ヤンキー高校をお嬢様学校に変える
この学校は元々ただの田舎の県立高校で、お世辞にも成績がいい学校ではなく荒れていた。だから、こんなにお嬢様で溢れかえる学校じゃなかったのだ。
あたしが手に入れたこの『正しいスイッチ』のお陰だ。「はあ……」
教室に入ると、あたしは自分の席に座ってため息をついた。
今日も朝から疲れた。
「おはようございますわ! マリナさん!」
後ろから声をかけられて振り向くと、金髪縦ロールの少女が立っていた。彼女は高坂カレン。あたしと同じクラスの子だ。
見た目通りとても真面目な子で、誰に対しても丁寧な言葉遣いをする……。
そんな真面目な彼女になったのもあの正しいスイッチのおかげだ。
彼の女は2週間前は全県的に有名だったヤンキー少女だった。タバコ、セックス、暴力、恐らくわたしが思いつく悪いことはだいたい経験したと思う。
だけど、ある日を境に彼女の人生が変わったのだ。
それは、あたしのスイッチを使ったことから始まる……
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その日、あたしはいつものように登校していた。
「ふう」
朝の空気を吸い込み、深呼吸する。そして、校門を通り過ぎようとした時、突然声をかけてきた人がいた。
「おっすー! あんたが藤堂マリナ?」
目の前には髪の長い女子生徒が立っていた。身長が高く、スタイルが良い。
でも顔を見るとまだ幼さが残っていて、中学生みたいにも見える。
「え? はいそうですけど……」
「ふーん、ちょっと来いよ」
そう言ってその子はいきなりあたしの腕を掴んだ。
「ちょっ!?︎ 何ですか急に!」
「いいからこいっての!」
そのまま校舎裏まで連れて行かれる。一体何なんだこいつ? そう思った次の瞬間、彼女は壁に拳を叩きつけた。
ドゴォン!!
「うぐぅッ!!」
あたしはその衝撃で吹っ飛んだ。
「あ……ああぁ……」
痛い、すごく痛い……なんで……?
「お前さあ、最近調子乗ってない?」
彼女は冷たい目つきでこちらを見下ろしている。
「別に……そんなことありません……」
なんとか立ち上がりながら答える。
「まあいい、そうだよ、お前私のパシリな」
…………は? 何を言っているんだこの人は? パシリ? 意味がわからない。
「嫌ですよ、どうして私があなたのパシリなんかにならなくちゃいけないんですか」
「うるせぇ! 黙れ! 私はテメェみたいな奴が一番嫌いなんだよ!」
ガンッ!!! 彼女はあたしの顔を殴った。
「うあっ!」思わずその場に倒れる。
痛い……口の中が血だらけだ……。
「どうだ、これで少しは言う事聞く気になったろ?」
ニヤリと笑い、再びあたしの顔を見る。……冗談じゃない、誰がこんな人の言いなりになるもんか。あたしは心の中で反抗しながら立ち上がった。
「へえ、まだ逆らうつもりかい?」
彼女の目が鋭くなる。
「当たり前です! 人を呼んでもいいんですよ!」
そう言って大声で叫んだ。
しかし、いくら叫んでも誰も来る気配がない。おかしい、この時間は授業中ではないのか?
