、私の故郷は黒い小川の祠に近くでして。流行している病があるのです」


「そうだったんですね」


 そんな話あったかしらと内心首を傾げながら考えたが思い出せない。原作で病が流行しているのは18時の祠のある村だけだ。だから優先して対処しようと思ったんだけど、後で莉奈の記憶を見直さないといけないわね。


「宝石を使ってもいいのですが、定期的に水や太陽光などその宝石に合った浄化をしないと効果が薄れるので、心機能の改善にはハートワイン、鼻の症状にはディルとフェンネルを使った薫香を使ったほうが良いと思います」


「へぇ。聖女様じゃなくても浄化は出来るんですね」


 意外そうにブラント様が言葉を発する。


「えぇ。正しい浄化の方法でないと、石が壊れたり、効果がなくなったり、症状が跳ね返ってくることがあるので、注意が必要なんですが……」


 小さな頃から宝石の鑑定と浄化の方法を自主的に学んでいたから、簡単にその石に合った浄化の力を使って正常に戻せるが、他の聖女は植物を使う者が圧倒的に多い。偽物を掴ませることもほぼないし、単価的にも宝石のほうが高いから、なり手が少ないのは仕方ないのよねとモラン公爵家に生まれたことに感謝する。好きなことを学べるのは幸福なことだもの。


「でも、ハーブや薬草も使い方を間違えれば効果がなくなったり、症状が悪化したりしますわね」 


「確かにそうですね」


 ブラント様は納得したように呟く。植物も宝石も間違った使い方をすれば効果は得られない。悪化さえすることもある。万能なものはこの世にないのだと考えていると、ルークス様が口を開いた。


「では、ハートワインや薫香用のハーブはこちらで準備しますが、宝石代はいつお支払いしましょうか?」


 国外追放だと思っていたので、無償で提供出来るように用意していたけど、ルークス様はそれを許してくれるだろうか?


「えぇと、無償で……」


「それはなりません」


 やっぱりそうよね。国から派遣された体だもの。困ったわ。原価ではなく販売価格よね?いつのタイミングが一番負担がかからないかしら?


「……都度都度で構いませんか?モラン公爵家に入金していただけると幸いです」


「分かりました。後ほど、ジャスパーの販売価格を教えてくださいね」


 あぁ、販売価格なのね。キーラに助けを求める視線を送ったが、首を左右に振られてしまった。ちょっと良いものを使うときは、まとめ買いという体でお値引きさせていただきます。

お読みいただきありがとうございました。

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