モモのだいじなたからもの
白血病が出て来ます。
ハピエンですがご注意を。
ふふふっ。今日のひなたちゃんはニコニコとっても嬉しそう。
だって大好きなパパさんが来てるもんね。
ひなたちゃんが楽しいと、ボクも楽しくなるよ!
「ええーっ! パパもう行くの!?」
ひなたちゃんは5歳。来年は小学生になる。
だけど今は白血病って病気で入院中なんだ。
「ゴメンな、ひなた。パパは戻ってお仕事してくる。明日は頑張ろうな、ひなた」
パパさんはボクとひなたちゃんを、おおきくてあったかい手でなでてくれる。
えへへへへ。ボクもあったかくて優しいパパさん大好き!
「……ひなた、パパとおうちに帰りたい」
「ひなたちゃん、移植して元気になったら退院して帰れるよ。だからもう少し頑張ろう、ね?」
おばあちゃんはひなたちゃんをなぐさめる。
骨髄移植ってのをすれば元気になれるから、わけてくれる人を探して、やっと見つかったんだ。
でも、ひなたちゃんは大好きなパパさんと離れたくないんだ。
「ひなた、もういっぱいがんばったもん! 痛いのも苦いのも寂しいのも。どうしてみんなとはなれるの? ひなたばっかり、いっつもがまん。もうやだ!!」
ひなたちゃんの目から涙があふれた。
明日からは移植のために、ひなたちゃんはひとりで別のお部屋にいく。
おばあちゃんもパパさんも今よりもっと短い時間でしか会えない。
もちろんもボクも。
「ごめんな……。寂しいな……辛いよな……。ひなたは頑張ってる。大人のパパだって逃げ出すような痛くて苦しい治療も本当にがんばってる……パパが代われるなら、今すぐ代わるのに」
パパさんはひなたちゃんをいい子いい子しながら、ボクごと抱きしめて泣いた。
「ごめんなさい、パパ……。ひなた、わるい子」
パパさんを泣かせたと思ったひなたちゃんは、泣き止んで悲しそうな顔でボクを抱きしめる。
パパさんが買ってくれた、くまのぬいぐるみのボクがしてあげられる、たったひとつ。
ボクはひなたちゃんをぎゅうっと抱きしめた。
ボクはちゃんと知ってるよ。ひなたちゃんは悪い子じゃないって。
注射も我慢して、苦いお薬だってちゃんと飲んで。
ひなたちゃんはとってもえらいんだよ。
どうしたらひなたちゃんに伝わるのかな?
「ひなたはいい子だよ。パパたちが近くに行けなくても、きっとママがそばにいるから。移植が終わったらお家に帰ろう」
ひなたちゃんのそばには、いつも星になったはずのママさんがいる。
今日もパパさんと同じように泣いてひなたちゃんを抱きしめていた。
「おばあちゃんもパパもモモ連れて、毎日ひなたちゃんに会いにいくから、ね?」
はやく元気になってみんな一緒に帰ろう。
ボクも待ってるよ。ひなたちゃん。
※ ※ ※
次の日、ひなたちゃんは看護師さんと一緒に無菌室に入った。
パパさんたちはお着替えして一緒に入ったけど、ボクは透明な窓越し。
病院の規則で、ボクはひなたちゃんにさわれないんだ。
寂しいけどしょうがない。
でも、その代わりにね、看護師さんが窓の近くに空き箱でボクの椅子を作ってくれたんだ。
座り心地はいまいちだけど、いつだってひなたちゃんがよく見えるんだ。
パパさん達がいない時でも見えるから、ちょっぴり優越感だよ!
でも……日に日にひなたちゃんは元気をなくしていった。。。
ボクに近づくことも、手をふってくれることもなくなって、代わりにパパさんたちがひなたちゃんの手を握ってる。
その夜、真っ黒な服を着たおじさんが、ぷかぷかたばこをふかしてやってきたんだ。
「おじさん、誰? ここはタバコを吸っちゃいけないところだよ!!」
タバコは“不潔”なのにあんまりえらそうにしているから、ボクはつんつんしておじさんに文句を言った。
「へぇ……今時珍しいな。ぬいぐるみが“心”を持ってしゃべるなんて。よっぽど大事にされてんだな」
おじさんは始めびっくりしたけど、すぐに感心してボクの身体をひっくり返したり、手をつまんでバンザイさせたり、足をつまんで広げたりした。
あっ! ボクのリボン。取っちゃダメってば!!
「んもーーっ。おじさん失礼な人! ボクはひなたちゃんの“ともだち”だもん!」
ボクはおじさんの手からすぽんっと抜け出して、リボンを取り返して地団駄を踏む。
これはひなたちゃんがくれたリボンなんだから、おじさんにはあげないもん!!