「無駄だよ、ここは学校から一番遠い所だからね、それに先生たちもみんなグルになってるから助けは来ないよ」
そういうことか……! 最初からあたしはこの人に嵌められたんだ。
「わかったら早く奴隷になりなよ、そうしたら許してあげるわ」……仕方ない、こうなったら最後の手段を使うしかない。
あたしはポケットの中からスイッチを取り出した。
「何それ?」
彼女は不思議そうな表情をする。
「これは『正しいスイッチ』と言って、どんなことでも正しい行動に変えることが出来る素晴らしいアイテムなのです!これを使えばきっとあなたは改心してくれるはずです!」
スイッチを両手に持ち、彼女に見せる。よし、完璧だ。これで彼女は正しい行動をするようになるだろう。
「何それ?アホくさ……。あれ? わたくし……!?︎」
スイッチを押した瞬間から、彼女の様子がおかしくなってきた。そして自分の胸元や股間を触り始めた。
「な、何かしら……体が熱くなってきましたわ……♡」
彼女は頬を赤らめながらモジモジしている。効いたみたいだな。あたしはスイッチを押してみた。すると彼女は光だし、その光が収まると目の前には金髪縦ロールの美少女が立っていた。
「あ、あら……? わたくしは今まで一体何を……?」
キョロキョロと辺りを見回す彼女。
成功だ!あたしは嬉しくて飛び跳ねたくなった。
「やったー!成功したー!!」
あたしは喜びを全身で表現した。
「えと……、不良少女だった時の記憶はあるよね?」
彼女の方を向いて質問する。
「ええ、もちろんですわ! あの時は本当に申し訳ありませんでした。わたくしはどうかしていたようです」
深々と頭を下げて謝る彼女。
「いいよ、わかってくれればそれで。これから仲良くしようね!」
あたしたちは握手を交わした。こうして、彼女は正しいスイッチのお陰で無事更生できたのであった。
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次の日も、また次の日もカレンちゃんの友達だった不良やヤンキーたちを呼び出してはスイッチを使って更生させた。
どうやらこのスイッチ、元のヤンキーのグレ具合によってスイッチを押したあとの清楚さが決まるようで、カレンちゃんほど綺麗にはならなかったけど、それでも十分可愛かった。
「マリナさんのお陰ですわ、ありがとうございます!」
「いいってことよ!」
あたし達は親友となったのである。
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ある日の昼休みのこと。
スイッチの効果は性格だけなので、学校の食堂には上品そうな生徒たちが、ヤンキーが食べていそうな
菓子パンやラーメンを上品そうに食べていた。
清楚な彼女たちはお嬢様言葉を使い、会話をしている。
「今日もメロンパンを食べているんですか?」
「ええ、だって美味しいじゃないですか」
「わかりますわ〜、私なんて昨日からカツ丼しか食べていないですもの」
「それは健康によくありませんわ、今度一緒にコンビニスィーツでもいかがでしょう?」
「まあ、嬉しいわ! ぜひご一緒させていただきたいですわ」
こんな感じで話しているのだ。
あたしの友達カレンちゃんもその例に漏れず、毎日お弁当ではなく、学食の定食ばかり食べているらしい。
「いつも購買のパンばかりでしたので……」
カレンちゃんはスイッチを使う前のヤンキー時代はメロンパンと焼きそばパンが主食だったらしく、それが癖になってしまったそうだ。
「やっぱりカレンちゃんはすごいなぁ〜」
あたしは感心しながら呟いた。
「そんなことないですよ、マリナさんのスイッチがなければ私はずっとあんなままだったと思いますし」
「あたし、このスイッチを使ってよかったのかな?カレンちゃんはどうだった?このスイッチ使う前と使った後じゃ全然違うと思うんだけど」
「そうですね、確かにスイッチを押す前はすごく怖くて嫌な気持ちになっていましたが、今はもう全くないんです。むしろこのスイッチのおかげで楽しい学校生活を送っていますし、感謝しています」
「そっか、もうヤンキーに戻りたい気持ちはないんだね?」
「はい、今の私が本当の私なんだと思っていますから」
彼女はニッコリ笑って答えてくれた。……よかった、これで安心してスイッチを使うことが出来る。
「あの……ところでそのスイッチというのは何なんでしょうか?」
「ああ、これ?これは正しいスイッチと言って、どんなことでも正しい行動に変えることが出来る素晴らしいアイテムなんだよ!」
あたしは誇らしげに説明した。
「へえ、そうなんですか。でもどうしてマリナさんはそのスイッチを持っているのですか? 普通こういうアイテムって特別な能力を持った人が持っているものだと思っていたのですが」
「実はこのスイッチはあたしが作ったもので、誰かの役に立つために作ったものなんだ。だからみんなにも使ってもらって、みんなを幸せにしてあげようと思っているんだ」
