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勇者の生まれ変わり

「困りますな。ルールは守っていただかないと」


 先ほどまで司会進行をしていた男が、不満げな顔をしていた。

 せっかくの目玉商品の競りがすぐに終わってしまったことに対してだろう。


「悪かった。早く終わらせて帰りたかったんだ」


 リリスは軽く謝ると、小切手に金額と名前を書いた。

 オークションが終わり、商品引き渡しのための別室に彼女はいた。


「しかし驚きました。あなたがこのような場所に訪れるとは」

「私を知っているのか?」

「ええ。我々のお得意様は魔法使いの方も多いですから。先の大戦で活躍した、この国一番の魔法使い。銀の魔女レディリリス。あの界隈であなたを知らぬ者などいないでしょう。……しかしまさか、こんなに美しい方とは思いませんでしたよ」

「若作りと言いたい?」

「いえいえ。滅相も無い」


 リリスは小切手を差し出した。男が受け取るとにっこりと笑った。


「確かに受け賜りました」


 競売人の男が指を鳴らすと、別の部屋からオークション側のスタッフが現れた。

 シャラシャラと鎖の音が聞こえる。スタッフの後ろからリリスが競り落とした少年が連れてこられた。


「あの首輪は躾が完了するまでは、外さない方がよろしいかと」

 競売人の男が、リリスに伝えた。

「アレはなかなか反抗的でしてな。捕まえるまでに大の男が五人も負傷させられました」

「そんな馬鹿な。彼は子どもだぞ」

「ヤツは勇者の力に目覚めています」



 魔法と呼ばれるものは体系化されており、法則に従い魔力を消費し実行すれば、基本だれでも発動できる力である。

 もちろん生まれ持った魔力の有無や質、さらに高位の魔法になればなるほど習得するのに時間や才能が必要になるが、魔法は体系化されているものだ。

 逆に、異能と呼ばれる力がある。それはその人間が持って生まれた力で他の人間がマネできないものだ。

 念動力、発火能力、瞬間移動などが確認されており、異能者は大抵一種類の力しか扱えないと言われている。

 勇者の力はこの異能に分類される。勇者は生まれながらその力を持っていたが、魔王との戦いで力をさらに開花させ、複数の能力を発現させたと言われていた。



「……北の小さな田舎町にあるテトラ神学校が半壊した事件をご存じですか」

 競売人の男が静かに尋ねてきた。

「一ヶ月ほど前に聴いたな。確か学校の裏庭に埋まっていた大戦の不発弾がいきなり暴発したとかいう……」


 人との関わりは断っていたが、ラジオでニュースは聴いていた。あの事件、確か負傷者は多くいたが、死者はいなかったはずだ


「原因がわからなかったから、表向き不発弾としただけですよ。実はあの事件の犯人はアレなのです」

「なぜ?」

「理由ですか? わかりません。アレは頑なに答えようとしないので」

「なぜ、お前たちは彼が犯人だと知っているんだ?」

「おっと。それは秘密です。我々にも守秘義務があるので」


 リリスはこれ以上追求しなかった。商売人である彼らは、今後の信用問題のためにも絶対に口を割らないと知っているからだ。


「アレは何をしでかすかわかりません。あの首輪は魔封石で出来ています。アレの力を封じるためです」


 魔封石は魔力を吸い取る性質を持つ、特殊な鉱石だ。犯罪者の魔法使いを拘束する手錠にも使われている。その手錠をかけられると、魔力をうまく練ることができず魔法が使えなくなるという。男がこう言っているからには、彼の力も封じることができているのだろう。


