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第十四話 その4

 試合のルール――ボルゾーイ流男女混合三本勝負のルールは、道場の前に立てられていた看板に書いてあった。


(要するに、三回戦えばいいってわけね)


 だがエリザにはその他に、ボルゾーイ流に対して、カールが自分にとって大切な御仁では決してないという事の説明と、エルストからここまでの行きと帰りの交通費を請求するという新たなイベントミッションがあった。特に後者は身銭を切ってここまでやってきているので、何が何でも達成しなければならない。


(場合によっては四戦目もありそうね……)


 視線を正面扉の上部に向ける。見た目はただの壁だが、その一部がマジックミラーになっている事をエリザは知っていた。


 正面の扉が開く音が聞こえ、エリザが視線を戻す。


 扉の向こうから、一人目の対戦相手が姿を現した。


「チィッス、一番手のマイクでぇっす! おっ、マジで激美人じゃんアガるわぁ!」

「――――」


 意外すぎる……と言うか場違いすぎる風貌の出現に、エリザはしばし言葉を失った。


『それでは、第一試合を始める。――始めっ!』


 そんなエリザの胸中を顧みる事無く、スピーカーから第一試合の開始の合図が下された。


「――――」


 だがその一言で、エリザの気は瞬時に引き締まった。条件反射でそうなるほどに、エリザの体にはボルゾーイ流空手が染み付いていた。


「おっ、やる気だねぇエリザちゃん! ま、そう気張んなくても、ちゃんと手加減してあげるからさ」


 見た目に違わないチャラそうな口調でそう言って、男も構えを取った。それは形だけを真似た、そうする事の意味を理解していない者が取る構えだった。


「……手加減?」

「そりゃそうっしょ、男と女だもんよ。なんでスポーツが男女で別れてるか知ってる? 体の作りが男女で違うからなんだよ」

「……はぁ」

「んじゃ、行くよ? 真剣勝負だけど、まぁ……触れ合いって感じで!」


 男が拳を構えたまま、じりじりと摺り足で近付いてくる。


「――――」


 そして一定の間合いに入った瞬間――エリザは瞬時に男とすれ違った。


「……あぇ?」


 そして男は膝をつき、そのまま倒れ伏した。


『……それまで!』


 スピーカーが試合の決着を告げる。

 決着は一瞬だった。


「まぁ、あなたの言っている事は正しいけど……体の使い方すら知らない素人相手に、性別の差も何も無いわよ」


 背後で気を失っている男に一瞥もくれず、エリザは先に進んだ。



「……今エリザ氏は何をしたのでござるか?」

「すれ違いざまに相手の顎を打ち、脳を揺さぶって気絶せしめたのです。その技、まさに居合いの如し……いやはや、まさかあそこまで成長しているとは」

「…………」


 感心する禿頭の男をよそに、カールは身震いしていた。ただでさえ気性が暴力系ヒロインなのに、人体を破壊する技術まで持たれては、HPがいくつあっても足りないからである。


(幸いな事に好感度が知り合い程度である故、ラッキースケベやヤキモチといった被暴力イベントが無いのは幸いでござる。異世界に来た甲斐は全く無いでござるが)


 何のために異世界転生したのか分からなくなりかけたところで、禿頭の男が立ち上がった。


「さて、では参りましょう」

「ム……? いずこへ?」

「上の階です。次の会場が上の階でありますので」

「……そこで三試合するわけにはいかなかったのでござるか?」

「はい」

「そもそも一試合ごとに上に登る意味とは?」

「伝統です」

「…………」


 そう言い切られては、もう何も言えなかった。



 ボルゾーイ流空手総本山、二階。


(さっきの人みたいなのだと楽なんだけど……)


 しかし次に姿を見せたのは、道着姿が板についた男だった。


『はじめっ!』


 お互い特に言葉を交わす事も無く、試合開始の合図が響いた。

 数手打ち合った後、エリザは彼我の実力を比較した。


(技術面では、私の方が上のようね)


 技のキレ、バランス感覚、体の柔軟性といった技術的な要素は、エリザが上回っていた。相手の繰り出す攻め手は型に忠実な動きで、あまり実践的なものではなかった。無論、それも極めれば無二の実力を得る事が出来るが、今の彼の技術力では、事前動作で動きを先読みする事はエリザにとって容易な事だった。


(……まぁ、そんなの気休め程度だけど)


 エリザが男の顔を、首を上に傾けて見上げる。


 筋力や体格といったフィジカル面は、相手が圧倒的に上だった。体格はエリザよりも二回りほど大きく、空を切る拳の風圧はエリザのそれの比ではない。鍛えられた肉体は、エリザの細腕による突きなど意にも介さないだろう。


