表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/25

ルドとの再会

「待たせたね、銀の魔女」


 昔と変わらず同じ場所で立ち続ける青銅の勇者を見上げていると、リリスは声をかけられた。

 振り返ると、二十歳を少し超えたぐらいの青年がこちらに向かって手を上げていた。


「ルド?」


 細身の青年だ。肩口まで伸びた金髪が揺れて、緑の瞳がこちらを見つめている。


「君は変わらないなあ、リリス。あの頃の記憶と同じ姿をしている」

 近づいて足を止めた彼は、自分を見つめ懐かしそうに目を細めた。

「久しぶり…って言っていいのかなあ?」

 少しこちらの反応を伺うような声音に、彼らしくないと思いリリスは苦笑した。


「あなたがあの頃の私の上司と同じなら、そう仰っても構わないのでは?」

「あはは。それもそうだ」

「ルド。土産です」

 リリスは紙袋を彼に手渡した。


「開けても?」

 リリスが頷くと、彼は紙袋に手を入れ中に入っていた虫かごを取り出し、目を丸くした。


「……カエルだねえ」


 ルドが虫かごを目線の高さまで持ち上げ、中のカエルをじっと見た。カエルは蛇に睨まれたように固まっている。


「シオンと共に王都に訪れたときに、彼を攫いにやってきた帝国のスパイです。一人は逃げられましたが、もう一人は無力化のためカエルに変化させました」

「なるほどね。え~と、シオン?」

「勇者の生まれ変わりの、今の名前ですよ」

「へえ。新しい名前かあ。いいねえ」

 ルドはカエルに視線を放さず、大して興味がなさそうに答えた。


「やっぱり大戦が終わったところで、お前たちは大陸統一を諦めたわけではないんだね。わかっていたとも。勇者の生まれ変わりを兵器として活用したかったんだろう? わかるよ、魔王を倒すほどの強力な力。拮抗した今の状況を打開するにふさわしいからねえ」


 彼が語りかけているのは、虫かごの中のカエルに向かってだった。


「それは差し上げます。魔法を解いた後は煮るなり焼くなり、口を割らせるなり好きにして下さい」

 彼女の言葉に、ルドは口元を歪ませた。

「ああ。よくやった。有効活用させてもらおうか」


 今までどこかヘラヘラしていた口調が、一気に冷たいものに変わった。その声音は大戦時、銀の魔女に指令を下していたときを彷彿させた。


「その代わりに私も聴きたいことがあるのです」

「……わかった。場所を移そう」

 リリスはルドに促され、彼の後をついて行った。






 彼に案内されて辿り着いた場所は、王都郊外にある公園だった。そこは高台にあり、都の街並みを一望できる。


「馴染みの喫茶店に連れて行ってくれるのではなかったのですか?」

「ん~、最初はそう考えていたんだけど、生のカエルを片手に、食べ物屋さんに入るのはまずいでしょ。大丈夫だよ、ここは人払いもしてあるから」


 二人の前には姿を見せないが、ルドからつかず離れず一定の距離を保ちながら、付いてくる影があった。彼の護衛だ。


「それに君もここに来たなら、彼に一言ぐらい挨拶していってもいいだろう?」


 都を見下ろせる高台には、勇者の墓があった。

 魔王を倒し世界を救った英雄だというのに、石碑は質素でこじんまりとしている。刻まれた文字もまた簡潔に『勇者アスター、ここに眠る』とだけ書いてあった。

 それだけなら普通の人間の墓と大差ない。だが、その墓の前には、彼が使っていた聖剣が地面に突き刺さっていた。


 聖剣は女神が勇者に与えた剣で、意思を持つと言われている。

 アスターの死後、聖剣を回収した彼の仲間が墓の前に突き刺したのだが、ただ乱雑に突き刺しただけなのに、その後、聖剣は地面から抜けなくなったのだ。

 屈強な男たちが、あるいは才能ある魔法使いが地面から抜こうとしたが、聖剣は勇者以外を使い手と認めないと言っているかの如く抜けなかったという。


「この下にアイツはいませんよ。骨も灰すら残らず死んだのだから」

「知ってるよ。棺にはたくさんの花と勇者との思い出の品が入れられた。アスターの故郷はわからなかったから、ここに形式上の墓を建てた。形だけでも残された人間にとっては大事なのさ。そうしないと気持ちの区切りをつけられないからね」

