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プーチン暗殺ファンド  作者: 水撫川 哲耶
3/4

事は成された

どうなるかと世界が注視する中、突如としての幕引きとなった。

ロシア政府、ロシアの国内メディアは「事故によるテラスからの転落死」と報じた。

「遺体からは睡眠薬などは検出されず、打撲痕などもなかった。本人の不注意による純然たる事故死である」と。

当然ながら、その報道を信じる者はいなかった。

推理談義がネットと巷の噂を席巻した。全世界中に。


「確かに、転落死が一番証拠が残りにくい。ミスターMが『例1』にその方法を記したのも、そのやり方を推奨したからだろう。俺がやるにしてもやはりこの方法だな」


「プロジェクトの終了前に実行されたのは、『他の誰かが手を下す前に、自分が・・』と、焦ったのからだろう」


「いや、担当医がノイローゼになったプーチンに、規定量以上の向精神薬を打ったのだ。ラリったプーチンは転落して、今頃、その医者は報奨金の申請をしているはずだ」


「実行者への支払いには、まだ時間がかかるに違いない。支払いが完了したら、サイトとミスターMからは『手渡された』というアナウンスがあるのでは・・?」


「きっと検死した警察や、報道機関も報償を得るはずだ。実行者がそう懇願したのじゃなく、むしろ彼らの方から『事故死として扱うから分け前をよこせ』と、持ち掛けたのかもな」


実行者が誰であるのか、世界中のメディアが、プーチンの邸宅に出入りしている人物のリストを作り上げ、イニシャルだけで報じた。


ロシア国内の続報では、捜査も逮捕もなく、「間違いなく事故による転落死である」というコメントが政府機関から繰り返されるばかりだった。


『STAND BY』のプロジェクトでの最終的な達成額は2億米ドルオーバーとなった。

実行者と、その証拠を隠滅した協力者が何人いたとしても、一人当たりが手にする額は膨大だ。

そして、おそらくなら、彼らは報奨金を受け取ったのだろう。

「大金を手にした者の身に危険が及ぶので、もし受け取る人物がいたとしても公にはしない」と、予めアナウンスされていたので、『STAND BY』の運営者と催行者ミスターMからは何のコメントもなかった。


ある国の政治家は「次に同じようなファンドが起ち上がったなら、そこに政府の予算を投じるべきだ。ミサイル代なんかに費やすより、よっぽどコストパフォーマンスが良い」と発言した。

一旦は「立場をわきまえぬ、不届きな発言」として叩かれたが、「確かにミサイルや兵器より、戦争を止めるには効果的だ」と、税金の投入額が少なくて済む事から、どこの国の世論も肯定に傾いた。


「ヒットラーを暗殺したい、というドイツ人・ドイツ軍人は何人もいた。しかし未遂事件はいくつかあったが、完遂には至らなかった。このクラウドファンディングの仕組みが100年前にあったなら、数百万人が戦死する事ななかったろうに」

ある歴史家がそう発言し、世界市民の多くがそれにうなづいた。


また最右翼の思想を持つロシアの検事が「厳密に捜査して、真相を暴くべきだ」と主張した。

彼に対する暗殺ファンドが起ち上がった訳でもないのに、その検事も謎の転落死をしたとの報道がなされ、それがまた世界中の推理マニアの談義のネタになった。

中には「プーチンとその賛同者達との間に溝のできたワグネルの構成員が、彼を葬った」などという、もっともらしい意見も一時期、大きな支持を集めた。


ともあれ、ウクライナ侵攻は止まった。ロシアの徴兵も撤廃された。

TV報道でウクライナで両足を失った男が「このプロジェクトが起ち上がるのがもう1ヵ月早かったら・・」と、むせび泣いていたのが印象的だった。

ロシア兵たちも同じ気持ちだったろう。


そして、この暗殺劇(?)の余波で、ロシアは民主主義国家へと変貌を遂げた。

なぜなら「次も専制君主や独裁政治家が首長になるならば、同じ様に暗殺ファンドを積み上げて、殺害に追い込む」とミスターMが公言した為だ。

ロシアの民主化は、ロシア国民からも、世界中からも歓迎された。


世界中に武器をばら撒いていたロシアが民主化する事によって、その供給源が断たれ、各地の紛争は鎮火していった。


彼(彼女?)は、こうも言った。

「同じ手法が、ロシア以外の国にも適用できる事に諸君は気付いているか?」と。

これにより、ベラルーシのルカシェンコ大統領が死に追いやられた。

シリアのアサド大統領は、自分のファンドが起ち上がる前に退陣を表明し、その後、自分に糾弾の矛先が向かう前に素早く亡命した。

同様に、いくつかの国の専制君主はプレッシャーに耐え切れず、自らその座を降りた。

今、現在、この『暗殺ファンド』の仕組みにより亡くなったのはプーチン一人だけだ。


類似のプロジェクトで『核のボタンに手をかけた者を殺害した者』へ報奨金を積み上げたファンドが、いくつか起ち上がった。

そのファンドも、やはり『ブレイク・ニュークリアファンド』と、マイルドな名称に変更され、内容も「殺害した者」から「手段をいとわず達成した者(殺害を含む)」と変更された。

その達成額は、クラウドファンディング企業が保有するだけでなく、それぞれの国の司法機関にも供託された。

人類は新たな核抑止力を手に入れたのだった。


公にされないまま実行された、つまりアンダーグラウンドでのファンドも多く、特に中国の最高指導者に向けられたプロジェクトが多数あるらしかったが、それでも中国は民主化には至らなかった。

それでも台湾に侵攻したら、自分も同じ憂き目にあうと思えば、最高指導者は大人しくしているしかなかった。


大学のカフェテリアで、シンヤは言った。

「三口参加したんだ。歴史の立会人になれたぜ」

最低参加可能額は一口、わずか千円だった。

プロジェクト終了前にプーチンは死亡したので、期間満了までに自分も一口投資しても良かったのだが、「ランチ一回分かぁ・・」と迷っている間にプロジェクトは終了していた。

「お前の、そういう所が機会を逃しているんだ」


僕は【このプロジェクトはいいね】ボタンを押しただけで、歴史の立会人にはなり損ねたのだろうか。

その後、エネルギー・食料価格は安定し、景気は良くなり、バイト先からも「手が足りない、戻ってこないか?」と声がかかった。


「再チャレンジはしないのか?」

「確かに、自転車で世界一周なんて逃避なのかも・・、大人しく来年の就職活動に備えるよ」


核戦争の可能性はほぼ失くなり、専制主義も縮小し、世界はより調和の方向へ向かっている。

自分の優柔不断さをすねているんじゃない。

もし世界一周するにしても、旅行ライターを目指すにしても、最初に話を聞いたOB氏と同じ様に、自分で稼ぎを溜めてから行く。

その頃には、きっと危険地帯も減って、どの国も治安が向上しているはずだ。

いや、『その頃』ではなく、すでにもうそうなっている。

そう知るだけで、何だか明るい気持ちになれた。

自分と世界の展望が開けたように感じる。

そんな気持ちになれただけで十分だ。


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