「昨今のお子様たちはぬいぐるみと話なんてしねぇーよ。せいぜい飾って飽きたらゴミ箱行きさ」
ボクはリボン結んで、ぷぅーっと膨れる。
ひなたちゃんの事もボクの事も何にも知らないのに。
「ひなたちゃんはボクをゴミ箱に捨てたりしないもん。だからおじさん誰?」
おじさんは吸っていたタバコを空き缶に詰め込んで言った。
「オレは死神。あの子を迎えにきたのさ。あの身体は持ってあと2日ってとこだよ」
「だってパパさんが……ひなたちゃんは移植すれば元気になるって……」
「なんねぇーよ。オレがあの子の魂を連れていけば、身体もおしまいさ」
死神のおじさんはウキウキして、何かをノートに書き込んでた。
「しかも久々に10歳以下の上物だ。魂を分けられるほどの上物は滅多にお目にかかれねぇ。これでオレの査定は爆上がりだ。年末のボーナスに間に合いそうでラッキーだよ!」
だめ……。そんなの絶対ダメ。
パパさんも、ママさんも、おばあちゃんも、ボクだってひなたちゃんを待ってる。
「ヤダ! ひなたちゃんは連れてかないで!!」
「そいつは聞けねぇな。オレは魂を回収するのが仕事だ。手ぶらじゃ帰れねぇんだよ!」
おじさんはつーんとそっぽを向いてしまった。
ひなたちゃんはダメ。でも、ボクならできるかも。
だって、ボクは……。
「ボクを連れてって。ボクはひなたちゃんに“分けてもらった”から代わりになれる」
ひなたちゃんはボクに名前をつけて、ピンクのリボンをくれた。
ずっとそばにいて、ぎゅうってして、たくさんお話して。
そうして、からっぽのボクに少しずつ魂を分けてくれたんだ。
だからボクの魂はひなたちゃんと一緒。代わりになれる。
「んーー。多少落ちるが、心を持つぬいぐるみは久々の珍品だから、お前でもいっかぁ!」
おじさんはボクの手をぐいっと引っ張ると、ボクは服を脱ぐみたいに、すぽんとぬいぐるみから抜け出た。
「ちょっとだけ待って。ひなたちゃんにお別れしてくる」
「おお、いいぜぇ。ごゆっくり~」
おじさんはひらひらと手をふり、窓に寄りかかって、またタバコを取り出す。
魂だけのボクはもう“不潔”じゃない。窓をすり抜けてひなたちゃんの側に行った。
ひなたちゃんは苦しそうに眠っていて、パパさんは不安そうな顔で手を握ってる。
もう一つの手は、ママさんがパパさんと同じ顔をして握っていた。
「いつもひなたの側にいてくれて、ありがとう」
「ボク、ひなたちゃんが大好きだから」
けれど、もう一緒にはいられない。
待ってあげられなくてごめんね。でも必ず元気になっておうちに帰れるよ。
ボクはひなたちゃんと最後の“ぎゅう”をした。
「ボク行くね。ママさん、ばいばい」
「待って。私ともしてちょうだい」
ママさんはそう言って、ひなたちゃんから手を離して、両手を広げた。
ボクはママさんと“ぎゅう”をする。
「ひなたにできたのなら、私にだってできるわ。私は“お母さん”だもの」
ママさんはボクを解放すると、小さく笑った。
「行くのは私よ。さあ、“私”をわけてあげる」
ママさんがボクのおでこにキスをした。
そしたら、ママさんはボクの姿そっくりになり、小さくなっていくはずのボクが、また元に戻っていった。
「モモはひなたのそばにいてあげて。私もきっと戻ってくるから」
ママさんはパチンとウィンクするとボクをぬいぐるみに押し戻し、ママさんはまっすぐおじさんのところに行く。
おじさんはボクに全然気が付かないまま、ママさんを連れて空へ駆け上がっていった。
※ ※ ※
あれから、ひなたちゃんはみるみる元気になっていった。
無菌室を出てからは、ボクも一緒のベットにいられる。
でも、今は病室のベットじゃない。ひなたちゃんのおうちのベッドだ。
今日は特別でリビングのソファーの上。フカフカで座り心地は最高だよ!
「ひなた。誕生日おめでとう!」
「お願いごとしてから、ろうそくふぅーって!」
パパさんとおばあちゃんに囲まれたひなたちゃんは、ちょっと考えてからお願いごとを言った。
「パパが大好きな“こはる”さんが、パパの“彼女”になりますように!」
「ぶっ!!」
ひなたちゃんはろうそくを一気に吹き消し、パパさんは飲んでいたビールを思いっきり吹き出した。
「あらあら。やっぱりひなたちゃんもわかるわよねぇ~」
「バレバレだよ。でもひなた、こはるさん好き! モモのお洋服作ってくれたの!」
ふふふ。今日もひなたちゃんは嬉しそう。
そしてパパさんはものすごく顔が赤い。
「……ほら、ひなた。ケーキ食べるよ……」
パパさんは照れてケーキを切る。
きっと来年の誕生日はもう一人増えるんだ。
ふふふっ。楽しみだよ!
==おしまい==