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5.ロベルタ様の思いと三人娘との邂逅

 はぁ、こんなものかしら。持ってきた荷物を整理していると、扉をノックする音が部屋の中に響いた。もうキーラが戻ってきたのかしら?でも、知らない人だったらどうしよう。少し戸惑いながら声を出す。


「はい」


「キーラです」


「どうぞ」


 思いの外、早く帰ってきたのねとホッとしつつ笑顔で出迎えると、キーラは小走りで側にやってきた。


「サブリナ様、私がやりますのに」


 粗方片付いた荷物を見下ろして、キーラが少し悲しそうな顔で言ったので、慌てて立ち上がる。


「ありがとう。でも、ここではキーラも私も同じ見習いよ?」


 笑ってお礼を言うと、キーラは不満そうな表情を浮かべた。まだお嬢様と慕ってくれるのは嬉しいが、ここでは同じ見習いの神官。周りから変な目で見られないためにも、はっきりと言わなきゃ。


「嫌です。サブリナ様はサブリナ様です。私の仕えるべき主です」


 笑顔をキープして、ひぇ〜と心の中で悲鳴を上げながら、頑ななキーラを見下ろした。だらだらと嫌な汗をかきながら、どうすればキーラを説得出来るのかしらと色々と思案する。

 原作でもコミカライズでも、サブリナの掘り下げはほぼされなかったし、キーラなんて本来は名前さえないモブだ。優秀なサブリナの侍女。それがキーラ。酷いわ。ちょっとくらいキーラを掘り下げてよ!この人をどう攻略すればいいかわからないわ!


「お取り込み中、失礼するよ」


 キーラが慌てて部屋に入ってきたので、扉がちゃんと閉まっていなかったみたいで、ルークス様が笑顔で立っていた。

 まぁ、なんて素敵なの。神官服ではないラフな格好は初めて見る。莉奈にも見せてあげたいほど素敵だわと考えながら背筋を伸ばした。


「ルークス様、先ほどは大変失礼いたしました」


 本当に淑女にはあるまじき失態だったわと、心の中で真っ赤になりつつ頭を下げる。ルークス様は小さく笑って部屋の中に入ってきた。憧れの人が近くに居るって心臓に悪いわね。動悸が収まらないわと、視線を合わせず、目の前のルークス様の胸元を見つめる。思ったより鍛えてあるのね。って、違う!違う!何を考えてるよ!もう!


「いえ、色々と心労がたたったんでしょう。こちらこそ、配慮が足りず失礼しました」


「そんな、滅相もございません」


 ルークス様に頭を下げられて慌てて声を上げると、視線が合った。イエローダイヤモンドみたい。しかも最高級のイエロー・カナリー。綺麗だわ。


「サブリナ様?」


「あ。美しくて、ついまじまじと……」


 いや、駄目でしょ!本音が出ちゃったわ!キュッと目を閉じて項垂れると、頭にポンと手を置かれて、ゆっくりと撫でられた。ベール越しだけど、家族以外の異性に頭を撫でられるのは初めてだ。しかも憧れのルークス様。明日死ぬのかしら私。


「ルークス様」


 キーラの声に現実に引き戻される。ルークス様は手を引っ込めて少し焦った様子で話し始めた。


「いや、すまない。その……」 


 サッとキーラがルークス様の間に立ちはだかる。何だか悪者に立ち向かう勇者みたいね、キーラ。


「サブリナ様に気安く触れないでください」


「あぁ、分かっている。すまないな、サブリナ様」


 棘のあるキーラの声に、ルークス様はしゅんと眉毛をハの字にして謝ってくれた。いや、私のほうが先にまじまじとルークス様の瞳を見たから悪いわ。


「私のほうが無礼でした。まじまじと殿方の瞳を見つめるなんて」


「サブリナ様は悪くないですよ」


 キーラは振り返って援護してくれるけど、私のほうが悪いわよと焦る。それに、相手は大神官でこっちは婚約破棄と国外追放された元貴族令嬢よ。明らかに私のほうが身分も下だし、駄目でしょう。