 これでは、技術がいくら上回っていようと関係無い。例え技術で相手の攻撃を全て躱す事が出来たとしても、相手の筋力にこちらの攻撃が止められるのであれば、後は単純な持久力勝負になってしまう。


(持久力は……まだ分からないわね、どっちが上か)


 そしてそれは、相手の男が特に肉体強化に励んでいたから……というわけではない。これは当たり前の事だった。


 最初の相手が言っていた事は間違いではない。男と女とでは、体の作りが違うのだ。


 繁殖のための機能が体内にある女と体外にある男とでは、鍛えられる体の割合には差がある。肉体を十全に鍛える事が出来る男と違って、女は繁殖機能が機能不全に陥らない程度にまでしか肉体を鍛える事が出来ない。それは人間である以上避けようのない事であり、男女間において覆す事の出来ない明確な差だった。


「……自分は、心に決めた事があります」


 攻防の合間。お互いが偶然にも同時に息を吐いたタイミングで、男が口を開いた。


「はい……?」


 突然の言葉に『?』を浮かべるエリザに、男は言葉を続けた。


「この試合に勝利したら…………あなたを嫁に貰うと」

「はぁ…………、はぁ?」

「この試合で、自分は…………あなたを娶らせていただきます!」

「――――」


 試合中に真剣な顔でこんな発言をするこの男は、ある意味ではカールよりもキモいとエリザは思った。気持ち悪い容姿で気持ち悪い発言をするのは言ってしまえばごく自然な事であり、この男のような実直そうな顔で気持ち悪い発言をするのは、そのギャップにより気持ち悪さをより際立たせる事になっていた。


(もう手段は選んでいられないわね……)


 一刻も早く試合を終わらせたい気分になったエリザは、早期決着の手段を取る事にした。


 さて。先ほど述べたように、男女の体の作りには差がある。運動するという事に関しては、明確に上と下の関係だ。その要因の1つが繁殖機能の在り方であり、それが体内にある女は、男ほど体を運動に特化させる事が出来ない。


 ならば戦うという事において完全に男優位なのかと言えば、そうではない。例えば第一試合のように男側がほとんど鍛えられていないのであれば、技術で容易に覆す事が出来る。性別の差が勝敗を決定付ける要因になるには、お互いの練度が一定以上である事が前提なのである。


 では、両者の練度が一定以上であるこの試合はどうか。今回の相手は、道着姿が板につく程度には鍛えられている。技術面ではエリザが優れているが、試合は互角。(エリザにとっての)技術の拙さが鍛えられた男の肉体で補われているという、これぞまさしく性別の差が勝敗を決定付けるという事の好例だった。


 で、あるならば、決着はどちらが先に体力が尽きるかの持久力勝負……即ち、早期決着は望めないという事になるのだが――


「――ふっ」


 エリザが突きを繰り出す。それは最初に比べて、幾分か鋭さが落ちていた。


 男はそれを腕で受けるや、意識を攻勢に傾けた。技術面では圧倒されている事をすぐに理解した男は、エリザの体格のか細さも組み込んで、持久戦に舵を切っていた。


 そして、エリザの今の突きである。エリザの体力が尽きたと判断した男は、攻勢に転じた。


「――――」


 そして男が試合を終わらせる大振りの――隙の大きい攻撃を繰り出そうとしたところで、エリザはカウンターを繰り出した。


 男女間で運動能力に差が生じる要因の1つは、生殖機能の在り方だ。それが体外にある男は、肉体の全てを運動能力に割り当てる事が出来る。


 だがそれは言い換えれば――女が体内で守らなければならないような機能が、体外に放り出されているという事である。


 それはどういう事かと言うと――


「――ンほぅっ!?」


 男の体が地に沈む。


 頭と膝を畳につき、尻を突き上げるような体勢で――股間を両手で押さえながら。


 エリザが繰り出したカウンターの一撃、それは――ボルゾーイ流空手……と言うかだいたいの格闘技における禁じ手、金的蹴り上げだった。


 そう――男はその体を十全に運動に割り当てられる代わりに、致命的な弱点が露出しているのである。


「試合じゃ反則だけど、これは実戦形式。過程はどうあれ、最後に立っている者が勝者なのよ」


 動きに精彩を欠いていたように見せたのは、この一撃のためのふりだった。現に決着後のエリザは、息一つ切らせていなかった。


『し、勝者……エリザ門下生!』


 スピーカーから決着の声が流れる。その声色は、若干引き気味だった。


「……次が最後ね」


 エリザは最後の会場に向かった。

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