「すごいですわね、そんなことできるなんて! 尊敬しますわ!」彼女はキラキラとした目であたしを見た。
「そんな大したことないよ」
照れながら答える。本当はちょっと恥ずかしかったりする。
「いえ、本当に素晴らしいことだと思いますわ。……もしよろしければそのスイッチ、わたくしに譲って頂けないでしょうか?」
「うん、いいよ!」
断る理由なんかあるわけがない。あたしはスイッチを手渡した。
「ちなみに何に使うの?正しい使い方とかは知ってる?」
ふと気になったので聞いてみる。
「ええと、確か『正しいスイッチ』と言って、どんなことでも正しい行動に変えることが出来るはずです。これでわたくしは不良をやめられたんですよね?」
「そうだよ!カレンちゃんが不良だった時も、これを押したおかげで更生できたんだよ」
「ですわよね。これをわたくしのお母様に使えば……!」
彼女は嬉しそうに言った。……なるほど、そういう風に活用するのか。スイッチの対象は少女だけではない。これは素晴らしい発見だと思った。
「せっかくだから、あたしもカレンちゃんがお母さんに使うところ見せてよ」
「はい、では放課後にわたくしの家にいっしょに来てもらえませんか?」
「オッケー、じゃあ行こう!」
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その日の授業が全て終わり、あたしたちは彼女の家に向かった。
彼女の家はボロい木造アパートの一室にあった。
部屋に入ると、そこには一人の女がいた。おそらく彼女が言っていた母親のことだろう。
「お母様、ただいま帰りました」
カレンちゃんが挨拶をする。
カレンちゃんの母親は、以前のカレンちゃんと同じ雰囲気を醸し出していた。ちなみに父親はいない。
話によると、カレンちゃんの母親=樹里さんは高校生の頃にカレンちゃんを産んでいるため、かなり若い。しかし、金色に染めた髪やピアス、そして濃い化粧のせいでとてもそうは見えない。
「……なんだ、カレンか……」
彼女も以前のカレンちゃん同様、見た目はかなり派手である。カレンちゃんの話によると、間男を連れ込んでは派手な遊びをしているらしい。
「お母様、お話があるのですが」
カレンちゃんが言う。
「ああん?なんだよ?テメー最近お嬢様みたいな喋り方になってからムカつくんだよ」
「実はお母様にお願いがあって参りましたの」
「お願いぃ? 金ならねぇぞ?あたしのキャバでの稼ぎ知ってんだろ?欲しいもんあったら自分で買えよ?」
樹里さんはニヤリと笑った。
「お金ではありませんの、お母様に是非とも試して欲しいことがありますの」
「はぁん?なんだよ?」
「これを見て下さい」
カレンちゃんはスイッチを取り出し、彼女に見せた。
「スイッチ?それがどうしたってんだよ?まさかあたしをハメようとしてんじゃねえだろうな?このクソガキ」
「違いますわ、わたくしは本気なんですの」
「チッ、くだらないことだったらぶっ殺すからな」「はい、それはもちろん」
そう言って彼女はスイッチを押した。
「正しいスイッチ!」
すると、彼女の身体に変化が現れた。
「はっ!?︎ なんだ、この感覚は……? 頭がスーっと冴えてくる感じ……。それに……なん……でしょう、この服は……?」
樹里さんの服装がキャバクラに出勤するための安っぽい真っ赤なドレスから、キャリア・ウーマンが着ていそうなスーツに変わった。
「な、何? なんでわたしがこんな格好して……のよ?えっ、この喋り方……」どうやらスイッチの効果が出たようだ。
「これがスイッチの力なんですの、お母様。このスイッチを使えばどんなことでも正しい行動に変えることができるんですのよ。つまり、このスイッチさえあれば、あなたはもう不良になる必要なんてないってことですわ」
「ええええっ!!?」
樹里さんは驚きの声を上げた。無理もない、今まで自分がしてきたことが全て間違いだったと言われたのだ。
「お母様、これからは真面目に生きて行きましょうね」「ちょ、ちょっと待っ……待って」
樹里さんの体が光りだす。樹里さんは黒く真っ直ぐな髪をポニーテールにし、メイクを落としてキャリア・ウーマンのようなメガネをかけていた。
「あれ、私何をしているんだろう?」
「まあ素敵ですわ! お母様!」
「ええ? 何これ? 一体どういうことよ?」
「実はですね、わたくしはスイッチの力で、お母様を清楚な女性に更生させたのですわ! 素晴らしい力だと思いませんか?」
「は、はぁ?」
樹里さんはまだ理解できない様子だった。
「さすがカレンちゃん、すごいね!」
あたしは樹里さんにスイッチの効果を説明すると、樹里さんは涙を流して
「カレン、ありがとう! 私はなんていい娘を持ったのかしら」
「いえいえ、そんな。お礼など言わないでくださいまし」
二人は笑い合った。荒みきった部屋もこれからキレイになるだろう。あたしもカレンちゃんが喜んでる姿が見れて嬉しい。
ただ、困惑したのは樹里さんだった。
「……でも、わたしの仕事、キャバクラ嬢なんだけど大丈夫かな?」
