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見て欲しくて

 変身魔法を解き、姿を戻したリリスはシオンと共に王都に訪れた。

 シオンも二回目ともなると空間転移に慣れた様子だったが、目の前に広がった王都の光景に目を奪われていて、しばらく立ち尽くしていた。

 まず単純に人が多い。眠らない街、ラルズールよりも行き交う人間が多い。建物も整然と建ち並び、どこまでも続いているような錯覚に陥る。

 北の小さな田舎町で育ったシオンにとっては、初めて見る光景だろう。

 きょろきょろと興味深く周囲を見渡すシオンは、前を向いていなくて、人とぶつかりそうで危なっかしかった。見かねたリリスはシオンに手を差し出した。


「離れてしまうと大変だ。シオン、手を」

「……そうだよな、リリスが迷子になると大変だからな!」


 シオンはきょとんとしていたものの、手を握った。

 迷子になるのは君の方だろう、と反論しようとしたが、手を握ってやると安心したのか、えへへと彼は口元を緩めた。

 はじめはぎこちなくリリスに手を引かれて歩いていたシオンだったが、しばらくすると慣れてきたのか、今度はリリスの手を引っ張って走り出そうとした。


「リリス! オレ、あっち見てみたい! 何があるのかな?」

「こら! まず先に目的を果たさないと日が暮れてしまう。王都は広いからね。遊び回るのはその後だ」 


 シオンが道にそれそうになるたび手を引っ張って戻しながら、リリスは目当てのブティックを見つけ出した。

 店内に入ると、店員たちが微笑んで出迎えてくれた。それを軽く流し、リリスはシオンの手を放した。


「さ、どれでも好きな服を選んでいいよ」


 しかし先ほどまではしゃいでいたシオンは、店内に入ると固まったように動けなくなってしまった。


「ここ、もしかしてけっこうお高いお店じゃないのか? オレ、別に古着でもかまわないぞ」

「なんだそんなこと気にしなくていたのか。子どもは心配しなくていいよ」

 そう答えると彼はむすっと頬を膨らませた後、言いにくそうに呟いた。


「でもリリス。働いてないじゃん…」

 リリスは吹き出しそうになった。


「まあ、働いていないのは事実だから否定できないけど。収入ならあるよ。私が作った薬をロップ族たちが売ってくれて、その売り上げの何割かを私の元に納めてくれるんだ」


 ロップ族の集落が燃えたとき、怪我人の治療のためにリリスは彼らに薬のレシピを分け与えたのだが、治療が終わって落ち着くと、彼らはレシピを元に集落の再興のために薬を作って売ることにしたのだった。

 リリスのおかげだからと、彼らはリリスに収入の一部を納め、その管理はミモザがしてくれている。


「あとは宮廷魔法使い時代の貯金もまだ残っているかな。それにこれは私から君への贈り物だから、遠慮せずに欲しいものを選んで欲しい」

 そう説明すると、シオンは照れたようにはにかんだ。


「本当は嬉しかったんだ。いつも誰かのお古ばっかり着ていたから、ありがとう、リリス!」


 シオンはスッキリとした笑顔になると、店内を見て回った。





 しかしその笑顔は、しばらくするとまた曇ってしまった。

 好きな服を選んで良いと言ったのに、彼はリリスに意見を求めてきた。

 リリスに選んだ服を見せにやってきて「これはどうかな? どっちが似合う?」と尋ねてくるのだが、リリスは「どちらも似合っているよ」と答えると彼はなぜかむくれた。

 また違う服を持ってきて、同じやり取りを繰り返すたびに、シオンのテンションは下がっていく。


「オレ、リリスに選んで欲しいんだけど、ダメ?」

 両手に服を持ち、シオンはおずおずと切り出してきた。


「私はどれも君に似合っていると思うよ。だから君の好きな方にするといい」

「………リリスの馬鹿!」


 リリスが正直な感想を述べると、シオンは拗ねて目を合わせてくれなくなった。どうしてそんな反応が返ってくるのか、彼女にはわからなかった。


 最終的にシオンが選んだ数枚の服を買って、二人は店を出た。

 夕焼け空が広がり、街を赤く染めていた。周囲はうっすらと暗くなっており、歩く人々もどこか足早になっている。家路に帰宅しようとしているからだろう。


「他の場所に行くのは無理そうだな。……そろそろ帰ろうか」


 リリスは足を動かしたが、シオンがついてこようとしなかったので振り返った。

 彼は選んだ服の入った紙袋を持ったまま、立ち尽くしていた。


「……リリスはつまらなかった?」

「どうした、シオン?」

「オレはリリスと一緒に外で遊べるってわかったとき、すごく嬉しかった。でもリリスは違った? オレと一緒にいるの面倒くさかった?」

「そんなことは…」

「そうだよな、お婆ちゃんに変身してまで周囲の目を気にしていたよな。今の俺じゃリリスと釣り合わないか…」


 シオンは自分の手をじっと見つめた。俯き、影になっているので彼の表情がわからない。


「何を言って……」


 リリスが彼に近づこうとしたとき、シオンはかけだした。ドンとぶつかって買ったばかりの服が入った紙袋が地面に落ちる。

 リリスは慌てて振り返ったが、彼が走り去った方向にシオンはいなかった。シオンは周囲の雑踏に紛れて姿を消していた。





「シオン!」


 リリスが声を張り上げたが、返事は無かった。道を行き交う人間たちが、数人、驚いてこちらを振り向いたぐらいだ。リリスはシオンが落とした紙袋を拾うと、彼の消えた方向に走り出した。


