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1話 目覚め

 ゴポ…。

 深い眠りから目覚める時のようなまどろみの中。

 肌を撫でる流体の感触、やや冷たいながらも心地よい温度。時折身体に触れ立ち上っていく柔らかい小さなつぶ。

 (…?水の中、か?俺、会社に向かっている途中で、急に意識が遠退いて…)


 瞼を持ち上げるとそこは水中、群青の世界。


 (ッ、おっ、い、息…、上に…!)


 必死に水を蹴る。

 どういう訳か九死に一生を得たらしかったが、目下生死の危機に直面しているらしかった。


 (こんな訳のわからないまま、また死んでたまるかッ)


 しかし蹴れども蹴れども水面が見えてくることはない。焦燥感がじりじりと身体に纏わりついてくる。

 『目が覚めましたか』

 頭の中に響いてくる男とも女とも判別がつかない声。

どうやら幻聴まで聞こえてきたようで血中酸素濃度の低下が予想された。

 (不味い不味い不味い不味い、し、死ぬ…)

 『何を一人でテンパって…あの聞こえますか?』

 (嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…まだ何も、何者にもなれていないのに…ああ…)

 『あの!落ち着いて!』

 「ッるさい!なんなんださっきから!こっちは今にも死に、そうで………あれ?」


 相当水を掻き分けていたのに息苦しくない。それに発声が出来ている。


 『やっと落ち着いてくれましたか。こちらの声は聞こえていますね?佐藤歩さん』

 「え、あ、はい」

 『意識の混濁なし。魂魄の破損も…見当たりませんね。無事に離魂したことを確認しました。』

 「えっと…状況がよくわからないのですが…」


 自分の知っている水中の法則が適用されていない状況。嫌に理性的な幻聴。徐々に理解が追いつき周囲を見渡すとそこはやはり水の中だった。しかし上を見ても水面は見えず、また下を向いても底も見えない。光が挿し込んでいるようでもないが仄かに煌めく淡い光達が辺りを照らしている。


 現状の把握に努めても分かったことは酸素の心配をする必要はなさそうだということだけだった。


『佐藤さん。覚えているかどうかわかりませんが貴方は通勤中、興奮状態に陥り、度重なる疲労と過度な栄養剤の摂取で脳の血管が切れその場で亡くなりました。記憶はありますか?』

 「…はい。覚えています」


 なんとも情けない人生の幕切れだった。

それが一度死を経験した感想だった。興奮した中年がみっともなく喚き、年下の男には歯牙にもかけられず、ドラマチックな展開もなく。なんともみっともない我が人生か。


 『結構。ではご説明致します。貴方は一度死にました。現在魂魄を改めて構築し、新たなる適正のある世界に送り出す面談、といえば伝わりますでしょうか』

 「?えっと…それってどういう?」


 アニメやライトノベルで定番の異世界転生というやつだろうか。トラックで撥ねられた主人公が目が覚めたら異世界だったというのが定番のジャンルだったと思う。

 (興奮しすぎて脳卒中、っていうみっともない死に方だったわけだけど…)


 『おおよそ想像の通りですよ。ただ選ばれた人のみが転生する、そういった訳ではありません。全ての魂は死後別の世界を巡るのです』


 声は淡々と語る。

 話を纏めると世界とは幾万幾億と存在し、全ての世界の魂魄…いわゆる魂の総量は決まっている。魂は通常緩やかに死に向かい一生を終えるとまた同じ世界の何かに輪廻転生をする。だがその世界に適正がない魂は適応することができずにふるい落とされ、正式な寿命を全うすることなく何度も死を迎えてしまう。

 そういった所謂落ちこぼれた魂が増えれば増えるほど、魂魄構築の作業やら手続きに忙殺され世界の維持管理に支障をきたすので、面談を行い、なるべく適正のある世界に送る。

 そういったことらしかった。


 『さて、本題ですが…次に生を受けるに当たって希望があればお伺いします。魔法や剣の飛び交うファンタジーな世界や科学技術が発展した世界…貴方が知るところのゲーム中の世界なんて素敵かもしれません』

 「…それってまんまラノベじゃないっすか」

 『転生時に前世の記憶を持ち合わせた者が物語を紡いだならばそういったこともあるでしょうね』


 世の中に溢れる異世界転生物語。これ以上ないほど腑に落ちる説明だった。ふむ、と考える。


 「じゃあやっぱり魔法や剣の世界がいいです。異国情緒が溢れる中世くらいのファンタジーな感じで」


 別に異世界で無双したいとかそういった訳では無く、せっかく転生するのだ。今までのように先の見えない、退屈な仕事のために生きているような、労働が至上の喜びであり使命のような世界ではなく、幼い頃に思い描いた魔法が使える世界で少し刺激的に生きたい。そう思う。


 「あ、転生ってことは赤ン坊からのスタートなんですかね?例えば15歳くらいで転生?することは可能なんですか?」


 それを転生とは言わないとは思うが。

 赤ん坊として生まれ落ちるということは、家庭に縛られ、成長するにつれ学校に縛られるようになり、自然な流れで両親の期待に応えて働くようになり、労働に縛られる。そんなのはこれまでの人生の焼き直しだ。