そりゃそうだ。ケバい衣装も一応お仕事でもあるんだから。今のキャリア・ウーマンみたいな見た目で接客されてもお客さんも困るだろう。
でも、カレンちゃんは一切淀みなく言い切った。
「その点は心配いりませんわ、お母様。仕事の方はそのまま続ければ問題ありませんわ」
「そっか、よかった。本当にありがとね、カレン!」
抱き合っている二人には悪いが、あたしにはカレンちゃんが言ってる事は理解できなかった。ただ、カレンちゃんも樹里さんも頭良さそうな風貌をしているが、教育というものをマトモに受けてなかったことを思い出し、ちょっとだけクスリと笑った。
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結局樹里さんは、キャリア・ウーマンみたいなキャバクラ嬢ということで仕事は続けているみたい。真面目で清楚なキャラクターがウケて、今やナンバーワンの人気を誇るようになったらしい。
ちなみにカレンちゃんはというと、今は優等生として過ごしている。元のカレンちゃんは掛け算すらできなかった劣等生だったので、一生懸命勉強して、ようやく中学生レベルの勉強ができるようになったそう。このままのペースでいけば、あたしと同じ志望大学に合格できるかもしれないとのこと。樹里さんは、元の間男とは縁を切り、今では仲良く親子二人で暮らしている。
それから一年が経った。
「はー、今日も疲れた〜」放課後、あたしはいつものようにカレンちゃんと一緒に帰っていた。
「おつかれさまです、マリナさん」
「そういえば最近樹里さん見てないけど、元気にしてる?」
「はい、お母様は相変わらずキャバ嬢を続けていますわ。スイッチ押してからは、とても気が利くようになって、お店の売上も伸びたらしいですよ」
「へぇ、それは良かったじゃん」
カレンちゃんは樹里さんの稼ぎが増えたことを喜んでいるよう。しかしあたしは、彼女の変貌ぶりに疑問を抱いていた。
「あのさ、前から聞きたかったことがあるんだけど」
「なんですか?」
「スイッチって、本当に人を更生させることができるの? あたしにはどうも信じられないっていうか……」
「え? 何言ってんですの? スイッチがあるからこそ、わたくしたちこうして普通に生活できているんじゃありませんの」
「いや、そうなんだけど……なんか引っかかるというかさ、なんだろ……上手く言えないなぁ」
「ふむぅ」
カレンちゃんは首を傾げた。
次の日、樹里さんが休み時間、廊下を歩いているところを見つけた。
「あっ、樹里さん!」
「ん?ああ、マリナじゃない。久しぶりね、元気してた?」
「うん、まあね。樹里さんはどう? スイッチのおかげか、すごく綺麗になってるよね」
「ええ、そうよ。スイッチさえあれば、わたしの人生は薔薇色よ」
彼女は嬉しそうな表情を浮かべていた。
「ところでさ、樹里さんってキャバ嬢やってるんだよね。それなのにこの前の休み時間に、教室に来るなんておかしいと思って」
「ああ、それね。それは、わたしがこの高校に入学したからよ?」
「え? どうゆうこと?」
「わたし、カレンを産むときに、この高校中退してたの。でも、ずっと後悔していて……だからもう一度入学することにしたってわけ」
「そ、そういうことだったんだ」
やっぱり何かが引っかかった。
「ねぇ樹里さん、今幸せ?」「ええ、もちろん」
「じゃあさ、今楽しい?」
「ええ、そりゃあもう。スイッチのおかげで人生最高だわ!」
「…………」
あたしは黙ってしまった。
「どうしましたの? マリナさん?」カレンちゃんが心配そうに声をかけてきた。
「ううん、なんでもないよ」
あたしは誤魔化した。
樹里さんが更生できたのは良いことだ。だけど、果たしてそれでいいのだろうか。スイッチによって変えられた人格のまま、人生を歩み続ける。そんなことで、幸せな人生と言えるのだろうか。
あたしは考える。
スイッチを使えば、人は簡単に変わることができる。あたしも、もっと素直な気持ちで生きられたらどんなにいいだろう。でも、もし自分が変われたとしても、それが本当の自分なのか分からない。それに、この世の中にはまだまだスイッチの力でも救えない人が大勢いるはずだ。その人たちのことを思うと、胸が苦しくなった。「どうされましたか、マリナさん?」カレンちゃんがまた声をかけてくれた。
「大丈夫だよ、ちょっと考え事してただけ」
あたしは笑顔で答える。
「そうですか」
カレンちゃんは安心した様子だった。
「そうだ、樹里さん! 今度一緒に映画観に行きませんか? 恋愛映画の新作が出たらしいんですよ!」
「あら、いいわね。行きましょう」
二人は楽しそうに話していた。
あたしは思った。
人を変える力。その力は確かに素晴らしいものかもしれない。だけど、本当に必要なのは、人の心を変えることではないと思う。
大切なことは、自分の意思で行動する勇気を持つことなのだとあたしは思う。
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