武装仙女トモエ
「従魔の従者 ~召喚士の少女と異世界出身の魔獣のお話~」の幕間その7、その8を短編として多少手直ししたうえで一本にまとめてみました。
と言ってもそちらを読んでいなくてもほぼ問題ありません。
胎動編
その世界のとある極東の国は、鎖国しながらも太平の世を謳歌していた。
数十、小さな領主も含めると数百に上る国が存在しながらも、中央で大将軍として強権を握る盟主たる大杉家の元、比較的安定した時代が続いていた。
しかし概ね平和な時代だったといっても、問題がないわけではない。
どの世界、どの時代でも不正や不平等は程度の差こそあれ存在するのである。
そして鵡戸藩でも一つの不正が行われ、そのことを察して糾弾しようとした藩士の桜咲慎之介が闇討ちにあい、首謀者は脱藩して行方をくらますという事件が起きた。
こうした事件が起きた場合、殺された藩士の遺児は仇討をしないと跡目を継げない。
厳密にはそのような規則はないのだが、武士の子たるもの、親の仇も取れないようであれば跡継ぎに相応しくないとみなされる。
そうなればたとえ家を継いだとしても藩内で父親が務めていた役職の引継ぎが認められることはなく、結果的に武家としても没落することになるため、仇討はほぼ必須といえた。
結果、残された二人の子――姉弟は仇討を藩を通して幕府へ申請、仇討の許可札を受け取り仇討の旅へと旅立つことになったのである。
とはいえ数えで姉が十五、弟は十二に過ぎない二人だけで仇討など無謀であり、結局のところ藩に残って没落するか藩の外で良くて返り討ち、最悪仇を見つけることもできずに野垂れ死にするかの違いでしかないというのが口の悪い者の意見であり、それを窘める他の者も内心ではその意見に同意していた。
実際、彼らだけで仇討を成し遂げられる可能性は限りなくゼロに近く、可能性があるとするならば凄腕の助太刀を味方にするか、もしくは仇が病などに臥せって実力を出せない場面に居合わせたなど、余程の幸運に巡り合わない限りは不可能といえた。
そして彼女たちはある意味でその「余程の幸運」を引き寄せたのである。
それは旅立ってから三日目のこと。
弟にして跡継ぎでもある桜咲政之輔は、道端の木陰に白くて小さな獣が倒れているのを見つけた。
普通なら見過ごすところであるが、その獣が変わった袋を背負っていたため彼の目に留まったのである。
「そこの坊や、すまないが水を分けてもらえないか」
そして彼に気づいたその獣、よく見ると栗鼠のようであったが突然人の言葉で話しかけてきたことで、彼は慌てて姉の元へと戻り、たった今見聞きしたことを報告した。
姉の巴は訝しみながらも桜咲家の跡取りでもある弟の言葉を否定せず、言われた場所を覗くとたしかに白い栗鼠がおかしな袋を背負っている。
「すまないお嬢さん、水を持っていたら分けてほしい」
そして同じように彼女に話しかけてきた。
驚きつつも巴は仙術で水を出し、それを器に移すとその栗鼠の前に置いた。
「ああ、ありがとう。君は水魔法が得意なのかい」
巴は首を傾げ、これは仙術だと答える。
「ああ、こちらの世界では仙術というんだね」
それから一息ついた栗鼠は巴と政之輔に対し、自分は別の世界から来たと正体を明かした。しかも元々は人間の姿だったという。
「犯罪者を追っていたのだがドジを踏んでね」
この世界に逃げ込んだ犯罪者を追いかけていたはずが逆に罠にはまり、栗鼠の姿に変えられてしまったという。
しかも相手を捕まえないと元の姿に戻ることができないとも。
「もともとは子供向けの変身玩具だったんだけどね。違法改造する連中がいて販売中止と回収が行われたんだ。だけどいまだに悪用され続けているというわけだよ」
二人は白栗鼠の説明を聞いてもほとんど理解できなかったが、それでも普通の動物とは違うということは理解できた。
しかし桜咲姉弟にも大事な目的があり、そう長い間白栗鼠に構っているわけにもいかない。
別れを告げようとしたところで、白栗鼠から質問がでる。
「ところで君たち、このあたりで白くて毛の長い猫を見かけなかったかい?」
姉弟は顔を見合わせた。
父を討った下手人は逃亡したが、藩に残っている下手人の黒幕と目される人物が、つい先日から珍しい白猫を飼い始めたという話を聞いていたからである。
