4.これは恋だろう(ルークスとキーラ)
キーラは魔法陣制作室へ向かわず面談室へ向かい、難しい顔をした大神官のルークスと面談していた。
「キーラ」
「はい」
話しかけられたキーラが背筋を伸ばして返事をすると、ルークスは嘆息を漏らしながら髪をかきあげて真っ直ぐに彼女を見る。
「サブリナ嬢は物凄く美しい娘だな」
ルークスの発言に、キーラはこくりと頷いて口を開く。
「はい。それはもう、美人ですよね?」
「あぁ、お前からの報告書。公爵家からの給与がいいから盛ってるんだろうなと思っていたんだが」
口元を覆いながら、ルークスは視線をテーブルの上の報告書に向ける。
黒い小川の浄化が正常にいかずダグラスで奉仕活動を行ってもらおうと、近隣諸国で浄化の力をもつ聖女を調べていた。
特に浄化の力をもつ聖女が多いフローレスでは、ロベルタ、サブリナ、カレンが適任ではないかと調査していたが、ロベルタは王太子妃であるため、簡単に国を離れられず除外され、サブリナとカレンが対象となった。第二王子の婚約者である公爵令嬢のサブリナよりも、男爵家の子女であるカレンのほうが身動が取りやすく、幼少期の魔力測定では歴代最高値を叩き出したために有力視されていた。
しかし、学園に入ってから状況は一変する。
学園内では評判の良くないサブリナだったが、ロベルタと共に浄化の奉仕活動を行い、その力を習熟していき、学園外では話題の人となっていた。一方でカレンは学園内では信奉者がいる程、人気があり評判が良いが、同年代との社交に力を入れているせいか、浄化の奉仕活動は余り行っておらず、習熟度は伸び悩んでいた。
わしわしとルークスは頭を掻いた。
「彼女は月の女神か?」
「お気持ちはとてもよく分かりますが、サブリナ様は人間です」
「何故、あの王子はサブリナ嬢が不満なんだ?カレン嬢よりも美しく家柄もいいし、浄化の力も申し分ない」
月の光のような銀糸の髪に、エメラルドのように輝く瞳を持つサブリナが、何故カレンに負けるのか、ルークスにはさっぱり理解出来なかった。
「好みの問題ですね。フローレスでは花の妖精のような可愛らしい女性が人気なので。それにまだ子どもですしね」
顎に手を当ててキーラは答えた。
フローレスでは小柄かつ華奢で愛らしい顔つきの女性が人気であるため、それに当てはまるカレンは同年代に支持されていた。サブリナは平均身長より少し背が高く、目鼻立ちがはっきりとしており、落ち着いたイメージを持たれやすい。
「ふぅん。まだ学園に通う子どもだから、見てくれを重視する訳か?」
「それはあると思います。実際、サブリナ様が支持を得ていたのは社交界でしたから」
王太子妃ロベルタがサブリナを支持していたことも大きいとキーラは考える。実際、モラン公爵家が動く前にサブリナのために国内の神殿からダグラスの神殿への紹介状を手配し、国内の有力な貴族たちに彼女の悪評を広めないように釘を差していた。伴侶のベネディクトの側近の妹に対して、そこまでするだろうかと、キーラはロベルタを警戒している。
ルークスがキーラに話しかけた。
「キーラ、女性を口説くにはなにが必要だ?」
「はい?」
難しい顔をしていたキーラは、突拍子のないルークスの質問にポカンとする。ルークスも不思議そうな顔をしてキーラに再び問いかけた。
「好きなものを贈ればいいのか?」
「はぁ?」
うーんと首を傾げてブツブツとルークスは呟く。ああでもないこうでもないと悩んでいる姿をキーラは訳も分からず見守るしかかない。
「はぁ。どうすればいいのか、さっぱり分からないな」
「ルークス様?」
顎に手を当てながらうんうんと唸るルークスを、キーラは訝しげな表情で見つめる。ルークスは脚を組み直すと、膝の上で指を組み、不遜な笑みを浮かべた。
「キーラ」
「はい」
「サブリナ嬢はどうしたら手に入る?」
「は?」
流石にキーラも顎が外れた。何を突然言い出すんだと困惑していると、ルークスは楽しそうに話し始める。
「一目惚れだろう、これは。彼女を見ていると、心拍数が上がる。目を閉じればその姿がありありと思い浮かぶ。それに傷付いた月の女神には明けの明星である私が寄り添うのが適任だろう?」
「いや、サブリナ様は人間ですよ?」
どこから突っ込めばいいかキーラは迷ったが、サブリナが人間であることは念押しした。神であるルークスが、何らかの力を使えばサブリナの意志は関係なく彼のものになってしまう。それは絶対に防がなければと、キーラは焦る。側にいて成長を見守り、我が子とまではいかないが、家族のように接してくれたサブリナを壊されてはたまらない。
「人間と神が結ばれた話など、いくらでもあるだろう?」
ニヤリと笑うルークスに、キーラはキュッとまぶたと口を一文字にした。ルークスは本気だ。来る者拒まず去る者追わず、異性にとにかく好かれやすいルークスは、乙女の心の機微にかなり疎い。女性に言い寄られるばかりで、自分から積極的に口説く必要もなかったため、実力行使やおかしなことをサブリナにしかねない。私がお守りしなければと、キーラはカッと目を開いた。
「ルークス様」
「あ、あぁ?」
殺気を放つキーラにルークスはたじろぐ。何かマズいことを言っただろうかと、考えを巡らせるが思い当たる節はなく、ルークスは豹変したキーラを見つめた。
「サブリナ様とお付き合いされたいんですね?」
「あぁ……」
「サブリナ様は嫁入り前の年頃の女の子で、ここは神殿です」
「……」
「破廉恥な真似はしないでくださいね」
満面の笑みでキーラは穏やかに言ったが、背後には般若の顔が浮いていた。ルークスはそんなキーラに圧倒されながら、冷や汗を垂らして頷く。了承を得られたキーラは満足そうに微笑んで席を立った。
「ご理解いただき、ありがとうございます。私はサブリナ様の元に戻りますね」
「あ、あぁ」
一礼してキーラは部屋を出てく。ルークスはとんでもない人に恋をしてしまったなと、一人残った部屋で頭を掻いた。
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