 あんまり幼いと補導されたりしそうだし、奇異の目で見られそうだしな。


 『可能ですよ?せっかくの新しい人生もったいない気もしますけど…そうですね。そうしたらちょうど15歳にしましょう。あとは何かご質問はありますか?あ、よくあるチート能力がほしいですとかは承っていないので先に断っておきますね』

 「ああ、そうなんですか」

 『ええ。それだけで転生先の世界が混乱してしまいますからね。過去それを聞き入れて転生先で好き勝手されて大量に死者が出て管理が大変だったのです』


 転生者がその世界の基準を大きく上回る力で何かの勢力に肩入れすればパワーバランスが崩れそうだし、好き勝手に暴れて世界崩壊なんてことになったりしたらそこに元々住んでいる住民もたまったものではないだろう。管理という言葉もあるし厳正に取り決めなければいけない事項もありそうだ。


 『ただ各方面の才能の振分はしなければないので魂の適正を元にサイコロでなんとなく振り分けます』


 結構適当らしかった。


 『特段に要望等ないのであればこのまま進めます。えーとどれどれ…このへんでいいでしょう』

 

 くじ入りの箱にでも手を突っ込んでいるような紙が撹拌されたような音。


 『さて。時間も押してきましたのでそろそろ旅立ってもらいましょう。次が使えていますので』

 「はぁ…あの、才能の振り分けがどうのというのは」

 『後ほど適当に振っておきます、あとはまあ現地に産まれなおしてから実地で学んでください。15歳での転生ということで学ぶ環境がない中でのスタートというのも野垂れ死にでもされても困りますので簡単に説明書だけ持たせますので安心してくださいね』


 有無を言わせぬように口早で言いくるめられる。神様業?というのはどうにもタイトなスケジュールで仕事をこなさねばならないらしい。なんとも俗っぽいことである。何か聞いておかねばならないことは本当にないのか思案していると『それでは良い異世界転生を』そう告げられた瞬間。


 ゴポッ。

 また意識が急に遠くなり、身体が引き上げられていく感覚。そこで歩の記憶が途絶えた。




◆◇◆



 顔が暑い。

 心地よい風が身体を撫でつける。背中や手のひらにチクとした感触。


 目を開くと、視界いっぱいの青空。

 どのくらい寝ていたのか凝り固まっていた筋肉を伸びをして伸ばす。そうしてぐいっと身体を起こしてみれば。

 視界には一面の芝生の海。視線を遮るように立ち並ぶ巨木。全長は20mくらいだろうか。生前見たことのないような大樹に圧倒される。

 どうやら森林の開けた場所にいるらしかった。

 周囲に人の気配は感じられず、小鳥のさえずりと草木の揺れる音以外は何も聞こえてはこない。


 「…スタートからこれって食い物とかどうすりゃいいんだ…」


 佐藤歩の異世界生活は最初から前途多難であるらしかった。頭を抱える。動画サイトでサバイバル動画を暇つぶしに見ることはあった。ただ見たことはあっても現代社会で何不自由なく暮らしていた身であればサバイバル経験どころかデイキャンプすら未経験である。


 「あ、そういえば、説明書がどうとかっていう…」


 転生前に持たされたという説明書。それは何故か現在も着用している、生前着ていたスーツのポケットから四つ折りにされたものが出てきた。スーツが奇異の目で見られるかはわからないが全裸で放り出されても裁縫など小学生の時に授業で習った程度なのでありがたい配慮である。

 説明書は全部で4枚。一通り目を通して見ることにする。


 1.この世界は資本主義社会であり、通貨の流通がある。ギルドに所属したり、雇用されたりして労働の対価として報酬を得ることができる。また各地に群生している草木やモンスターを討伐し、採取したものを各地のギルドや商館で買い取ってもらうこともできる。


 2.各地には様々な種族やモンスターが個であったり群れであったり社会を築きながら生活を営んでいる。当然街の外にいれば命の危険も往々にしてあるとのこと。


 3.魔法には様々な属性があり、それぞれに系統が存在する。個々人の適正はあれどこの世界〈エルガルド〉に住む人々は開発された呪文を唱えることにより魔法を行使することができる。この魔法とは別に【根源魔法】という自己の魂の原点・根源を知ることで使用できるその者だけの特別な魔法も存在する。


 ということが1枚目に記載してあり残りは初級魔法と書かれた数種類の呪文が書かれたのみである。

 そうして最後の紙には「一応自衛と新しい人生の門出としてナイフをプレゼントします。武器を扱う適正があるようなのでがんばってください」と締められていた。


 「……こんなものもらっても俺、体育の選択授業柔道だったんだけどな…」


 腰に手を回すと確かにベルト通しに引っ掛けられた華美な装飾がなされたナイフ。柄には鈍く煌めく赤い宝石が嵌っていた。


 「まあ最悪、この森を抜けてこれ売れば金にはなるか…」


 ふぅ、と小さく息を吐き。両手で顔をピシャリと叩く。ここで途方に暮れていても野垂れ死ぬだけだ。まずはなんだっけ水の確保、かな。


 そうして佐藤歩の異世界生活が幕を開けたのだった。


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