二人には彼に協力する義理はないとはいえ、無視して立ち去れるほど非情にはなれなかった。
巴はあくまでも噂話にすぎないと前置きしつつ、鵡戸藩家老の前藤小十郎直孝が珍しい白猫を手に入れたらしいという話をした。
そのついでに、その者の家来の一人で裏仕事を引き受けていた多田正兵衛景義が父親を闇討ちし、そのまま逃亡したため、自分たちが仇討のために彼を追っていることも話した。
「ふむ、そうすると君たちのような子供が父親を殺すような男と真剣勝負をしないといけないわけかい。それはなんとも無謀な話だね。
だが世界にはそれぞれのルールがあるし、そのルールに私がとやかくいうべきではないのだろう。
それでももしもわたしをその前藤とかいう男が飼っている白猫の近くまで連れて行くと約束してくれるなら、君にささやかながら戦える力を与えよう」
白栗鼠が言うには、犯罪者から一部回収していた改造変身玩具を一台持っているという。
「これには動物ではなく、彼らが自分たちを強化するための戦闘用に調整していたらしくてね。これを君たちどちらかが使えば十分間だけ結構強くなれるはずだから、仇討が成功する可能性がずっと高くなるよ」
追っていた犯罪者と対峙したときに、それを使われないために最初に奪い取ったのだった。しかし相手が別の改造玩具で彼を動物に変身させてしまい、結局逃げられたのだという。
今の彼がそれを使わないのは、一度変身した姿でもう一度別の姿に変身してしまうと元の姿に戻れなくなるため、使用に制限がかかっているからだった。
結局二人はその提案を受け入れることにした。お家再興のために仇討の旅に出たとはいえ、今のままではそれが困難であることを理解していたからである。
そして二人のうちどちらがそれを使うかだったが、結局姉の巴が使うことになった。
仇討はあくまでも跡取りである政之輔が行う必要があり、彼が変身してしまうと本人と認められない可能性があるからだ。
その点、姉の巴であれば姿が変わったとしても助太刀だと言えばいいだけである。
そして試しに変身したときの彼女の反応については、あえて語らないで置く。
ただ「私もその犯罪者を見つけたら〆る」といったことだけ付け加えておく。
こうして“武装仙女トモエ”が爆誕したのであった。
中略
発動編
桜咲姉弟と白栗鼠の三人はその後共に旅をし続け、いろいろな事件に巻き込まれたり解決したりしつつ、仇を追い続けた。
そしてついに仇である多田正兵衛景義の居場所をつきとめ、そこへと乗り込んだ。
しかし予想外なことに、そこには黒幕と目されていた鵡戸藩家老前藤小十郎直孝が白猫を抱えて共におり、さらに見知らぬ男が二人いた。
「ここをつきとめるとは。余程幸運に恵まれたようだ。いやむしろ不運といったほうが良いかな」
多田がそういうと、見知らぬ男の一人が立ち上がった。
「小川平八郎殿は前藤様の護衛で、わたしの兄弟子でもあるだけに剣の腕も仙術の腕も私より上なのだよ。わたしを討ちに来た以上、返り討ちにあう覚悟もできているだろう」
多田の紹介に、小川も改めて名乗りを上げた。
「小川平八郎と申す。君たちに遺恨も何もないが、雇い主の意向に逆らうことはできん立場ゆえ、覚悟されたし」
「覚悟するのはそちらよ。わたしをただの子供と侮らないことね!」
そういうと桜咲巴は変身用合言葉を唱えて武装仙女トモエへと変身をした。
そんなやり取りがある一方で、白栗鼠が白猫へと叫んでいた。
「ハッタン・バラン! 貴様を今度こそ逮捕する!」
「まさかそんな格好になってまで職務に忠実なんて、さすがに多元局の警察官は仕事熱心なことだな」
「ほざけ! さすがの貴様もこの世界ではまともな補充もできまい!」
「それがそうでもないんだなあ。次元転移技術こそないが、この世界の技術レベル自体はそれほど低くもないし、物分かりの良い者もいるのだよ。例えばこちらの人物のようにな」
そういってバランはその場にいた最後の一人に目を向けた。
「紹介に与りました山賀左之助源内と申します。いやはや異世界とやらの技術は素晴らしいものですな」
「バラン! 現地人に我々の世界の技術を教えたのか!」
「教えたといっても修理を頼んだだけだ。おかげで壊れていた次元渡航船ももうすぐつかえるようになる」
「『連盟条約』第301条違反が追加だ!」