「キーラさんの言う通り、サブリナ様は悪くないですよ。気安く触ったりして怖くなかったですか?」


 なんて紳士なの!と感激していたが、キーラが番犬よろしく目の前でルークス様を威嚇しているので宥めなきゃ。


「キーラ、落ち着いて。ルークス様、ご配慮をいただき心よりお礼申し上げます」


 キーラの隣に立ち頭を下げる。ゆっくりと頭を上げて、ルークス様の目を真っ直ぐ見つめて言葉を発した。怖気づいちゃだめ。


「私は見習い神官としてこちらにお世話におりますので、敬称は不要でございます」 


 ルークス様はキョトンとした顔でこちらを見下ろし、クツクツと笑い始めた。なにか変なことを言ったかしらと不思議に思っていると、ルークス様が話し始めた。


「サブリナ様は、フローレスの神殿から遣わされた浄化の聖女ですから、見習い神官ではありませんよ」


「え!」


 驚いて目を丸くしていると、ルークス様は楽しそうに話を続ける。


「王太子妃かつ筆頭聖女のロベルタ様が太鼓判を押した方と伺っています」


「ロベルタ様が、筆頭聖女に……」


 とうとう、ロベルタ様は頂点に立たれたんだわ。嬉しくて胸が熱くなる。ブルネットに榛色の瞳を持つ美しく気高いロベルタ様。学園では散々な言われようだった私を、ロベルタ様は公平な目で見て、時に庇ってくれた。この神殿でも過ごしやすいように手配してくださっていたなんて、どうお礼をすればいいのかしら。


「えぇ。『私の大事な友人、サブリナに何かあったら許しません』とのことですので、お困り事があれば何なりとお申し付け下さいね」


「ロベルタ様……」


 挫けそうな時に何度、叱咤激励されたことか。お陰でフローレスでやれるだけのことはやった。処刑されなかったのは、ロベルタ様のお陰でもあると思う。ベネディクト殿下のことを語るときの、年相応の恋する女性の顔も忘れられない。同じ王子の婚約者同士だから仲良くしてくれいた訳ではなかった。友人と思ってくれていたことに胸がいっぱいになる。ありがとうございます、ロベルタ様。


「サブリナ様。大変申し分ないのですが、夕食後に黒い川の浄化について話し合いたいのですが、構いませんか?」


「はい、承知しました」


 ルークス様に笑顔で答える。頑張ろう。ロベルタ様に恥をかかせる訳にはいかないわと、ギュッと手を握った。


 


 夕食での挨拶は滞りなく終わり、魚と玉子を中心とした料理は美味しかった。キーラは先に部屋に戻ったので、薬草園を眺めながら回廊を歩く。夜の風が気持ちいい。


「ちょっと貴女」


 背後から声をかけられ、振り返るとストロベリーブロンドにグレーの瞳を持つ、可愛らしい少女が腕を組んで立っていた。カレン様と同じくらい可愛らしい方だわ。同い年くらいかしら?ベールを被っているけど、肩から縦に巻いた手入れの行き届いた髪の毛を垂らしている。その半歩後ろの両隣には、バターブロンドにブルーの瞳の少女とブルーグレーに薄い水色の瞳の少女が立っていた。


「あの……」


「何で貴女みたいな傷物令嬢がルークス様に贔屓されてるの?」


 えぇ〜?初対面で名乗りもせず食って掛かるの?可愛い顔をしているのに、凄く気が強い子なのねと若干引いていると、彼女はフンと鼻を鳴らして胸を張った。神官服からでも分かる大きさだわ。羨ましい。


「ルークス様にふさわしいのは私よ!」


 あ。この子、第二章の悪女アザレア・フレイザーだわ。

 可愛い見た目に歌と炎の魔法が得意な才女なんだけど、自信家で傲慢な性格が災いして婚約破棄され、反省を促すためにこの神殿に送られてきたヒューズ国の公爵令嬢。あら、キャラが被ってない?