「わかった」


 リリスは椅子から立ち上がると、スタッフの男が近づき鎖を差し出した。

 少年を見る。彼は俯き、こちらを見ようとしていなかった。少しためらったが、リリスは鎖の先を受け取った。少年に近づき、彼だけに聞こえるように囁いた。


「悪い。もう少しだけ辛抱してくれ」

「……」


 リリスは男たちに振り返った。

「疲れた。そろそろ帰らせてもらうよ」

「またのご利用をお待ちしております」

 男たちが頭を下げた。


 もう来ないよ、こんな空気の悪いところは。

 …そう内心で返事をし、リリスは歩き出した。鎖で繋がっている少年も何も言わずについてきた。

 部屋から出る扉に近づき、リリスは鍵束を取り出す。扉の鍵穴に赤錆色の鍵を差し込んだ。

 呪文を唱え、扉を開けると彼女は部屋を出た。



 リリスはラルズールに訪れた時と同じく、魔法を使い空間をつなげた。扉を抜けると、自分の屋敷の前に到着した。

 外は夜が明けて、日が昇る前の明るい灰色の空が広がっていた。

 リリスは深く息を吸い込む。深い森の匂い、まだ肌寒い空気が肺に入ってきて、オークション会場の余熱が洗い流された気がした。

 リリスは首だけ回して少年の方を向くと、彼は顔を上げて周囲を見渡していた。

 さきほどまで地下の一室にいたのに扉から出たら、いきなり朝ぼらけの森の中にいるのだ。驚くのも無理はない。

 視線に気づき、少年はきょろきょろと首を巡らせるのを辞め、リリスに向き直る。リリスはくすりと笑った。


「こっちだ」


 リリスは少年を連れ玄関の扉の鍵を開けた。そのまま扉を開けようとして、ためらった。

 ドアノブを握ったまま固まる。


「ミモザになんて説明しようかな…」


 オークションに行っていたんだ。そこで彼を競り落としてきた。二億で。

 いや、買うつもりは無かったんだ。そういうつもりで行ったわけじゃないんだ。本当だ。気がついたら、二億って言ってしまっていただけで。信じてくれ。ただ…。


 頭の中でミモザに対する説明を考えていたが、途中から言い訳のようになってしまった。

 ……しかしとリリスは自問する。ただ、なんだ?

 その先の言葉が思い浮かばなかった。

 ただ見に行っただけだ、と続けようとして「本当に?」ともう一人が疑問をぶつけてくる。

 ……本当に、ただ見に行っただけ? 


 リリスは考えるのを止めた。空の色から見て、まだ午前五時前だろう。ミモザはまだ眠っているかもしれない。リリスはそっと音を立てないように扉を開けた。


「リリスさま?」


 きょとんとした目をしたミモザが、花瓶を手に持って玄関に立っていた。どうやら中の水を入れ替えていたようだ。

 彼女の様子を見て、リリスはまだ自分が仮面をつけていたことを思い出した。リリスが仮面を外すと、ミモザは微笑んだ。


「ごめんなさい。驚いてしまいましたわ。お帰りなさいませ、リリスさま」

「……ミモザ、起きていたのか」

 ミモザはただにっこりと笑って、答えなかった。

 もしかしたら、彼女は一晩中待っていてくれたのかもしれない。そうリリスは思った。


「そちらの方は?」


 ミモザが体を少しずらして、リリスの背後にいる少年に視線を送った。

 少年はミモザと目が合って、一歩後ろに下がった。


「もしかして獣人を見るのは初めてですか? ご安心を。わたくし、リリスさまの使用人のミモザと申します」

 少年は答えなかった。


「えっと実はだな…。いや、やっぱり説明は後だ。まずは朝食を。いや、その前に風呂かな」

 ちらりと彼を見る。別にひどく汚れているわけでもないが、彼を身ぎれいにさせたかった。


「かしこまりました。お疲れでしょう? 先にお飲み物を用意しますね」

「ああ、頼む」

 リリスはミモザの横を通り先に中に入ろうとした。そのときだった。


「きゃあ!」


 ミモザが持っていた花瓶が突然、割れた。彼女が滑り落としたのでは無い。内部から爆発したかのように突如、割れたのだ。

 リリスが振り向こうとした途端、ドンと体を突き飛ばされた。

 背後にいた少年が体当たりしてきた。リリスは避けることも出来ずに、勢いのまま床の上に倒された。かぶっていたとんがり帽子が反動で落ちる。

 背中を打ち一瞬息が詰まる。はっと気がついたときは、少年が自分の体の上に馬乗りになっていた。


「――――」


 青色が目の前にあった。

 長い前髪で隠れて見えなかった彼の瞳は、澄んだ青空と同じ色だった。

 アスターと同じ瞳の色。


「リリスさま!」


 状況も忘れて少年の瞳の色に見入ってしまっていたリリスは、ミモザの声で我に返った。

 自分の目の前にガラスの破片が突きつけられていた。少年が割れた破片の一つを持っていた。

 そして無数のガラスの破片が、こちらに切っ先を向けて少年の周りに浮かんでいた。まるで発砲の合図を待つ、無数の銃口のようだった。


「動く、な」


 少年は自分を見下ろしながら、声を発した。


「怪我したくなかったら、今すぐ鎖を外せ」


 リリスはそこで少年の声を初めて聴いた。声変わりを終えた、少し低い声だった。



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