「今更だな。そもそも『連盟条約』そのものが傲慢なのだよ」
「それは俺やお前が決めることじゃない!」
「何とでも言うがいい。さあ源内よ、わたしをもとの姿に戻せ」
バランがそう告げたが、山賀は動こうとしなかった。
「何をしている源内?」
不審に思いバランが後ろを振り向くと、山賀はバランに向かって意味ありげな笑みを浮かべた。
「バランさん、あなたには感謝しています。これほどの技術を知る手がかりをくれたのですから。ですがあなたはこれ以上のものをわたしにもたらすことはできません」
「何?」
「あなた自身が言ったではありませんか。『連盟条約』により我々は本来、あなたがたとの正式な交流はできないと。
そして正式に交流するには次元転移技術を手に入れたうえで、唐南蛮も含めた天下統一が必要になると」
「あ、ああ確かにそうだ」
「わたしがあなたから仕入れた知識はほんの欠片でしかないのに、わたしでも理解するのに半年もかかりました。
では正式に交流できるようになればそれ以上の素晴らしい知識を知ることができるということです」
歌うようにそう語る山賀に対して、バランは自分がとんでもない男と組んだのではないかと初めて気が付いた。
「お前は何を言っている」
バランはそう問いただしたが、山賀は構わずに話をつづけた。
「もちろんそれらの知識を自力で見つけ出せたなら、それが一番でしょう。ですがすでに他人が見つけた知識があるなら、先にそちらを受け入れ、さらなる新しい発見を目指すことこそ、わたしの進むべき道なのです。
そのためにも異世界で犯罪者であったというあなたはもう不必要なのですよ。
あなたから仕入れた知識だけでも、この天下を統一するには十分でしょう。そしてそれをもってこの天下を異世界に向けて開国し、より進んだ知識を手に入れることにしたのです」
「どうやら手下と思っていた相手に裏切られたようだな」
山賀が言わんとすることを理解した白栗鼠がそういうと、バランは悔しそうに言い返した。
「くそっ、たとえ姿が変わっていても貴様如きが俺をどうにかできると思うな!」
そういって白猫姿のバランは山賀に飛びかかったが、それは障壁に阻まれた。
「なに? 物理防御シールドだと? この世界にはそんな技術はないはずだ!」
「あなた自身が言ったではありませんか、この世界の技術も捨てたものではないと。
わたしたちにも考える頭はあります。あなたがもたらした技術や知識を応用すれば、わたしにもこの程度のものを作ることは可能です」
「おまえ、とんでもない奴に余計な知恵を付けたな!」
「黙れ! こうなっては仕方がない! これだけは使いたくなかったが、イチかバチかにかけるしかない!」
彼は前足につけていたリングを触った。
「ついでに行きがけの駄賃だ! ここにいる全員を本物の動物に変えてやる!」
かれは変身グッズを銃の形に改造したものをその場にいるものに向けた。
その後の展開はまさに一瞬のできごとであった。
それまでトモエと激闘を繰り広げ、圧倒していた小川がバランへと突進し、かれの銃を持っていた前足をリングごと切り飛ばし、銃に装てんされていた弾丸のようなもの数個がその場にちらばった。
しかしすでに引き金が引かれていたその光線は同時に小川へと当たる。
さらに事態は進展する。
突然、切り飛ばされたリングを中心に時空震が発生し、小川はそれに巻き込まれて消えてしまった。
一方、小川と戦っていたトモエは相手が突然自分に背を向けたことに驚いた。
しかし彼女の仇は小川ではなく多田である。
目的を見失っていなかった彼女は自分を邪魔するものがいなくなると、小川を追うことなく真っ直ぐに多田を狙った。
多田は生じている出来事についていけず茫然としていたところに、トモエからの致命傷ともいえる一太刀を受けた。
「政之輔、今です!」
トモエは弟にそう声をかける。
仇のとどめは跡継ぎである桜咲政之輔自身で行わなければならない。
政之輔は気合の雄叫びを上げつつ、多田の首をとった。
トモエと政之輔が遂に宿願を果たした余韻に浸る間もなく、事態はさらに進む。
「トモエ! 時空間の裂け目ができた! なんとか封印できないか! 転送機器が暴走したらしい!」
白栗鼠の言葉にそちらを向くと、なにやら得体のしれない色をした渦が小川のいたはずのあたりに渦巻いており、しかも徐々に拡大していた。