 ルークス様の美しさに一目惚れして彼を追いかけ回しているけど、暖簾に腕押しで苛立ってるのよね。自国では誰もが彼女の地位や美貌に平伏していたから。原作ではカレン様に突っかかって嫌がらせをしてくる2番目の悪女。カレン様が浄化した後の土地を回って、浄化に使った植物を焼いて回るなかなかクレイジーキャラだ。莉奈も結構引いてたわね。

 アザレア様の取り巻きのブルーグレーの子は水魔法の使い手マヤ・パターソン。バターブロンドの子は土魔法の使い手エブリー・ヘイズ。ロザンナ様の炎をマヤ様の水魔法で消して、エブリー様の土魔法で隠蔽する。カレン様は浄化の聖女ではないとでっち上げるためだ。

 結局、悪事は露呈し、カレン様の旅のサポートという監視のために同行させられる。先々でいろいろやらかすが、カレン様が何故、浄化の聖女として頑張っているのかを知り、自分を顧みて改心するのよね。最後にはヒューズ国に戻り、幸せになるんだけど、私の旅にも同行するのかしら?


「ちょっと貴女!聞いてるの?!」


 うーん、怒ってても可愛い声。取り敢えず名乗りましょう。


「改めてご挨拶いたします。本日よりこちらの神殿でお世話になります、サブリナ・モランです」


 公爵令嬢らしく優雅に!美しく!と気合を入れて一礼する。悪女ってカーテシーが決め技だからね。よく分からないけど。そして社交界用の笑顔を貼り付けて顔を上げた。


「どうぞお見知り置きください」


 ギリとアザレア様が歯を鳴らして顔を歪める。

 原作もコミカライズでも面と向かって誰にも見せなかった表情だわ。確かカレン様は「貴方じゃなくてカレン・ロスです!贔屓なんてされてないわ。急いでいるので失礼します」とさらりとあしらって去っていったから見なかったのかしら?それとも、国は違えど同じ公爵位の娘だから対等に扱われて腹が立った?


「何よ、貴女なんか……」


「サブリナ様」


 アザレア様が炎を出そうとしたタイミングで、ルークス様が私の背後に現れる。全く気配を感じなかった。流石、神様と感服しながら振り返り頭を下げる。


「ルークス様、ごきげんよう」


「あぁ、サブリナ様。そんな畏まらくても……」


「いえ。フローレス国の神殿より浄化の聖女として派遣されておりますから」


 見習い神官服なら多少のことは無礼講で目をつぶってもらえただろうけど、国を背負ってやってきたことになっているのでしっかりしなくては。モラン公爵家にも、ロベルタ様の顔にも泥を塗る訳にはいかない。

 背後の視線というか、怒りのオーラが怖いけど、ルークス様がいらっしゃるから大丈夫よね?視線をルークス様に向けると、何故か残念そうな顔をされていた。


「……。その、なかなかいらっしゃらないのでお迎えにあがりました」


「まぁ。それは失礼いたしました。夜風にあたりながら、薬草園を見ていたので」


 にこやかに当たり障りなく言葉を返す。アザレア様に絡まれていたのは一目瞭然だが、ルークス様にわざわざ伝えて事を荒立てる気はない。ゆっくりと振り返り、アザレア様に頭を下げた。


「それでは失礼いたします。アザレア様、マヤ様、エブリー様」


「な、んで……」


 口角を上げたまま顔を上げてアザレア様たちの驚いた顔を眺める。あらあら、可愛い顔が並んでいるわ。名乗らなかったのに、自分の名前を知らないなんて怖いわよね?案外、底意地が悪いのよ私。

 笑顔で振り返ると、ルークス様が右手を差し出していたので固まった。

 エ、エスコートしてくださるの?!それ、アザレア様に対して火に油を注ぐ行為なんですが!混乱しているとルークス様のほうから手を取ってくださった。心臓が口から飛び出しそうになりながら、ぎこちなく隣に立つ。


「行きましょ、サブリナ様」


「は、はい……」


 良かった、声はひっくり返らなかった。ホッとしていると、ルークス様は微笑んでくれた。優しい人だわ。


「ごきげんよう、アザレア嬢。マヤ嬢。エブリー嬢」


 顔だけを動かして、ルークス様は三人に挨拶をした。息を呑む様子が振り返らなくても伝わってくる。美しいものね、ルークス様!私も挨拶されたら息を呑んじゃうわ!

 ゆっくりと歩幅を合わせて歩いてくれるルークス様に胸を高鳴らせながら、談話室に向かって歩き出した。

お読みいただき、ありがとうございます。

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