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3.ベネディクトとマーカス

 サブリナがダグラスで失神していた頃、フローレスでは普段温厚なベネディクトが珍しく怒っていた。

 側近かつ友人のクリストファーの妹サブリナを、異母弟のマーカスが婚約破棄を突きつけた上に国外追放を言い渡したと知らされたからだ。クリストファーは既に知っていたと苦笑いを浮かべたが、ベネディクトはマーカスが許せなかった。第二王子としての公務を放り出し、あろうことか自分の側近たちと一人の令嬢を囲っていたことを今更ながら知ったのだ。忙しいから、弟ももうすぐ成人だからと甘い考えをしていた自分を殴りたいと握った手に力を込める。

 更にその令嬢の仕事を伴侶の王太子妃ロベルタとサブリナが代行していた。ベネディクトはロベルタに知らなかったとはいえ、弟の愚行で負担をかけていたことを誠心誠意謝罪した。ロベルタは苦笑いを浮かべた。


「私達も悪いのです。陛下が臥せっている今、忙しいベン様に負担をかけまいと黙っていましたので。サブリナ様も、同じ王子の婚約者同士だからと悪いことをしてしまいました」


 愛しい人にそんな気遣いと悲しい顔をさせた自分を許せない気持ちを抱え、ベネディクトはマーカスの部屋の扉をノックもなしに力任せに開く。


「マーカス!」


 ヒッと小さく悲鳴を上げて、マーカスは体を跳ねさせた。部屋の中に漂う酒気に顔を顰めながら、ズンズンとベネディクトはマーカスに近づくと両肩を掴む。


「貴様は何をしたのか分かっているのか?!」


「私は悪くありませんよ!」


 マーカスはベネディクトの腕を払い除けて不敵に笑った。ベネディクトは眉間のシワを深くする。


「サブリナは歴代聖女の中でも浄化の力が突出しているカレンを嫉妬から貶めたんです!更にその力を習熟する機会を奪ったのですよ?!」


 マーカスの言い分に、ベネディクトは片手で顔を覆うと盛大に溜め息を吐いた。目の前にいるのは、半分とはいえ血の繋がった兄弟なのかと思うと頭が痛くなる。苦虫を噛み潰したような顔でベネディクトはゆっくりと言葉を発した。


「マーカス。カレン嬢の習熟の機会を奪ったのはお前とその側近たちだ」


「何を……」


「お前たちがカレン嬢の自由な時間、即ち習熟の時間を茶会だ買い物だと連れ回していたではないか」


 怒りを無理矢理抑え込んで離すベネディクトの視線は鋭く、マーカスは視線を揺らす。こんなにも怒っているベネディクトをマーカスは見たことがなかったし、彼の言葉に動揺していた。


「それに、幼少期の測定では歴代最高でも、習熟を怠ればそのままだ。今はカレン嬢よりもサブリナ嬢のほうが上だ」


 ベネディクトの言葉にマーカスは息を飲む。自分たちのせいでカレンは習熟することができず、サブリナに抜かれていた。そんなバカなとマーカスは愛しいカレンの顔を思い浮かべる。太陽の光ような金の髪に、甘い桃色の大きな瞳。あんな愛らしい少女がサブリナに抜かれるなどあってはならないとマーカスは爪を噛む。


「ど、どうすればカレンを……」


「カレン嬢より自分の心配をしろ」


 その言葉に不思議そうにマーカスは方眉を上げた。ベネディクトは再び溜め息を吐く。


「お前たちが投げ出した仕事、宰相子息のジュードが全て請け負っていた。過労で倒れて、卒業パーティーにも出席していないのに、誰も心配していなかったそうだな?」


 確かにジュードは参加していなかったが、過労で倒れていたことをマーカスは知らなかった。ジュードは恐ろしくなって逃げ出した腰抜けだと、他の側近たちと笑い合っていた程に、彼の現状を知ろうとしなかった。愛しいカレンを貶めた悪女サブリナを断罪することを優先し、マーカスは周りが一切見えていなかった。


「お前を支持する派閥から宰相が抜けた。痛手だな」


 フッと残念そうにベネディクトは笑った。自分は既に王太子だが、マーカスと切磋琢磨し、どちらが王になっても国をより良いものにしていきたいとベネディクトは考えていた。だが、マーカスはそれを捨てた。もう彼を同等の存在と見なすことはできないと、ベネディクトは遺憾に思いながら口を開く。


「残念だよ、マーカス。お前は後ろ盾を二つ失った。もう私と王位は争えない」


 ガンとマーカスの頭に鈍器で殴られたような衝撃が走り、慌てて口を開いた。


「ま、待ってください!王になるものは筆頭聖女を伴侶に持つことが条件で……」


「悪いが、我が伴侶ロベルタは、お前の母である王妃リリアーナの浄化の力を既に超えている」


 呆然としているマーカスを、そんな情報さえ届いていなかったのかと苦い顔でベネディクトは見下ろす。知っていたなら、ロベルタの次に浄化の力があるサブリナを国外追放にはせず、伴侶として繋ぎ止め、カレンを愛妾とすれば派閥から見捨てられることはなかったのかもしれないと、嫌らしいことをベネディクトは考える。そこまで卑劣になれない異母弟は王には向かない。この時点で分かっただけでも僥倖かと、血なまぐさい道を何事もないように笑顔で隣を歩くロベルタをベネディクトは思い浮かべた。


「マーカス、今後の身の振り方をしっかりと考えろ」


 ベネディクトはそれだけ言うと、マーカスの部屋を後にする。下手な考えだけは起こすなよと急ぎ足でロベルタの待つ王太子宮に向かった。

お読みいただきありがとうございました。

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