「くそっ、あのサイズなら暴走してもこんな大きくなるはずはないんだが! おい、そこの山賀とか言ったな、お前のシールドも最大出力にしてこの時空震を抑えろ! そうしなければお前も含めて四里四方にいるものがすべて死ぬぞ!」
「むう、逃げる暇はないようですね。この試作機でどこまで抑え込めるかわかりませんがやってみましょう」
山賀のシールドが時空震を抑え込もうとする一方で、トモエが封印術発動の合言葉を唱えて時空の裂け目の修復にかかるが、徐々に時空震の渦が拡大していった。
「トモエの封印術でも修復できないか……!」
「……おそらく別の世界で大規模かつ強引な次元転移が行われたんだ。俺の携帯転移装置の作動がその余波を呼び寄せたのだろう」
腕を切られて呻いていたバランが、そうつぶやいた。
「なるほど、さらに別世界からこの世界に穴が開いてそこから吸い出されようとしているというわけですね。それならば簡単です」
そういうと山賀はシールドを維持しつつ、懐から札を数枚取り出した。
「我が国の仙術にもそちらの封印術に当たるものがあります。こちらを使えば穴をある程度はふさぐこともできましょう」
そういいながら山賀は札を次々にその渦へ向かって投げ込んだ。
渦は札を吸い込みながら徐々にその勢いを弱めていった。
「これで今の手持ちは最後ですが、どうやら足りないようです。それでもその大きさならそちらのお嬢さんでも対処できましょう」
言われるまでもなく、トモエは展開していた封印術により、最後まで残っていた渦を完全に消し去った。
前足を失った白猫姿のままのバランから自分の変身前データを回収した白栗鼠はやっと元の姿に戻った。
「これでやっと元の世界に帰ることができます」
バランが持っていた通信機器で多元警察本部へと連絡を取り終わった男はそう語った。
あの騒動の中で家老の前藤はいつの間にか行方をくらましていた。
鵡戸藩へと戻ったのであろうが、それはもうこの世界の問題であり、彼が口出しすべきことではなかった。
桜咲姉弟は見事に仇討を成し遂げた。見届け人としてなぜか山賀が名乗り出た。
「もともとわたしはバランという男の持つ技術や知識をこの世界で再現できる人物ということで前藤殿に雇われていただけで、別に彼への忠義を尽くす義理はありませんから」
山賀が作った機器は最後のシールド展開で無理をさせすぎて壊れていた。
修理しようにも多額の費用がかかるため、前藤という出資者がいなくなってはそれもままならない状態だった。
しかも開発にかかった費用に対して、前藤からはいつも金がかかりすぎると苦情を言いわれていた。
そこでそろそろ見限ろうかと考えていた矢先に今回の件が発生したので、彼を裏切る形になっても山賀の心はまったく痛まなかった。
「お前については本来なら連盟条約301条違反で逮捕する事案なのだが、なにしろ現地人を無断で処分するわけにはいかない。後日連絡があるからそれまでは静かにしているように」
「わかっていますよ。できれば連れて行ってほしいところですがね。それがあなた方にとっては一番安心できるでしょう」
「……私の一存では判断できないが、そのような事態になる可能性はあるとだけ言っておこう」
その返答を聞いて、山賀はいかにも楽しみだという顔をした。
「あの、わたしと戦った小川という方はどうなったのでしょうか」
「……あの男は時空の彼方へ飛ばされてしまった。助かる確率は低いが、運がよければあの時に大規模転移術を行使した世界に流れ着いている可能性はある」
「あの方がこのまま亡くなられるのは惜しいと思うのです。もしも助かっていたなら一度私たちに会いに来ていただくようお伝え願えませんか」
「俺はその方面で関われるかはわからないが、機会があれば伝えよう」
こうして武装仙女トモエはこの日を最後に姿を消し、桜咲巴は弟の政之輔、見届け人となった山賀左之助源内とともに故郷の鵡戸藩へと帰っていったのである。
武装仙女トモエのコスチュームは皆さんの心の中に。
ただ露出の激しいものではありません。たとえるなら江戸時代の少女がいきなりニチアサの某ヒロインのような恰好をさせられたなら、いろいろ思うところはあるであろうと。
たぶん「中略」部分は一年弱くらいのボリュームがあるのでしょう。
書く予定はありませんが。