 空から探そうかと考えたが、こんな街中で目立つことをできない。

 リリスは走ってシオンを追いかけようとした。行き交う人を避け、周囲を見渡して自分よりも小さな子どもの姿を探す。しかし少年の姿は見つからなかった。

 早々に息が切れ、足を止める。額に浮いてきた汗を拭った。

 日頃部屋に引きこもり、運動をしてこなかったツケが来た。リリスが自分の運動不足を呪った。


 足が動かせない分、代わりに頭が働いた。

 ……どうしてこうなった。

 シオンの気持ちを考えてあげて欲しいとミモザは言っていた。考えているつもりだった。けど、私は知らない間に彼の気持ちをないがしろにしてしまったのだろうか。

 しかし、何が彼を傷つけたのか、リリスはわからなかった。


「リリス」


 名前を呼ばれて、リリスは頭を上げた。

 彼女は目を見開いた。目の前に勇者像があったからだ。

 シオンを探して走っているうちに、リリスはいつのまにか中央広場に辿り着いていたのだ。

 勇者像は過去の記憶にある姿そのままだった。剣を地面に刺し、遠くを見通している姿は変わっていない。

 あのときから年月が過ぎ、雨風にさらされた銅像は錆付き汚れていたが、逆に風格すら漂わせている。

 魔王を倒し世界を救った勇者の像だというのに、誰も足を止めて見上げようとしない。それは勇者の銅像が日常の一部に溶けるほど、平和が続いているという何よりの証拠だった。


「……!」


 一瞬、この銅像が、いやアスターが自分を呼んだのではないかとリリスは錯覚した。

 アスターがいなくなって100年以上経つというのに、リリスは彼の声が聞こえたような気がしたのだ。


「そこじゃないよ、リリス。オレはここだ」


 しかし声は自分の真横から聞こえてきた。

 いつの間にか、隣にはシオンがいて自分を見上げていた。

 荒い息を繰り返しているリリスとは違い、シオンは平然とそこに立っていた。まるで自分を待っていたかのようだった。

 冷静に考えると、先ほど自分を呼んだのは彼の声だった。当たり前だ、アスターはもういないのに、どうして彼の声が聞こえたなんて思ってしまったんだろう。変な夢を見たせいだろうか。


「……シオン。何か君の気に障るようなことを言ったのなら謝る。だけど、いきなり消えるのはやめて欲しい。心配するだろう?」


 リリスの言葉を遮るように、シオンが腕を伸ばすと彼女の襟元をぐいっと引っ張った。

 子どもだと思っていたが、彼の力は強かった。シオンの方に引き寄せられ、彼の顔が近づいたと思ったら、唇に柔らかいものが触れた。彼の唇だった。


「オレを見てよ、リリス。俺はここにいるんだから」


 青空と同じ色の瞳が、リリスを見つめる。彼女は吸い込まれるように瞳を逸らすことも出来なかった。

 シオンは立ち尽くすリリスの手を取った。


「そろそろ暗くなってきたね。……帰ろうか」





 王都にやってきたときは危なっかしいと彼と手をつなぎ、リリスが先頭に立って歩いた。

 しかし今は違った。シオンがリリスの手を取って、自分の前を歩いている。


「ま、待って、待ちなさい、シオン」

 リリスがシオンを呼び止めると、彼は足を止めた。


「何?」


 シオンは何もなかったような顔をしてこちらを振り返ったので、そのまっすぐな瞳にリリスの方がたじろぎそうになった。

 しかしリリスはぐっと彼を見つめ返した。


「私は今から、君を叱らなければいけない。……さっきみたいな、人をからかうようなことをするのはダメだ」

「キスのこと?」

「そ、そうだ」

 指摘しても、シオンは悪びれようともしなかった。


「からかうにしてもやってはいけないことがあるんだ。私は年長者だから多少のいたずらは大目に見てあげられるが、同年代の子にしてはいけないよ。多感な年頃の子は傷ついてしまうかもしれないから。いいね?」

 シオンは眉間にしわを寄せた。


「……なんだよ、年長者って。からかってない。本気だよ。リリスにオレのこと見て欲しかったから」

「何を言って。私は君を見ているよ」

「……リリスはオレと目が合うと逸らそうとする。もしかして、気づいてない?」


 青い瞳がリリスを見つめる。周囲が薄暗くなっても彼の瞳は輝いていて、リリスは視線を逸らそうとしてはっとした。彼の言った通りだったからだ。

 そんな彼女を逃がすまいとするように、一歩、シオンが距離を詰める。


「リリスはオレのことを見ているとき、どこか遠いところを見てる。わかるんだ」


 こちらを見つめる少年の瞳が熱を帯びたように、揺れた。

 なぜだろう。走った後の火照りはもう冷めているというのに、頬が熱い。


「リリスにオレのこと見て欲しい。だってオレ、リリスのことが………」


 シオンは言葉を言い切ることができなかった。

 少年の口は、彼の背後に回ってきた人物によって塞がれてしまったからだ。


「お前が勇者の生まれ変わりだな?」



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