 ルドは墓に向かって手を合わせた。リリスは祈らなかった。


「ルド、私はロップ族の集落の外れで魔獣を見かけました」

「へえ。あそこにも出たんだ」

 彼は大して驚いた様子を見せなかった。


「混乱を招かないよう情報統制しているから世間には知られていないけど、実は各地で魔獣の出没情報が上がっているんだ」

 魔獣と聞いても驚かなかったのは、彼にとっては今初めて聴いたからではないからだった。


「これがどういう意味を持つか、君はどう思う?」

 彼がリリスを試すように、尋ねてきた。

「魔獣は魔王から生み出された配下です。魔王は魔族全体とつながっており、魔王が滅ぼされたことで魔族は全て消え去りました」

 リリスはそこで言い淀んだ。しかし意を決して口に出した。


「魔王がどこかで復活し、魔獣を生み出している…と、私は思います」


 言葉にして口にすること自体、恐ろしかった。認めてしまうことになるからだ。


「僕もそう思う」

 リリスとは反対に、ルドはあっさりと同意した。

「一番最初に目撃された魔獣は、勇者の生まれ変わりがオークションに出品される前に現れた」

 各地の情報を収集していた彼にとって、魔王の復活の可能性はすでに考えついていたからだろう。


「魔王は知っていたんだよ。勇者の生まれ変わりが目覚めたことを。僕たちよりも早く、ね。出現した魔獣は破壊を本能にしている奴らにしては、あの頃のようにひどく暴れ回ってはいない。まだ、おとなしいんだ。……僕は奴らが勇者の生まれ変わりを探しているからだと思っている」

「……それは、どうして」

「そうだね。僕が魔王なら、自分を殺した勇者がまだ前世の力に覚醒していないと知ったら、今のうちに殺しておこうかなと思うよ」


 自分を殺した者の生まれ変わりが、まだ記憶を思い出していないのなら、思い出す前に消そうと考えても不思議ではない。


「リリス、彼は前世の記憶を思い出したのかい」

 ルドに尋ねられ、リリスは頭を左右に振った。


「いいえ、まだです。思い出している記憶はほんの一部だけ。力は覚醒していますが、まだ不完全です」

「そうか。てっきりもう思い出しているものだと思っていたよ」

「あなたはどうして、私に勇者の生まれ変わりの情報を教えたのですか?」


 リリスはルドに会う目的の質問を、ここでようやく彼に尋ねることが出来た。


「……彼を保護して欲しかったからだ」

「自分で動けば良かったのでは?」

「帝国のスパイもオークションにいたことは知っていた。僕は王家側の人間だ。その僕が競り落とせば相手は聖王国が勇者の力を手に入れたと結論づける。そうなれば、ソレを口実に攻め込んでくるかもしれない。確実に国同士の力のバランスが崩れてしまうのはわかっていた」

 面倒くさそうにルドは、言った。


「だから君に保護して欲しかった。君は大戦の時は僕の部下として戦ってくれていたが、今は世に関心が無く白い霧の森に引きこもっていると帝国だって知っていたからね。国同士の問題にはならない」

「都合が良かったんですね、私は」

「銀の魔女の名は帝国で恐れられているからね。勇者の生まれ変わりを連れ去ろうと、魔女の森に入るなんてマネはしないだろう。だから彼を安心して任せられるのは君だけだと思った」

 彼はそこで一息つくと、話を続けた。


「でも記憶が戻っていないのは想定外だったな。君と一緒にいれば、自然と思い出すものだと思っていたけど、違ったのか」


 ルドは顎を掻いた。その仕草は宮廷魔法使い時代に、よく見た。彼自身が考えた計画が上手くいかなかったときに現れていた癖だった。

 あの頃のルドは冷静で、計画が上手くいかなくてもすぐに次の策を考えて行動していた。

 そしてその性格は今も変わっていないようで、彼は表情を変えずに言葉を発した。


「魔王はまだ完全に復活していないはずだ。力が戻っているなら、魔獣に勇者を探させるなんて回りくどいマネしないだろう。あの頃のように直接、世界を破壊しようと侵攻してくるはずだ」


 あの頃――勇者が現れず、誰も魔王を倒せず、魔族に侵攻されるばかりで絶望が漂っていた時代。リリスの少女の頃、アスターが生きていた時代だ。


「魔王が力を取り戻していない、今が好機だ。……リリスよ、ルドベキアの名において命じる。シオンの中の勇者アスターの記憶を呼び起こしてくれ」


 こちらを捉えている緑の瞳からは、断ることなど許さない迫力を感じた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